僕と、もう一人の美少女

 ➝瀬川さんに話があるって言われたんだけど

 ➝なんだろうね。意外と瀬戸君のこと気になってたりして?

 ➝それはないだろ。全然話したことないのに

 ➝あるかもよ。女の子だし

 それ理由になってんのかよ、と思う。

 ➝とりあえず明日、あってくる

 ➝いってらっしゃい。私は瀬戸君のこと信じてるから

 紫苑からの許可も貰った。

「信じてるから」という言葉が僕に絶対的な安心感を与える。

 この言葉はつまり、紫苑が何があっても、僕を疑わないということ。

 だから僕は、堂々といられる。


「瀬戸先輩でしたよね」

 指定された場所、というか飲食店に行くと、私服姿の瀬川さんがいた。

 Tシャツに短パンというラフな格好で、緊張していた僕がバカみたいに感じる。

「そうだけど、とりあえず連絡先をどこで手に入れたか教えてくれる?」

「クラスの人に聞いたら一発で教えてくれましたよ」

 僕の連絡先をクラスで持ってるのは、紫苑と南さんと須藤だけ。

 絶対に、須藤だ。

「それで、今日はどうしたの?」

「それなんですけど聞きたいことがありまして」

 そう言うと、椅子をガサガサしてデカイものを取り出した。

「とりあえず、何か頼んでください」

「あ、はい」

 瀬川さんはずっと、睨むような鋭い目つき。

 僕の何を見てるのか、根底がわからない。

 だから何を聞かたいのか、何の話があるのかも読めなかった。

 例えば僕と紫苑が付き合ってることなのか、それとも質問の意味なのか。


 頼んで10分もしないうちに出てきたドリアを黙って食べる。

 ちなみに待ってる間もずっと沈黙。

 はっきり言って、死ぬほど気まずい。

 瀬川さんは携帯を触ることもなくじっと、僕を見てる。

 何か喋れよ。

 呼んだのそっちだろ。

「瀬戸先輩、白川先輩と仲いいんすか?」

 突然喋ったかと思うと、えらく抽象的な質問が来た。

 もっとこう、ドストレートで具体的なのが来ると覚悟してたのに。

 もしかしてこの子、意外と何もわかってないんじゃ……。

「悪いわけじゃ無いと思うけど、なんで?」

「白川先輩、先輩といるときだけ素でいるんで」

 前言撤回。

 僕の淡い期待は一瞬で弾け飛んだ。

 思ったより紫苑のことがわかっていてビックリ。

「そんなことないだろ」

「そんなことあります。白川先輩は確かに美少女ですが、裏表のあるかなり繊細な人です。高校入学してからずっと先輩を見てきましたが、皆の前ではずっと表顔でした」

 僕以外に紫苑をここまで理解してる人がいるとは。

 紫苑も嬉しいだろうな。

「それ、別に僕と関係なくない?」

「ずっと表ということは裏をどこかで見せてるはずなんです。SNSでそういうこと呟く人間じゃないので、相手が人間だとは思ってました。そこでよく一緒にいる人物を、あなたの連絡先をくれた人に聞いたら先輩の名前が出てきたんです」

 紫苑が須藤のことをボケと呼んでる理由がわかった気がする。

 確かに須藤はボケだ。

 言っていいことと駄目なことをまるでわかってない。

 これじゃ僕は、思いっきり関係者だ。

「理由はわかったよ。確かに、僕と白川は話すことが多いよ。でも、それがどうしたの?」

 僕自身で聞き方悪いな、と思う。

 聞き方と言うより、態度が悪い。

「私、2年前に白川先輩に意味のわからない質問をされたんです。当時意味のわからなかった、いや今でも意味はわからないんですけど、それに対して何かあったの、と答えたんです」

 神妙な面持ちで、悲しそうに、いや寂しそうに瀬川さんが言った。

 紫苑の言っていた通りの話。

 僕はこれに対して、ヒントを与えることだけ、許されている。

 紫苑自身も、仲良くなりたいと思ってそうな事を言っていたし、僕は全力で協力することを一人で誓う。

「それから白川先輩は、私に、話しかけてくれなくなりました。元々自分から話しかけるのはレアな人だったので、通常に戻ったという方が正しいのですが多分あれは、私から興味が、失せたんだと思います」

「少なくとも、白川自身は瀬川さんに今は、興味ないなんて思ってないと思うよ」

「ですがきっと、白川先輩は、また私を突き放します。何かご存知なら、瀬戸先輩、私に少しでもいいので教えてくれませんか?」

 あ、それと私のことは瀬川か奈緒で結構です。と真顔で付け加えた。

「きっと白川は、目に見えない"何か"のことを言ってるんだと思う。それはそうだな、例えば気分とかそう言う問題じゃなくて、あぁ、どう言ったらいいんだろう」

 ギリギリのヒントを出す、というのも難しかった。

 答えてしまいそうな、ヒントにならないような。

 僕も悩んだ。

 僕のときはどうやって理解した?

