二人の文化祭

「ミスコンあるらしいけど、紫苑出るの?」

 3年生の出店で買ったポップコーンを食べている紫苑に聞いてみた。

「出ないよ、去年は出たいと思ってたけど、今年はもういいかな」

「なんで?」

 んー、と悩む紫苑。

「チヤホヤされたかったから出ようと思ってたんだけどね、別にもう瀬戸君いるし今年は必要ないと思って」

 理由に僕が絡んでいて、ちょっと照れた。

「それなら出なくていいな」

「でしょ!でも結果は気になるから後で見に行こうよ」

 結局、後で見に行くことになった。

 いつの間にか全部食べたポップコーンをゴミ箱に捨て、紫苑がフラフラと一人で歩いていった。

 どこまでもマイペースな奴。


「軽音部のライブって、知らない曲なのに行きたくなるのなんでなんだろ」

 二人で、後ろの方で立って見ていた。

 そこそこ広い教室で、特段盛り上がっているわけでもなく、冷めてるわけでもないライブを見る。

「店まわりすぎて疲れた足を休めるにはちょうどいいからとか?」

「でも結果論、立ってるじゃん」

「確かに」

 次の曲まで聞いて、教室を出た。

「私達もなんか歌っとく?」

「何歌うんだよ」

「私と瀬戸君の人生について?」

「それ誰が聞くんだよ!」

「8割ぐらいハモりそうだから歌ってる私達は気持ちいいよ」

 上手いこと言うなよ。

「またカラオケでも行こうな」

「私達二人でさ、これからも人生とかいう歌、作っていこうよ」

 人の声が空間を埋め尽くすなかで、紫苑の声だけが、僕の中で鮮明に聞こえる。

「照れること言うなよ」

 そう言うと、シシシと笑った。

 相変わらず、愛が重い。


「シフト、自分で入れたけどだるいね。また拙者野郎に任せよっか」

 誰もいない静かな教室を見つけて、二人で休憩。

 流石に座りたくて、ちょっと遠いところまで空き教室を探して、やっと見つけた。

「僕達二人分やらせるの!?」

「勿論!あ、でもお化け役は楽しいからやらせないよ。受け付けだけやらせる」

 想像するだけで可哀想。

 そいつがいったい、何をしでかしたんだ。

「私死んだら瀬戸君の背後霊になりたいな〜」

「なんで?」

「だって、ずっと背中に乗っかれるんでしょ!最高じゃん!」

 僕の背中に乗っかる自分を想像してデレていた。

 口元がユルユルになってるのがその証拠。

「乗ってもいいけど、僕力ないから多分立てないよ」

 そう言うと紫苑はおもむろに立ち上がって、僕の後ろで動きを止める。

「何?」

 僕がそう言うと、黙って僕の背中に抱きついた。

「なんでもない。ただこうして、瀬戸君を感じたいだけ」

「なんだ、おんぶしてみろって言うのかと思った」

「やってみてよ」

 立ち上がろうとするけど、紫苑が重くて無理だった。

 華奢なのに。

 人間って重すぎるだろ。

「私の魂、感じられる?」

「紫苑の肉体なら感じられるけど、魂は軽すぎて無理だな」

「私いつか、自分の魂が存在してるって、確認してみたいんだ」

「そうな」

 僕達の間に沈黙が流れる。

 そっと後ろを見ると、気持ちよさそうに紫苑が目を閉じていた。

「このまま君に溶け込んで、一緒になれないかな」

「なれたらいいのにな」

「気持ちいいね、これ」

 僕は背中にあたる柔らかいモノの方が、気持ち良かった。

「紫苑、そろそろシフトじゃない?」

「んーん、まだ、こうしていたい」

 会話が噛み合わない。

「皆困るから行こうよ」

「あんな有象無象なんてほっといて、困らせればいいよ。私は美少女だからきっと、皆許してくれる」

 可愛ければ何してもいいと思ってそう。

 と思ったけど、紫苑は僕の背中を離れて伸びをした。

「冗談はさておき、そろそろ行こっか。いくら私でもやっていいことと駄目なことがあるしね」

 半分本気な気がするけど、そこには触れないことにした。

 事実、何してもいいと思ってそうだし。

「次、私が追いかける側やっていい?」

「駄目だよ!さっきでわかったじゃないか!紫苑じゃ誰も驚かないって!」

