美少女≠同棲

 紫苑と同棲し始めて、気づいたことがある。

 自称美少女は、いびきをかく。

 紫苑はいつも家で一人で寝てるどころか、そもそも一人で暮らしているから、気づきようもない。

 僕が布団、紫苑がベッドで寝ていると、妙な音がするしたから録音しておいた。

 動画と一緒に。

 勿論、見せるつもりはない。

 大切にとっておく。

 それに、寝言も言う。なんなら寝相も悪い。

「瀬戸君、そんなとこ見ちゃだめだよ〜」

 どんな恥ずかしい夢を見たらこんな寝言が言えるのだろう。

 それだけではなく、寝ぼけて座りだすこともある。

 普通に怖い。

 僕は落ち着いて寝られなかった。

 気になって気になって仕方ないし、その上ロングスリーパーのくせに、紫苑は起きるのがやたら早い。

 そして僕が寝ていても平気で起こしてくる。ほっぺたを触る程度なら許すのだけど、無視していると踏んでくる。

 ちなみにこれが朝の6時半。

 僕達が普段寝るのは0時半。

 寝不足で死にそうだった。

「どうしたのさ、まるで寝れなかったみたいな顔して」

 そして自己中心的な性格のせいでこれである。これが妹だったら焼き土下座させてた。

「ちょっと寝れなくてね」

「はは〜ん、私がいるから緊張するんだ〜」

 久しぶりに本気でほっぺたを引っ張りたくなった。

 録音聞かせてやろうかな。

「寝るとき冷房つけていい?」

「いいよ!」

 あさから超元気な紫苑。

 この家で起きてるのはなんと僕達二人だけです!

 拍手!

「私いつも、朝にランニング行ってるんだけど瀬戸君も来る?」

「暇だし、行こうかな」

「そらきた!早速着替えていこう!」

 目の前で躊躇なく紫苑が脱ぎだす。

 そのあたりももうちょっと、人のことを考えてほしい。

 僕は後ろを向くけど、見たくて、ちらっと、目だけで見る。

 そりゃ誰だって、学校一可愛い子が真後ろで着替えてたら見たくなるだろ!

 なんて自分の中で言い訳しておく。

 紫苑と目があって、慌てて前を向き直した。

 怒られるというより、おちょくられる恐怖。

 このネタだけで2.3日は擦ってくる。

「何々!?瀬戸君見たかったの!?」

 ほーら来た。

「下着なんか言ってくれれば見せてあげるのに!ほら!見たきゃみなよ!」

 恐る恐る振り返ると、スパッツの紫苑がいた。

「あはははは!ホントに見てる!このえっち!」

「そりゃ誰だって見たくなるだろ!?」

 そう言ってる間に短パンを履き、紫苑は準備OK.

「ほら、瀬戸君も早く着替えてよ」

 僕と目が合う紫苑。

 どうしたの、みたいな顔をしてる。

「恥ずかしいから後ろ向いててよ」

「自分は見ようとしたくせに、自分は見られたくないんだ〜」

「ちょっとは遠慮してくれよ!」

「私の辞書に遠慮なんていう文字はないよーだ!早く着替えないと私が脱がすぞ!」

 そう言って本気でズボンを掴んできたので、部屋を出した。

「ごめんよ〜!」なんて言ってるけど無視して、その間に着替える。

「さ、行こう」

 そう言ってドアを開けると、心底残念そうな紫苑がいた。

「男の子の下着、見たかったな〜」

 しょげ方がまるで純粋とは言えない自称美少女。

 もう自称するのやめたほうがいいと思う。


「瀬戸君さ〜、私より体力ないのどうかと思うよ」

 朝の公園。

 同じくランニングしてる人しかいない中、だらしなくバテてる人間が一人いた。

 そう、だいたい1km走ったあたりで僕がバテていた。

 空っぽの胃から胃酸が飛び出しそう。

 これが僕の遺産、なんてね。

 ゲロゲロ〜〜〜〜〜!!!