 自然に、紫苑の目を見て理解したと思う。

 そうか!

「白川の目を、よく見て欲しい。白川は単純なやつだから、そこまで頭をひねり過ぎても良くないんだ。もっと、根本的なことを聞いてるんだと思う」

「根本的、ですか……」

「そう」

「私は半年近く、白川先輩と一緒にいました。それなのに、根本的に考えるとか、考えてきませんでした。私も結局、白川先輩の容姿に惹かれてついていってたのかもしれません……悔しいです」

 斜め下を向いて、何か思い当たることのあるような顔をしている。

 紫苑の容姿に惹かれていたこと、それに紫苑が繊細な人間だということ。

 そこまでたどり着けたらもしかしたら、今なら答えられるんじゃないか?

「瀬川は難しく考えすぎてる。紫苑のどこに惹かれたかじゃない。大事なのは、その、後だ。紫苑と関わって、さらに仲良くなりたいと思った理由を正直に、嘘偽りなく答えればいい。白川は、嘘には敏感だから」

 だからこそ僕も、紫苑に嘘をついたことはない。

 紫苑が最も嫌うことだから。

 すると瀬川は何かに気づいたような顔をした。

「あの、今すぐに白川先輩と会えますか?」

 そう言われて僕もすぐに、紫苑に連絡する。

 素直に来てくれたらいいんだけど。

 この時間なら、起きてるはず。

 ➝紫苑、今すぐ昨日行った場所に来てくれる?

 すぐに既読がついた。

 ➝おっけー!3秒後に着く!

 3秒?

 ➝3

 ➝2

 ➝1

「ダダンダンダダン♫」

「ダダンダンダダン♫」

 ビックリして僕達は言葉が出ない。

 状況が読み込めない。

 なんで???

 なんで3秒で来れるんだ??

「デーンデン」

 サメのきそうなテンポで言う紫苑。

「デーンデン」

 サメが近づいてくるような、そんな感じ。

「デーンデンデーンデン」

「デーデンデーデンデンデンデンデンデンデン」

 段々早くなっていくテンポ。

 紫苑のボケに追いつかずツッコめない僕達。

「ガブぅ!!」

 僕に抱きついてきた。

 店内で。

 瀬川の前で。

 呆気に取られる瀬川。

 驚き呆れる僕。

 要するに多分、最初からここにいて、全部聞いてたんだろう。

「作戦通り……!!!」

 悪い顔で紫苑が言う。

 寂しくてついてきたんだろ。

 それと、瀬川が心配で。

「で、奈緒ちゃん。あのときの答えを聞こうか」

 なんなら僕達の会話を聞いて待っていたようだ。

 ソワソワしてたんだろうな〜、と待ち構えているときの紫苑を想像する。

 ニヤニヤソワソワ。

 危険人物すぎる。

「私は白川先輩の、奔放で大胆だけど、繊細で裏表のある人間味と、それを全て隠すようなカリスマ性についていきたいと思ってます。完璧美少女とは、白川先輩のことだと思って、大好きでした」

 自信なさそうに、それでも勇気を出して言ったのが、よくわかる。

 それを聞いて紫苑は固まって、じっと、観察するように、瀬川を見る。

「奈緒ちゃん、よくわかったね。大人になったんだね。私の負けだよ。あのときは興味無くして悪かったね」

 薄く笑いながら言う紫苑。

 それを聞いた瀬川は、目に涙を浮かばせた。

 もう僕帰っていいかな?

「あの、それよりお二人は……?」

「あぁ!私、瀬戸君と付き合ってるんだ!」

 今日一の情報量で、瀬川がとうとうショートして固まった。

 可哀想に。

 これから僕みたいに紫苑に振り回されるんだから、慣れたほうがいいよ、と心の中で思う。


 二人が話に盛り上がってる隙に、外に出た。

 ドリア代は紫苑に託すことにした。

 いつも勝手に僕に押し付けてくるし、たまにはいいだろうと。

 それにしても、僕としてもあの二人が仲良くなって良かったと思う。

 何より紫苑からの振り回しの負担が一人分減ったわけだから。

 あれ?

 紫苑、ソフト部どうするんだろ。

 まぁ、いっか。

 後で聞けば。

 暖かくなって、日も伸びてきた世界を見渡し、美しさを感じる。

 たまには現実もいいな。

 そう思った。

 でも、僕の学校の週末課題は真っ白だった。

 他人に力を貸したんだし、許しくれないかな。

 駄目か。

 現実はやっぱりゴミだ。

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