僕と君の、初めての夏

 終業式が終わっていつも通り紫苑を待っていると、クラスラインに連絡が入った。

「今日打ち上げいかね!?」

 そっと携帯を閉じる。

 僕とは無縁の話だった。多分一生無縁の話。

 ➝瀬戸君打ち上げ行く?

 紫苑からメッセージが来た。

 ➝行かないと思う。紫苑は?

 ➝瀬戸君が行かないなら行かないよ〜。皆来ちゃうから早く帰ろ!

 直後、紫苑が階段をジャンプしながら降りてきた。

「私、7段ぐらいなら怖がらずにジャンプできるよ」

「危ないからやめときなよ」

「着地で転んだら後頭部激殴りだもんね」

 激殴りってなんだよ。

「今なら誰もいないから駅までも一緒に歩けるよ!早く行こ!!」

 靴を慌てて履き替えて二人で外に出た。

「夏休みきちゃぁぁぁ!!」

 伸びをしながら紫苑が叫ぶ。

「なにする?」

「海かプール行きたい!」

「なんだかアウトドアだね。エアコンの効いた部屋で何かしときたいよ」

「そんな夏休みは去年まででしょ!今年は私がいるんだから合わせろし!」

「そうな」

「さて!まずは私の家に来てもらいまーす!」

 そう言って紫苑は学校を走って出ていった。

 僕もその後を追いかけた。


「これも私の服で、上着はいらないから置いてって、充電器はあるか。下着いれて、あ、下着ないや。今度買いに行かなきゃ。で、お金とカード持っておっけい!」

 紫苑の部屋で、荷物持ちをやらされていた。

 クソ暑い中、エアコンもつけずに立ちっぱなし。

「いいのかよ。黙って人の家に泊まって」

「いいよ!聞かれたら答えればいいし聞かれないし!」

 ホントに紫苑に似てる親なんだろうな、と思う。

「私の家族が揃ってることなんて滅多にないよ!お正月ぐらい!後は病院で何かしてる」

「お盆は?」

「私ほって軽井沢行ってる」

「紫苑は行かないの?」

「好きにしろって言われてるから家に残ってる。親と軽井沢行ってもやることないし」

 そう言いながら自分の部屋のロッカーを漁る。

 紫苑の部屋は、全体的に物は少なめだけど広めで、いい匂いがした。

 甘い、女の子の匂い。

「こんなもんかなー」

「終わった?」

「うん、それじゃ、瀬戸君の家行こっか」

 半分居候のように僕の家で生活する予定の紫苑。仮にも異性の家なのに、住みついてやろうという気がしれなかった。

 というか、僕の意思、聞かれてないし。


「今日からお世話になります、白川紫苑です!ボケでもアホでも好きなように呼んでください!」

 ボケとかアホとかでは呼べないだろ……。

「もうみんな紫苑のこと知ってるからそういうの間に合ってるよ」

「おなしゃーーーす!!」

 完全に、野球部のソレ。


「紫苑と僕は二人部屋みたいになるから、結構狭いよ」

「狭い方が距離近く感じられるし私はいいよ」

 そう言って紫苑がくっついてくる。

 昨日の夜の肌の感触を思い出して、ちょっと照れた。

「昨日の夜、思い出しちゃった?」

「そうだよ、悪いかよ」

 そう言うとニチャニチャしだす。ニヤニヤじゃなくて、ニチャニチャ。

「もっと覚えてもらわないとね!」

「そうな」

 紫苑のこのハイテンションに初日から付き合ってると、夏休みの最後までもたない気がした。


「トイレの蓋って開けとく派?閉めとく派?」

「閉めとく派」

「なるほどなるほど。なら身体はどこから洗う派?」

「それ関係ないだろ。流れで聞こうとするなよ」

 たはー!バレたかー!なんて言ってる。

「教えてくれたらそこから洗ってあげるよ!」

「洗っていらないよ」

「なんでさ」

「恥ずかしいから」

 ちぇ、つまんないの。なんて言ってる。

 でもなんだか、同棲っぽいのが現実味を帯びてきて、僕もテンションが上がりそう。

 紫苑の気持ちがわかる気がした。

 あ、でも、紫苑は元々ハイテンションか。

 僕が毎日あれなら気が狂う。

 あの原動力はどこにあるのだろう。

 紫苑の言動を思い出す。

「美少女だからね〜!」

「私こそ絶世の美少女」

「美少女の務めか……くーっ!」

「美少女こと、白川紫苑です」

 あ、美少女だからか。

 簡単にわかった。ホントに単純なやつだな、なん思う。そんなこと思ってるってバレたら絶対またぶつかってくるだろうけど。


 一通り説明を終えたあと、僕達はさっき帰りに買ってきたアイスを食べていた。

 紫苑がリビングに座っている様子は、もう何気に日常に溶け込んでいて、違和感ひとつ感じない。

 これも美少女パワーなのか。単に紫苑のコミュ力なのか。

「なんで暑い日ってカレー食べたくなるんだろうね〜」

 サイダー味のアイスを食べながら紫苑が言う。どこからカレーが出てきたんだよ、なんて毎回ツッコんでたら紫苑についていけない。

「やっぱりスパイスじゃない?」

「ならさ、アイスにスパイス入れればいいと思わない?」

「味がイカれすぎて誰も食べなくなるだろ」

 んー、それもそっかー。なんて暇そうにしてる。

「アボカドにごぼうとセロリとアスパラガス入れて胡麻ダレかけるやつ覚えてる?」

「覚えてるよ」

「あれやってみたいなー」

 絶対不味い。

「私がアボカドで、瀬戸君がごぼう。セロリが須藤で、アスパラガスがひなちゃん」

 須藤だけ呼び捨てなのが可哀想だった。

「で、アボカドが浮くってことだろ」

「別に私、浮いてないでしょ」

 明るすぎて浮いてる気がする。

「それに胡麻ダレっていう"イベント"を加えることによって、"味"って表現された"感情"が生まれるってわけか」

 そう、紫苑が解説する。

 多分合ってると思う。

「夏休み、何する?」

「予定立てたいね」

「でも今日はやる気起きないや」

 食べ終わったアイスを捨てて、ソファー付近で二人でゴロゴロする。

 こういう紫苑との日常も、何気に悪くないなと思った。

 何もしない虚無の時間でも、紫苑といれば、なんだか楽しい。

「あ、明日学校行かなきゃ」

「なんで?」

「天文部のミーティングだって」

「僕達二人でしょ」

「先輩いるらしい」

 だるっ。だるっ。だるっ。

「それは行かないとね」

「だよね〜、でも、面倒くさいよね〜」

 力の抜けきったオフモードの紫苑が、仰向けで動かなくなった。

 目は開いてるから起きてるけど。

 何もしない時間が流れる。

 お母さんは買い物、妹は部活、お父さんは仕事で、僕達二人。

 二人なのに玄関で叫ぶ紫苑は酷かったなー、なんてついさっきのことを1ヶ月ぐらい前みたいに思い返す。

 やっと平和が訪れてくれた。

 何もない、何もしない日々。

 思ってたより、退屈。

 やっぱり何かあったほうが楽しいのかも、なんて手のひらをクルクルさせた。紫苑は床でゴロゴロ回っていた。

 課題、やろうかな。

 どうせやらないのにそんな思考が流れてくる自分は末期だな、と思った。

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