番外編〜白川紫苑被害者黙示録〜

 白川に告白しようと思う。

 みんなには悪いけど。

 今度の文化祭で。

 白川はそういうの慣れてるから動揺しないと思うけど。

 俺なら、行けると思う。


 俺の名前は木村。サッカー部で、自分で言うのも何だけどクラスの中心にいると思っている。

 そして白川とは2年の付き合いで、去年から仲が良かった。

 俺は白川の、あの元気さが好きだ。

 自由に、優雅に生きる白川に、憧れていた。


「お前、辞めといたほうがいいぜ」

 去年のクリスマスパーティー主催者で、白川に告ったやつが俺に忠告してくれた。

「なんでだよ、俺白川と仲いいぜ」

「お前は白川の人間性をわかってねーんだよ」

 河川敷で、川の向こう側を見ながらそいつはそう言う。

「でも俺、容姿も悪くねぇし、遊びに誘ったらたいがい白川来てくれるし」

「それは俺もだろ。白川はなんていうか、もっと深い人間で。俺も詳しくはわかんねぇけど、多分、俺たちが知らないだけで。まぁ、告ってみりゃわかる」

 単なる負け惜しみだと思って聞いていた。

 俺はこいつみたいにはならないって。

 どこかでそう思っていた。


「瀬戸、一回だけ役変わってくんね?」

 クラスのあんまり喋ったことのない男子に頼んでみた。

 こいつが白川と同じ役で得するのは、なんだか気に食わなかった。それに、単に白川と話したかった。

「僕に言われても困るよ。これ決めてるの、白川だから」

「白川に言っても絶対駄目って言うし」

 白川は一度決めた役割を忠実に守る。

 そういう性格なのは俺も知っている。

 意外と気難しいんだよな。

 それからしばらく、瀬戸と押し問答をしていると白川が来た。

「なぁ白川、俺が行っちゃ駄目かな」

 俺は禁忌を犯した。

 白川が決めたことに、意見を言うこと。

 だが一回言ってしまったらもう、引き下がれない。

 そんな俺を、白川はじっと見た。

 目が合う。

 でもその目は、俺を見てる感覚じゃなかった。

 何を見ているのかわからない、そんな恐怖。

「君さ、文化祭皆で成功させようって気、ある?」

 淡々と、冷静に、何も感じないかのように、俺に言う。

 白川が、怖かった。

 身体のラインも細い、華奢な女の子相手に、俺は怖がっていた。

 どんな人間より、大きく見えた。

「いや、あるけど……」

 俺にはそれしか、答えられなかった。

 周りの空気が凍りつくのがわかった。

 そして白川が、呆れたような顔をする。

「なら勝手なことしないで。これは私が誰がどこに適任か選んで決めてるから。君には君の適役があるの」

 そのとおりどと、俺自身も思った。

 どう考えても、白川が正しい。

 それに白川は、ちゃんと俺を見てくれていた。

「なら白川、せめてこの後俺と文化祭まわってくれないか?」

 せめてその約束だけでも、とおこがましい自分がいた。

 そうすると白川の目の色が、一気に変わった。

 攻撃的な、俺を射殺すような目。

 それも冷めきった、俺に興味のないかのような、目。

 生きてる価値ないよ、と言われたような気分だった。

「そんな私情で皆の文化祭をぶち壊そうとした人間と私が、一緒に?」

「話だけでもいいから」

「結果は見えてると思うけど、いいよ。聞くだけ聞いてあげる」

 そう言って白川は持ち場に行った。

 周りはザワザワしてる。

 耳に入ってこなかった。

 緊張しすぎて。

 俺もとりあえず、持ち場に行った。


 シフトが終わって、白川と目が合う。

 ついてこいと言わんばかりに、控室を出た。

 人気のない教室まで連れて行かれて、そこで白川が机に座った。

「私が話を聞くって言った以上、ちゃんと話は聞いてあげる。さっきのをなかったことにすることは出来ないけど、君の評価を私はあれで落とすつもりはないよ。だから、素直に言ってほしい」

