今度は物理的なキャッチボール

「前の体育、超楽しかったね〜〜」

 土曜日。

 僕が朝起きて階下に降りると、何故か朝ご飯を家族と一緒に食べてる紫苑。

 僕が10時にやっと起きて眠い中、元気そうに僕に声をかける。

 大切な彼女だけど、今だけはウザかった。

「紫苑ちゃんは、お家でご飯食べなくていいの?」

 僕のお父さんがそう聞く。

「はい。私の家族、皆病院にいて、なんか忙しくて帰ってこれないらしいんです。帰ってきても一瞬しかいないっていうか。私がいなくても気にしてないんですよね」

 そう言うと、お父さんは一旦頷いた後、紫苑を二度見していた。

 なんだか滑稽で面白い。

「で、紫苑。なんで朝から君がいるんだ」

「家にいても寂しいだけだし、やることないし」

「いつまでいるの?」

「わかんない」

「昼も僕の家で?」

「こんな可愛い女子高生に家に帰らせて寂しく一人で食べろっていうの?」

 確かにそれはそれで可哀想な話だった。

「ていうか瀬戸君、妹は部活行ってるのにお兄ちゃんはそれでいいわけ?」

 そう言うと、お父さんやお母さんも「もっと言ってやれ!」なんて言う。

 全く酷い話だ。これができるから帰宅部なのに。

「いいと思うよ。妹、テニスでしょ?」

「そうよ〜」

 お母さんが答えてくれた。

「じゃあ瀬戸君は今日ソフトボールね?」

「なんでそうなるんだよ!」

「たまには運動しなよ。聞いたよ、中学ではバスケやってたけど途中から幽霊だって」

 誰だよいらないこと言ったやつ!

「わかったよ行くよ。でも僕、道具も何も持ってないんだけど」

 そう言うと、フフン。と得意気にグローブを出してきた。

 と言うわけで、着替えたら早速公園へレッツゴー!

 張り切って拳を上にあげる紫苑だった。


「私の練習着姿に、何か感想ある?」

 紫苑は、アンダーシャツと長めの短パンに中にスパッツを履いてるらしかった。本人がわざわざ紹介してくれた。

「可愛いよ」

 普段は制服でわからない胸が、アンダーシャツを着てるおかげで露骨にわかる。

 こう見ると思ってたよりあるんだな……。

 なんて思ってると、紫苑がジト目で僕を見ていた。

「そんなに見たかったら今度脱いで見せてあげるよー!」

 手をメガホンみたいにして叫ぶ。

 真横にいるのにそんな大声出さなくていいだろ!

「わかったよ、見ないから!」

「別に見てもいいんだよ?」

「恥ずかしいからやめてくれよ!」

 そう言うと紫苑はケラケラ笑う。

「まぁまぁ、早速始めようよ」

 公園についてそう言われ、早速始めることになった。


「前はさ、心のキャッチボールしたよね!」

 キャッチボールをするためにちょっと離れたところにいるから、大きな声で話す。

 この話は多分、ゴールデンウィーク中のことだろう。

「そうだな!」

「私達あれから、もっと上手くキャッチボール出来るようになってる気がするんだ!」

「そうだな!」

 ちなみに真っ昼間のこの時間、暑くて人がほとんどいなかった。いるのは子連れの親ぐらい。

 だからお互い、大声で話せる。

「私、瀬戸君大好きー!」

 そう言って、紫苑がボールを投げる。

 グローブで何とか捕って、僕も投げ返した。

「僕も紫苑が、大好きだ!」

 そう言うと、ボールが来てるのにクネクネしだした。

 デレだしたら周りを見ない癖が最悪のタイミングで出た。

「紫苑危ない!」

 そう叫ぶと、紫苑はデレながら、しかも横を向きながら、普通に捕った。

 なんだか自分が情けなくなった。

「大丈夫だよ!」

 そう言ってまた、紫苑が投げ返してきた。


「だいぶ上手くなったじゃん」

 30分くらい一緒に練習して疲れて、炭酸を買って飲んだ。

「紫苑程じゃないよ」

 実際紫苑はめちゃくちゃうまかった。

「でも私、瀬戸君との言葉のキャッチボール以外下手だからさ」

「そんなことないだろ」

「あるよ。人の心が考えられないろくでなし。私は確かに美少女だけど、そう言う意味じゃ人間じゃないんだ」

「僕を好きって思ってるってことは、ちゃんと人間だよ」

 そう言うと、首を振った。

「興味あることにしか私、考えられないの。それが人間じゃないかと言われれば人間なんだけど、そう言う意味じゃなくて。皆は興味なくても、ある程度覚えるし出来る。でも私は、からっきしだめ。人間失格」

「そんなこと言うなよ」

 自分を全部否定する紫苑を、なんだか止めたかった。

「私、昔のまま、瀬戸君と出会えなかったらどうなってたんだろうね」

 紫苑が遠くを見るような目で言った。

「そんなこと、わからないよ。僕だって紫苑と出会ってなかったらきっと、こんな楽しさ知らなかった」

 そう言うと、紫苑は薄く笑った。

「私達ってさ、お互い依存してるよね」

「そうな」

「これからもずっと一緒だよ」

 紫苑が真剣な顔でそう言った。

 相変わらず、愛の重い奴。


「ところでさ、私のアンダーシャツって洗濯してもらっていい?」

 帰り道、アイスを食べながら僕に聞いてきた。

 知らないよ。

「いいんじゃない?」

「私、そこまで考えてなかったんだよね」

 相変わらず、見通しの甘い奴。

「あ、もしかしてアンダーシャツの匂いかぎたかった?」

「そんなこと言ってないじゃないか!」

「いや、私の汗の匂いが好きな変態かと……」

 僕をなんだと思ってるんだよ、こいつ。

「あ、瀬戸君のアイスちょうだい」

 そう言って、ひょいと勝手に僕のを取る。

 別にいいけど。

 やっぱり、傲慢。


 家に帰って、何故か一緒に昼ご飯を食べる。

 妹は嬉しそうだった。

「瀬戸君の部屋っていっていい?」

「いいけど、何するの?」

「ベッド貸して?」

 妹が何か不安そうな顔をする。

「先輩それ、大丈夫ですか?」

「うん、全然平気だけど、何の話?」

「いえ……」

 不思議に思いながらも紫苑を部屋に案内する。

「ここだけど」

「じゃあ、おやすみ〜」

 そう言って勝手に僕のベッドで寝始めた。

「え?」

「あ、私昼寝の時間だから起こさないでね」

 とんでもなく勝手で、ビックリした。

 誰だよ、完璧美少女とか言ってるやつは。

 愚鈍な上に惰眠を貪ってるぞ。

 それはそれで紫苑らしいのかもしれないけど。

 結局、18時まで起きてくることはなかった。

 約5時間睡眠。

「私、ロングスリーパーだから」

 だそうだ。

 紫苑は晩ご飯まで食べ、21時頃に家に帰った。

 勿論僕は送らされたのだけど。

「じゃ、また明日ね!」

 そう言ってドアを閉じたから、また明日も来るのだろう。

 僕にとっての本当の休日は、なかなか来なかった。

 そして携帯を見ると

 ➝お話したいことがあります。瀬川奈緒

 と来ていた。

 休日なんて夢のまた夢らしい。

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