 なにいってんだ、僕。

「仕方ないだろ、部活やめて何年も運動なんてしてないんだから」

「私も部活なら中学にやめてるよ!瀬戸君の怠慢でしょ!ほら、走るよ!」

 手を引っ張られて強引に走らされる。

 珍しく紫苑が真剣に走っててビックリした。

 紫苑のことだから散歩程度だと舐めてた。

 美少女は裏で努力するものらしい。

「新学期になったら体力測定だよ?」

「わかってるよ」

「そんなんじゃ私の彼氏って自慢出来ないじゃん」

「しなくていいよ!」

「いずれは絶対するよ!何を言われても絶対やるから!」

 言い出したら聞かないし、とりあえずそういうことにしといた。

 バレることなんてそうそうないと思うし、言う機会なんて滅多にないから、大丈夫だろ。


「白川?」

 僕がヘロヘロになって紫苑に引っ張られながら走っていると、どこかで聞いた声が紫苑を呼んだ。

 この声は、文化祭のときに聞いたような……。

「木村君?」

 珍しく紫苑が名前を覚えていたことにビックリした。

 というか、それどころじゃないじゃないか!!

 バレたバレたバレたバレたバレた。

 まずい。いや、まずいどころじゃない。

 一旦素数の数を数えて落ち着く。

「それと瀬戸?」

「あ、人違いです」

「瀬戸君だよ〜」

「二人で何してんだよ」

 紫苑が自分の服装を見る。

「ランニングだけど」

 見ればわかるだろ!

 絶対そういうことじゃない。

「そうじゃなくて、何でお前ら二人が一緒にいるんだよ」

 そう聞かれた紫苑は僕の方を見てニヤニヤする。これは、バレて喜んでる顔。

 確かに誤魔化しようがない。

 でも木村にバレればサッカー部全体に広まるのは必至。

「私達、付き合ってるんだ!」

 終わった。

 僕、2学期始まってから学校行けるかな。

「へ〜、お前が白川の彼氏だったのか」

「ありゃ、彼氏いること知ってたんだ」

「なんとなくな」


 そのあたりにあったベンチに座って話す。

 紫苑がちゃっかり僕を、木村との壁にする。

「瀬戸が彼氏だとは思わなかったな」

 失礼な奴!

 でも僕でも実際、紫苑の彼氏が僕だって言うのは意外。何言ってるかわかんないけど。

「こう見えて瀬戸君、結構ちゃんとカッコいいよ」

「俺こいつが須藤と南以外と喋ってるとこ見たことないけどな」

 痛いとこばっかりついてくる。

 グサグサ刺さりまくって死にそう。

「まぁそう言わないであげてよ。私の大事な大事な彼氏だから」

「そう言えば、白川は中身で見るって言ってたな」

 そこまで話したんだ、と意外に思う。

 どうせ紫苑の気まぐれだろうけど。

「そうだよ。そんなことは置いといてさ、ナイショにしてあげててくれない?」

「付き合ってるのを?」

「瀬戸君、私と付き合ってること言われるの嫌らしいし」

「嫌なのか?」

「嫌だよ。どんな目に合うかわからないだろ」

 黙って想像する木村。

 そして、頷いた。

 だよね。

「わかった、このことは黙っとくわ」

「そうしてくれて助かるよ」

 紫苑がニコッとして言う。

「じゃあ、邪魔したな」

「うん、またね〜」

 そう言って二人で木村が走っていくのを見届けた。そしてサッカー部なだけあって速かった。僕と紫苑には無理。

「早速バレちゃったね」

 ニヤニヤしながら言う紫苑。

「今のはどうしようもないな」

「こうやって徐々に知られていってさ、いつか私達、堂々としてられるようになるよ」

「大丈夫かな」

 そう言うと、紫苑がニコッと笑う。

 木村に見せた以上の笑顔で。


 小さな、それも普段では見えないようなことが、同棲で見えていく。

 例えば紫苑の寝相とかもそうだし、生活のテンポも。夜6時間しか寝ない変わりに、昼間に4時間ぐらい寝てるとか。

 6時間しか寝てないのにどこがロングスリーパーなんだよ!と思ったけど、これなら確かにロングスリーパー。

 そう言えば学校でも寝てたな、なんて思い出す。

 これからもっとお互いのことを知って、きっともっと好きになっていく。

 そしていつか、お互いの愛を確かめ合う日が来るのかもれない。

 いや、いつか来るのだろう。

 そんなことを思ってるとなんだか、恥ずかしかった。

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