 そう言う白川の目は、力強かった。

 俺は白川に一歩近づく。

 白川が下から俺を見上げる。

 俺の方が力は強いはずなのに、何故か、手を出してはいけないような、そんな感じがする。

 だからより一層、俺は白川を本気で好きになった。

 こんな俺の話を、ちゃんと聞いてくれる。

 全てを割り切り、自分にしか従わない白川が、カッコよかった。

「白川、2年前からずっと、俺は白川が好きだった。俺と付き合っほしい」

 緊張して、息が詰まる。

 ちゃんと息をしないと、倒れてしまいそうだった。

「答えから聞きたい?私の話から聞きたい?」

 白川は俺に選択肢をくれた。

 俺は答えが、聞きたかった。

「答えは悪いけどNo」

 突きつけられた現実に、頭の中が真っ白になった。

 覚悟していた回答だけど、それでも。

「私の、何が好きなの?」

 思ったこと、全部話した。

 カッコいい、そんな白川の魅力を。

「君はまだ、まともなんだね」

 白川が薄く笑う。

 そして机を降りて、黒板に丸を書く。

「これ、何だと思う?」

「丸、だけど」

「私にはね、範囲に見える」

 何の話をしているのか、全く俺にはわからない。

「この黒板という広大な世界の中の、範囲。さて、ここでクイズ。この黒板が私の心だとしたら、ならこの丸はなんの範囲でしょうか?」

 無邪気に、いつもの白川みたいに、ニコニコしている。

 寒気がした。

 告白ともなれば、普通は振る側も、しんどいと思う。

 でもこれは、白川はまるでなんとも思っていないような、そんな感覚。

「わかんねぇ」

「正解は、君が見えてる私の心」

 それがどうしたのか、何の関係があるのか、全くわからなかかった。

「私はね、容姿なんてどうでもいいの。私が可愛かろうが、不細工だろうが、私は私を理解してくれる人に、好かれればそれでいい。愛されればそれでいいと思ってるの。だから私は、心で人を判断するの」

 しばらく、沈黙が続く。

「君みたいなね、私と仲が良いから告白した、みたいな人間にはまるで興味がないんだ。私は人の心を判断するのが上手い。現に君がさっき思ってたこと、大半があってるよ。私は君を振ることになんの躊躇もないし、心も動かない。だってどうだっていいんだもん、そんなこと」

 今更、後悔する。

 河川敷であいつの言っていたことを思い出して。

 白川は、深い人間だった。

 その容姿と性格で、全てを隠しているだけで。

 最大のトラップ。

「でも、人から好意を抱かれるのは嬉しい。たとえ君のことが私からしてどうでもよくても、私を思ってくれてるその心は、受け取っておく。だって私は、心で判断するから。君の大切な気持ち、私にくれてありがとう。どうか私と、縁を切らないでください。今まで通り、私と生きてください。お願いね」

 最後にニコッと笑う白川の顔が、眩しかった。

 白川の器の広さを感じて、俺は自分が惨めになった。

 人のことを考えず、行動する自分勝手な俺自身を、呪いたかった。

 白川と横に並ぼうなんて、おこがましい。

 振られたのに、より一層、白川が好きになった。

 これが、学年一の美少女。

 こんな人間に、誰も勝てない。


「俺、白川に告白しようと思うんだけど」

 河川敷。

 よく俺達はここで集まって喋る。

 その中、サッカー部で、違うクラスの友人が俺に言ってきた。

「お前、白川のこと好きだったんだな」

「いやなんつーか、前カラオケで一緒になったんだけど、そんときいい感じだったし、あいつクソ可愛いからワンちゃんあるなら行こうと思って」

「辞めとけよ」

「なんでだよ、あれから喋ってるし、仲いいし、俺別に容姿も悪くねぇから行けると思うんだけどな」

「白川は、お前の思ってるような人間じゃねぇよ」

「どういうことだよ」

 そう言う友人をほって、俺は家に帰った。

 白川という人間を見て、白川と生きて、俺は世界をもっと広く、見てみたい。

 だからそのきっかけとなった話を、ここに記しておいた。

 俺の中で、忘れぬように。

 この気持ちを、忘れぬように。

 そして白川が幸せになることを、祈っている。







あと書き


ご愛読いただき、ありがとうございます。



カクヨムコンに応募することにしました、よろしくお願いします。



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