今この瞬間を、君と残して

 高校2年生の文化祭の終わりが近づいていた。

 僕達はどうにかこうにか二人になれる場所を探して、結局あの空き教室にいた。

「私との文化祭、どうだった?」

 思い返してみる。

 ミスコンの去っていく紫苑と背中に抱きついてきた紫苑の胸の感触が頭を支配した。

「すごく、楽しかった」

 僕は真顔でそう答えた。

「そ、そう。なんか、そんな真剣に言われると、聞いた私も変な感じする」

「紫苑こそ、どうだった?」

「そりゃもう、私はずっと瀬戸君と一緒にいれて、楽しかったよ」

 純粋な笑顔でそう言われて、僕も照れた。

「紫苑は可愛いな」

 そう言うと、紫苑の顔がみるみる赤くなり、口元もユルユルになる。

「急に言われると照れるし!でももう一回言って」

「もう当分言わないよ」

 そう言うと横からぶつかってきた。

「まぁでも、死ぬまでにいっぱい聞けるだろうから、今は我慢してあげる」

「そうな」

「聞かせてくれるよね?」

 そう言う紫苑の顔は、いつかのときみたいに不安そうじゃなくて、期待の顔だった。

 あの、放っておいたらいなくなりそうな紫苑の面影は、消えていた。

「聞かせてあげるよ。何度でも」

「なら、今聞かせてよ」

「それは違う」

 何がじゃい!とまた横からぶつかってきた。

 なんだか可笑しくなって二人で笑う。

「もうすぐ片付けが始まって、元に戻って、いつもどおりになるんだね」

「そうな」

「次の楽しみは夏休みか〜」

 気が早い紫苑だった。

「2ヶ月近くあるけどね」

「そんなこと言うなし、ほら、今頭の中に期末テストとかいう日本語が流れてきた」

「紫苑って勉強出来たっけ」

「美少女なのでクラス一位です。なんなら学年も一位です」

 ドヤァという顔。ウザい。

「瀬戸君はどうせ真ん中でしょ?」

 どうせ、というのがなんだか癪。

「そうだよ、真ん中だよ」

「私が手取り足取り教えてあげるよ!」

 そう言うと天井を見てニヤニヤデュフデュフ笑い出す。

 これのどこが美少女だって言うんだ。

「そう言えばミスコンのあの子、紫苑のこと意識しまくってたけど、どうすんの?」

「どうするもこうするも、私からいくことはないよ。名前、知らないし」

 あの高1の子が可哀想だった。

「酷い話だな。宣戦布告したのに、覚えもされないって」

「現実は厳しいってことだよ」

 紫苑が酷いだけな気がするけど。

「私はそんなことより、待ってることがあるの」

「なんだよ」

「この文化祭を、最っ高の思い出にするために、まだやってないことがあります!」

「だから何だよ」

「なんと思う〜?」

 頭を僕の顎にグリグリしてくる。

 髪のいい匂いがした。

「わかんないよ」

「言わさないでよね、えっち」

「なっ」

「あはははは!冗談だって!学校で出来ることだよ!」

 いよいよ検討がつかなかった。

 思い当たる節がない。

「それは思いついたらでいいよ!とりあえず、片付け行こっか!」

 紫苑と一緒に立ち上がる。

 クラスに戻るとほぼ全員集まっていたから、僕達もしれっとそこに混じった。


「打ち上げ行く人〜〜〜〜!!!」

「ウィーーーーーー!!!」

 怖すぎワロタ。

 全然ノリについていけない。

 南さんと、片付けられた教室の隅に座っていた。

「えっと、瀬戸君は文化祭楽しかった?」

「楽しかったよ。南さんこそ、須藤とどうだった?」

 そう言うと何かを思い出して、照れたような顔をする。

「楽しかった、です。白川さんも楽しそうでしたか?」

「多分、楽しんでたと思うよ」

 体育会系の中心で一番ノリノリの紫苑を見る。

 最近、実は紫苑もああしてるのなんだかんだ楽しいんじゃないかと思ってきた。

 死んだ目で合わせてるときが7割だけど。

「瀬戸君は白川さんのこと、どう思ってるんですか?」

 僕はちょっとビックリした。

 紫苑が付き合ってるとまで言ってると思ってて。

 意外と約束は、というより僕の言うことは守ってくれてるんだなと思う。

