僕と美少女、クラスと美少女

「瀬川奈緒って人、知ってる?」

 晩ご飯を食べながら、妹に聞いてみた。

「知ってるよ!白川先輩と同じ学校だったはずだよ」

「有名?」

「白川先輩程じゃないけどね」

 何故か自慢気な妹。

「お兄ちゃんの高校のミスコンで優勝したんでしょ?」

「よく知ってるね」

「友達から聞いた」

 女子って情報網どうなってるんだよ。

「白川先輩負けちゃったんだ」

「いや、紫苑は出てないよ」

 妹がビックリして、食べていたご飯を落としかけた。

「白川先輩って、そういうの絶対出そうなのに!」

 紫苑、僕の妹に化けの皮が剥がされそうだぞ。

 でも、最近紫苑は謙虚ではなくなったか。

 ちょっとずつ、皆の前でも素になってきてるんだな、と少し嬉しいような、なんだか残念なような。

 だって、独占したいし。

「やっぱり白川先輩は謙虚なんだな〜」

 ごめん紫苑、やっぱりバレてなかった。

「そうな」

「お兄ちゃんの前でも白川先輩ってあんな感じなの?」

 妹の思ってる紫苑と僕の思ってる紫苑は違いそうだから、下手に話せない。

「あんな感じって?」

「気さくで明るい人だけど、他人思いで、皆に優しくて、賢くて、しっかりしてて、運動も出来る表裏のない完璧な美少女!」

 酷い。

 流石に、酷い。

 紫苑の美化され具合いが。

 どうやったらそう見えるのか聞きたいぐらい。

 いや、どうやったらそう、見せられるか、の方が正しいのか。

「だいたい合ってるよ」

 だいたい間違えてるけど、訂正しても聞かないし信じないだろうな、と思った。

「白川先輩すごいよね。なんでも完璧にこなしちゃう」

 それはそうだと思う。

「すごいよな。なかなかあんな何でも出来るやつ、いないと思う」

「何でも出来てもだいたい何か欠点があるのに、顔も超可愛いし、ホントに女の子の憧れだよ」

「そうな」

「モデルとかアイドルとかに誘われないのかな」

 確かに。

 そういうのに誘われたっていう話は僕も聞いたことがなかった。

 多分、やらないと思うけど。

 顔で全てを決めるそういうのは、紫苑の好みから一番かけ離れていた。

「やらないんじゃないの」

「なんで?」

「紫苑、そういうの興味なさそうだし」

「確かに先輩がそういう話してるの聞いたことないや」

「だろ」


「え、アイドル?」

「うん、興味ないの?」

「急に勧誘みたいなこといいだしてどうしたの?」

 翌日の朝、ご丁寧にバターまで塗ってる紫苑に早速聞いてみた。

「妹がそういう勧誘されたことないのかって」

「インスタにあげたコメントで来たことは何回かあるけど、なろうとは思ったことないなー」

 塗られたピーナッツにテンションをあげながら答えてれた。

 この、幸せそうにジャムを口につけながらパンを食べる紫苑を見て、誰がアイドル適性あると判断するのだろう。

 そいつの目は多分腐ってる。

 顔しか見てない。

「白川先輩ならアイドルとかでもやっていけると思うんですけど……」

「私、あんまりああいうの興味ないんだよね。わかんないし」

 そう言うとパンをおいて、ソファーに座っていた妹のところへ行って、横に座った。

「それにね、私はカオルちゃんのお兄ちゃん一人に好きって言われたら、それでいいんだよ」

 顔を近づけて、思いっきりの笑顔で言った。

 妹の顔は真っ赤になり、何故か照れていた。

「私、先輩に惚れそうでした」

「私の横の席はもう埋まってるから、惚れても悲しいだけだよ〜」

 紫苑がそう言いながら席に戻り、パンを食べてる。

 僕はどんな顔して聞けばいいんだよ。


「白川、今日もあの子来てるぜ」

 学校についた紫苑に、クラスの男子が教える。

「奈緒ちゃんどしたし〜?」

 話しかけられて、顔を赤くしていた。

「いえ、なんでも……」

 そう言うと、どこかに走って行った。

 紫苑と話したかっただけなんだろうな、となんとなく感じる。

「今日の体育男女合同だってよ」

 地獄じゃねぇかよおい。

 僕の醜態が紫苑に見られる。

 生き地獄。

「ほほう?」

 紫苑が悪巧みしてそうな顔で笑ってる。

 僕と目が合う。

 嫌な予感しかしない。

「ちなみに何すんの?」

「さー、そこまでは知らねーねど、広く使えるからとか言ってたぜ」

 サッカーあたりか。

 そのへんに立っておけばいいからまだ耐える。


「ソフトボールします」

 は?

 俺、現実を許せねぇよ。

「ペアは自由にしてください」

 そう言われた途端、一斉に紫苑に群がる。

「白川さん!俺とキャッチボールしてください!」

「白川!俺と!」

「白川さん、やっぱり女の子同士、私達でやろうよ!」

「拙者と愛のキャッチボール、してみてはござらぬか?」

 紫苑はビックリしたみたいな反応して戸惑っている。

 断る理由付けが難しいからだろう。

 クラスと美少女の関係性がよく見える構図。

 紫苑争奪戦。

 それに対して困る紫苑。

「瀬戸〜、俺とキャッチボールしようぜ」

 須藤が誘ってきた。

 紫苑とするのは嫌だし、何より難しそうだから諦めるか。

「いいよ」

 僕が瀬戸とやることに決めたのを見て、紫苑も一人ひとり断っていた。

「流石に野球部のことキャッチボールしたら私死んじゃうからごめんね〜」

「ごめんね〜、やっぱり私、流石に女の子とやりたいな〜」

「ひなちゃんとやることにするよ〜、ごめんね〜」

「お前は帰れよ」

 一人にだけ辛辣。

 拙者野郎になら仕方ないか。

 皆紫苑と組めないのが残念そうに、ペアを決め始めた。

 南さんは一人喜んでる。

 僕は須藤と話しながらキャッチボールをしていた。

「お前、ソフトボールとか出来んの?」

「出来るわけないだろ」

「中学のとき部活何やってたんだよ」

「バスケ」

 そう言った途端、急にボールが早くなった。

「なんだよ、スポーツ経験者じゃねーか」

「幽霊だけどね」

 僕も投げ返す。

 弱々しい球で、何事もないかのように捕られた。

「お前はもうちょっと自分に自信持っていいんじゃねーの?」

「いいわけ無いだろ。実際、非力だし」

 さっきより数段早いボールが飛んできた。

「なんだよ、捕れんじゃん」

 そう言う須藤は、なんか変に笑っていた。

「お前やっぱり、白川となんかあるだろ?」

「ないよ」

「白川さっきも、お前の方見てたし」

 だんだん嘘がつけなくなってきた。

「忠告しておくけど、僕はいいとして、何か気づいても気にしないほうがいいよ」

 そう言うと、ヒューッと須藤が言った。

「白川怖いね〜」

「そうな」

 須藤はきっと誰にも言わないと信じて、僕もこれ以上須藤に何も言わなかった。


「球技大会は全2回あって、一回目は期末テスト後、2回目は2学期にやるんで、そのつもりでよろしく」

 授業終わりに先生が、クラス全体に向かって死の宣告をする。

 少なくとも僕にとってはそう。

 チラッと紫苑の方を見ると、こっちを見てニヤニヤしていた。

 ➝キャッチボール

 着替えるときにメッセージを見ると、それだけ来ていた。

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