地獄と天国の球遊び、夏の始まり

 無事に、期末テストを乗り切った。

 そして待ち受けるのは、球技大会と言う名の運動神経の悪いやつを吊り上げて、クラス全員でフルボッコにするイベント。


「張り切っていこう!!!」

 紫苑との友情、いや愛情トレーニングで休日は全て返上。なのに僕はカス。ミジンコ以下。

 ルールと走塁はギリギリ行ける。

 でも守備と打撃は植物プランクトン。

 何も考えずにその場に留まるだけ。

「ほら、アウトローに投げるよ!行くよ!行くよ!それ!」

 空振る僕。

 笑う紫苑。

「バッティングセンターから始めようかと思ったけど、始めなくてよかったね〜」

 そう言ってゲラゲラ笑う。

 ちなみにこれは紫苑の家の庭でやってる。

 そこそこ広いけど、打ったら間違いなく家に当たる。

 要するに紫苑も空振る前提で投げてる。

 マジ最低。

「ボール見ないと駄目だよ、振るとき見てないもん」

「素人にそんなこと出来ないよ!」

「運動神経でなんとかしな!」

 これが真のイジメ。

 彼女に三振とられる彼氏の絵。

 情けねぇ!

 で、その後、ある程度振れるようになったらバッティングセンターで次のイジメ。

 笑う紫苑。

 泣きそうな僕。

 情けねぇ!

 それを放課後も含め2週間行った。


「ま、私の彼氏として最低限は出来てるよ。捕球は終わってるけど」

 らしい。

 バッティングセンターで25球中10球ファールの僕を見て言う。

「紫苑は練習しなくていいの?」

 悔し紛れに僕が言った。

 今でもなんでこんなこと言ったんだろう、と後悔している。

「やる必要あるように見える?」

 フフン、とあるようでない胸を張る。

「運動不足って前言われてなかったっけ?」

「バットを貸し給え、ボーイ」

 謎のテンションに入った紫苑にバットを渡す。ついでにお金も。

「坊主、そこで見ときな!」

「紫苑、ボール来てる!」

「キャッ!」

 紫苑の珍しい悲鳴。

 聞けるのは超レア。

 僕もいいものが聞けたとほっこりする。

「ちょ、今の無しで」

「次も来るよ」

 慌てて構えて「見ときなよ〜」とか言う紫苑。

 ちなみに球は85km/h。

「チョレーーーイ!」

 そう言って上手くボールを弾き返す。

 紫苑うめぇ〜〜〜〜〜〜〜。

「ドヤァ!」

 全球キレイに打った紫苑が自慢気に言う。

「紫苑すごいな」

「褒められたって嬉しくねぇぞこのやろがい!」

 どこかで聞いたようなセリフをクネクネしながら言っていた。

「え、それだけ?」

「それだけって?」

「もっと褒めてよ」

 傲慢。

 10分ぐらい、死ぬほど褒めちぎってやっと満足してくれた。


「球技大会、楽しみになってくれた?」

 カフェでご飯を食べている最中、紫苑が聞いてくる。

 僕が嫌そうにしてるのに気づいて、多分楽しませようとしてくれてたんだろう。

 哀れとか云々じゃなくて、抱き締めたくなった。自分の彼女が可愛すぎて。

「おかげさまで楽しみだよ」

「それなら私としても良かったよ!本番ちゃんと見てるからね!」

「任せときな」

 お、珍しく自信満々じゃん。なんてオムライスを突きながら言っていた。

 ちなみに口の横にケチャップがついていた。


 体育みたいなノリで始まった球技大会。

 何個かスポーツは選べて、僕は余り物のソフトボール。

 須藤も付き合ってくれた。

「お前、守備どこすんの?」

 ピッチャーをやるらしい須藤が、マウンドでカッコつけながら聞いてくる。

 ちょっとウザい。

「内野とキャッチャー以外ならどこでもいいよ」

「外野だけじゃねぇか、ライト行っとけ」

 そう言われてそそくさとライトに向かう。

 別に野球部でもない須藤がピッチャーをやるのは守備で野球部を使ったほうがいいかららしい。

「須藤君〜〜〜!ちゃんと投げるんだよ〜〜!」

 応援の紫苑が叫んでる。

 ちなみに紫苑はフェンス越しの僕の真横に立っていた。

「瀬戸君、私が後ろか前か教えてあげるからフライは行けるよ!!」

 なんて心強いんだ!

「ねね、ちゃんと瀬戸君が打てたら、なんかご褒美あげるよ!!」

「別に欲しい物ないんだけどな」

「私の胸でも揉んどく?」

 フフン、とまたあるようでない胸を張る。というか反る。

「じゃあそれにしとくよ」

「素直に触りたいって言えばいいのに!」

 紫苑がゲラゲラ笑う。

 他の女子のソフトボール(待機組)も来たので、僕達の会話は終わった。


「おい瀬戸、打たないとぶっ飛ばすぞーー!!」

「瀬戸君打てぇー!」

 ゲロゲロ〜〜〜〜〜〜!!!!

 7番バッターの僕でチャンスが回ってきていた。

 声援が怒号に聞こえる。

 須藤はお腹を抱えて笑ってる。

 あいつ、シバきたい。

 バットで。

「瀬戸ーー!!打たないとお前戦犯だぞー!」

「死ぬ気で打て瀬戸ーー!!」

「死ねぇーーー!!」

 ただの悪口も混じってたけど、皆の期待には応えたい。

 紫苑とのバッティングセンターを思い出す。

 あぁ、褒め殺した思い出しかない。

 だめだ、こりゃ。


 ボールを何個か見逃して、上手く待つ。

 紫苑が振って当たらなさそうだったら待っとけって言ってたから。

 そして、3球目も待った。

 ストライクでも振るなって紫苑が言ってたから。

 あれ?