 話を聞いていれば、の話だけど。

「白川のことはそりゃ、いい人だと思ってるよ」

 そう言うと南さんはなんだか決意したような顔をした。

「その、瀬戸君は知らないかもしれないけど、白川さんは、瀬戸君のことがその、す、好きです。だからちゃんと、見てあげてください」

 僕から説明するのも変だなと思って、黙っていることにした。

 僕が付き合ってると南さんに言ったら、紫苑はもう皆に言ってもいいと勝手に判断して言いふらしかねないし。

「心配しなくても、僕はちゃんと白川のこと見てるよ。だから南さんも白川のこと見といてあげてくれよ」

 そう言うと安心したようにニコッとした。

「瀬戸君と南さんも打ち上げいく〜?」

「拙者も行きたいでござる!」

 何か変なのが割り込んできた。

「は?」

 紫苑のその一言で変なのは消えた。

「僕はどっちでもいいかな。南さんは?」

「私もどっちでもいいです」

「じゃあ両方参加ね!打ち上げどこ行く〜?」

 元気な紫苑を見て、疲れていたのが少し回復する。

 あれが僕の彼女なんだな、なんて今ふと、再認識する。

 明るくて奇策で才色兼備、文武両道の完璧美少女。のフリをしてる。

 ホントは、哀れな哀れな、至って普通の女の子。

 無理をしてるのが哀れで哀れで可愛くて可愛くて。

 抱きしめたい。

 僕と紫苑が、本当に心まで繋がれるほど、強く抱きしめたかった。


「では、2-2の文化祭、無事終了ということで、かんぱーい!!」

「かんぱーい!!」

 駅前のブュッフェで、大盛り上がりで始まった。

 僕は普段外食なんてしないから、慣れずにどうしていいかわからず、携帯のホーム画面をひたすらスライドさせていた。

「瀬戸君も何か取りに行く?」

 横にいた紫苑が誘ってくれて、ようやく動く。

「瀬戸お前いいよな〜〜〜、今回のお化け役で白川と超仲良くなってんじゃねぇか」

「お前白川狙ってんのか!?」

 お?お?お?という謎のノリが始まった。

 地獄!

 生き地獄!

 なんて答えていいかわからない。

「はいはい!瀬戸君困ってるでしょ〜?」

 紫苑が割って入ってくれた。

 誰だよ、紫苑のこと鬼とか悪魔とか言ったやつ。

 超可愛い親切な天使じゃねぇか!

「私が好きに盛り付けてい?」

「いいよ」

 そう言うとニヤニヤしながらお皿を取り、大量に野菜やら肉やらを盛り付ける。

「なんかこれ楽しいね」

「何がだよ」

 そう言うと、キョロキョロと周りを確認したのち、僕の耳に紫苑が囁いた。

「夫婦になったみたいじゃん」

 僕も思わず目をそらす。

 流石に照れた。

 紫苑も笑っているけど、照れてるみたいで顔が赤い。

「いつかなるんじゃない?」

 ぼそっとそう言うと、紫苑が「はっ、はっ」と大袈裟に息をしはじめる。

 この美少女、恋愛に耐性なさすぎる。

「毎日幸せだといいね」

 周りに聞こえないよう、ヒソヒソ声だけど、僕達には多分、空間を埋め尽くすぐらい大きな声に聞こえている。僕は実際、そう。

「ほら、盛り付け終わったし、ちょっと待っててよ!私のもするから!」

 そう言って紫苑はひたすらオムライスを取った。

 僕には色々取るのに、自分は一つのものしか食べないんだな。

 なんか、これって性格出るよね。


 皆(体育会系)で盛り上がった打ち上げは約2時間で終了し、バラバラに帰った。

 僕達方面の人は意外と多く、二人で帰らないことに紫苑は不満そうにしていた。

 2ヶ月間は何もないか、と僕は少し安堵する。

 平凡が一番。

 平和が一番。

 あれ?

 紫苑がなんか「平和は戦って勝ち取るんだ〜」とか言ってなかったっけ。

 なんのことだか忘れた。

 多分、文化祭のことだと信じよう。

 やっと掴んだ、紫苑との平和。

 明日から、ゆっくり過ごそう。

 電車の中で僕は、そう思って意識を閉じた。

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