 教室を後にして廊下を歩く。

 誰もいない廊下はとても新鮮だった。

 ホントに世界が僕達二人きりになったみたいで。

 夢のようで。

 僕もずっとここにいたかったけど、仕方なく現実に戻った。


「瀬戸、一回だけ役変わってくんね?」

 紫苑が仮装している傍ら、クラスの男子(確かサッカー部)が小声で僕に頼んできた。

「僕に言われても困るよ。これ決めてるの、白川だから」

「白川に言っても絶対駄目って言うし」

 逆に僕ならいいって言うと思ってるのかよ。

 いざとなれば強引にとかも思ってそう。

「白川が駄目って言うなら駄目だろ。そもそも、僕はそっちの役割わかんないし」

「ただ隠れて出るだけでいいからよ〜」

「それとも白川に話でもあんの?」

「そういうこと」

 そう言うと、ニヤニヤして期待してそうな顔をするから逆にイラだった。

「ならせめてシフト終わったあとにしろよ!そもそも仕事中に話すなよ」

「いいじゃねぇかちょっとぐらい」

「だからそれを決めるのは白川だって」

 僕達が揉めていると、紫苑が入ってきた。

「瀬戸君〜そろそろ行くよ〜」

「なあ白川、俺が行っちゃだめかな?」

 そう言われて紫苑は真顔で、その男子の方をじっと見る。

 威圧するようでもなく、ただ、じっと。

「君さ、文化祭皆で成功させようって気、ある?」

 よく言うよ。さっきサボろうとした癖に。

「いや、あるけど……」

 控室の空気が一気に凍りつく。

 この気まずい状況に周りも気づいて、同じく交代を待っていた人達が紫苑を見る。

「なら勝手なことしないで。これは私が誰がどこに適任か選んで決めてるから。君には君の適役があるの」

 多分名前も覚えていないであろう男子に「まるで私はあなたの適性をちゃんとわかってます」みたいな顔をする。

 この男子が気の毒に思えた。

「なら白川、せめてこの後俺と文化祭まわってくれないか?」

 そう言われた紫苑は一気に目の色が変わって、相手を殺すような、冷えきった目をした。

「そんな私情で皆の文化祭をぶち壊そうとした人間と私が、一緒に?」

「話だけでもいいから」

「結果は見えてると思うけど、いいよ。聞くだけ聞いてあげる」

 そう言って紫苑は持ち場に行った。

 空気は最悪。

「木村やりやがったな」

「そりゃ白川もキレるって」

 あの男子は木村と言うらしい。

「怒った白川怖えー」

「でも白川さん、優しいよね。自分だけのためじゃなくて、私達のこと考えて怒ってくれるなんて」

 いや、多分機嫌が悪くなっただけで皆のことなんて考えてないです……。

「白川カッコいいし怒ってても可愛いんだよなぁ」

 狂信者もいた。


 そんな人たちを横目にそそくさと僕も持ち場に行く。

 すると、いつもと変わらない紫苑がいた。

「ねね、私、カッコよかった?」

 小声で興奮するように、話しかけてきた。

「皆ビックリしてたよ」

「あれぐらいで丁度いいんだよ。皆で文化祭楽しみたいのは事実だしね!」

 なんだかんだ体育会系の紫苑はやっぱり、イベントは皆で!みたいな考えだった。

「可哀想だから木っ端微塵に振るのはやめてやってくれよ」

「うーん、考えとく。それよりほら!来たよ!」

 そう言って喜んで飛び出すも、今回も驚いてもらえなくて紫苑はしょげていた。

 今度何かの機会に僕を驚かせようとしてきたら思いっきり驚いてあげようと思う。


 そしてシフト後、緊張したような顔で紫苑と共に出かけた木村君は、予想通り死んだような目になって帰ってきた。

 何故だがあの場でキレた紫苑は英雄扱い。

 サッカー部も、誰も木村君の擁護はしていなかった。

 その傍ら、皆にもてはやされた紫苑は「ピース!」とか言っていた。

 哀れなり、木村君。

 そんなことを思いながら僕は、紫苑を離れたところから見守る。

 須藤と南さんにも状況を説明してあげながら。

 こうして1日目は終了した。

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