 僕、自分で考えて動かないただの植物プランクトンじゃね?

 情けねぇ!

 4球目、ど真ん中。

 言われたことを思い出して思いっきり振る。

 ボールを最後まで目から離さない。

 当たる感触が腕に伝わり、ソフトボールの重さを感じる。パワー負けしないように最後にぐっと力を入れる。

 上手く弾き返したボールはセンターの前に落ちて、塁は1個だけ進んだ。

 要するに、繋いだ。

「瀬戸ー!よく打ったー!」

「ナイス瀬戸!打ったら走れよーー!」

 自分もチームの一員みたいで、嬉しかった。

 案外、こういうイベントも悪くないのかもしれない。

「瀬戸君ナイス!!つないだよ!!ナイス!!」

 何故か涙目の紫苑を見て、僕まで笑いそうになった。

 周りも「白川さん!?」とか言って引いてる。


 その後、結局須藤がダブルプレーを取られて点は1点だけ。

 そして野球部に2本もホームランを打たれた。

 僕は「ホームランボール下から見るか、横から見るか」になっていた。

 フライもクソもねぇ。

 戦犯は須藤。

「須藤はぶっ殺す」

「須藤絶対しばく」

「あいつが南の彼氏じゃなかったら整形したのかレベルで顔無茶苦茶にしてやりたかった」

 等々。

 須藤はと言うと

「俺、イケてただろ?」

 とホザいていた。

 しばかれればいいのに。

 そして、殺気だってた理由を聞くと、紫苑が見に来ていたかららしい。

 紫苑ってどこまで人気者なんだろ。

 そういうわけで、無事に(?)僕の球技大会は終わった。


 そして当の本人紫苑はと言うと、ほぼほぼホームランで紫苑のワンマンゲーム。

 ピッチャーはせずにショートで、素人が見ても死ぬほど上手かった。野球部もビっくりしていた。

 つくづく、部活やればいいのに、と思うけど、この前一緒に入部届けを出しに行って、今は天文部。

 で、優勝。

 バケモノ。

「しっらかわーーーーー!!!!」

「シオンちゃーーーーーーん!!!」

 と、観客は大盛りあがり。

 それ全てに応えるのが美少女の役目らしく、一回一回ポーズを決めていた。

 僕も紫苑のプレイに見惚れてたから、あんまり人のことは言えないけど。


「球技大会、お疲れ様!」

 知らない間に僕の家で夜ご飯まで食べるようになった紫苑と、僕と、家族でパーティーが開かれた。

 ちなみに発案者は紫苑らしい。

 僕の家族もなんで乗り気なんだよ。

「宗次郎、ちゃんと役に立ててよかったわね」

「そうな」

「お兄ちゃん中学以来運動してないのによくできたね」

「それは私がちゃんと鍛えたんだよ!」

 紫苑がそう言うと、妹が「お兄ちゃんを太陽の元に引っ張り出すなんて、尊敬します!」とか言っていた。

 それに対して「彼女の力は偉大でしょ〜?」と反応する紫苑。

 ツッコむ気にもなれなくて、珍しく宅配で頼んだピザを食べる。

 久しぶりに運動して疲れたあとのピザは美味しかった。

「ねね、ピザって10回言って」

「嫌だよ」

「ノリわるぅ〜、そんなだからお疲れ様会呼ばれないんだよ?」

「今回は開催されてないだろ!」

 そう言うと、あはははは!と紫苑が笑う。

「そんな怒らないでよ!」

 そう言うとまた、笑っていた。


「私ピザとか食べたことなかったや」

 何気に泊まろうとしてる紫苑が、僕の部屋で漫画を読みながら呟いた。

「明日終業式なんだから一応帰ったほうが……」

「もう22時ですけど、こんな時間から美少女を歩かすの?」

 京都で3時に歩いてたやつが冗談を言ってるようにしか聞こえなかった。

「わかったよ。で、どこで寝るの?」

「ここだけど?」

 ヤバ=スンギ。

「それ、僕の親に言った?」

「言ったよ。私がいいならいいって」

 ヤバ=スンスン

「私、お風呂入ってくるね」

 そう言って部屋を出ていった。

 妹ちゃん一緒に入ろー!!なんて叫んでる。

 バタバタしながら妹も階段を降りていった。

 疲れて眠いから仮眠を取ることにした。

 どうせ紫苑が起こしくれるだろ。


「お風呂上がったよ、瀬戸君も入れって」

 僕のほっぺたを触りながら、紫苑がやっぱり起こしてくれた。

 本人はデレデレしてるけど。

 僕が階段を降りていると、妹と出くわした。

「お兄ちゃん、私羨ましいよ」

「何が?」

「あんな身体を自由に出来るなんて……。私なら……」

 とかうわ言を言いながら自分の部屋に入っていった。

 そんなに良かったのかな……。

 だめだ、想像しちゃ駄目だ。

 きっと、想像するだけで犯罪になる。

 とりあえずお風呂に入って心を落ち着かせよう。

 湯船が暖かくて、人に抱きしめられているかのような温もりを感じて、僕は軽く寝た。

 夏休みが近いのかーとか考えてると、余計に眠くなったし。

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