文化祭の地獄は彼女から
文化祭と聞けば面白い、楽しい、心躍るようなイベントを想像するだろう。
去年ぼっちだった僕、一人でまわっていても楽しかった。
今年は、紫苑がいる。
天国となるか地獄となるか。どちらにもなり得た。
彼女持ちで文化祭が地獄になり得る可能性がある奴なんて僕くらいだろう。
文化祭当日の朝。2日あるうちの今日は1日目。自分の悲運を妬んでいる僕の目の前で、美味しそうに食パンを食べてるこの女神とか言われているただの変人と、学校に向かった。
「私、文化祭超楽しみなんだけど」
顔を赤らめて言うのが可愛かった。
「僕も、楽しみだよ」
「今日は一緒にまわろうね!絶対!一緒だと絶対楽しいから!」
今日は一緒にまわろうね?
「一緒にまわる?」
紫苑がどういう意味かわからない、みたいな顔をする。
「当たり前じゃん、私達付き合ってるんだし」
「そんなことしたらバレるだろ!」
「いいじゃんもう!なんか言ってくる輩は私がなんとかするから!」
「駄目だよ!紫苑が危ないかもしれないだろ!」
ドキッとしたように顔を赤に染める。
「別に私がどうなろうが、いいんだよ。死んでもいいし。それでも、瀬戸君がいつまでも有象無象共に下に見られるのは、許せない」
紫苑は、僕がミジンコ以下の扱いをされるのが嫌なのだろう。
つまりそれは、僕を思っての行動。
紫苑が僕を思ってくれてるだけに、断りづらかった。
「駄目だ。紫苑が危険に晒されるのは僕としても不本意だし、危ないことはさせない。僕達は二人でいないといけないから」
そう言うと照れたようにして、僕より前に出て背中を向ける。
「なら私にちゃんとついてきてよ!いつまでもずっと舐められたままじゃ私、嫌だから」
「わかってるよ」
「わかってないでしょ!」
そうい紫苑の顔は明るかったから安心した。
作り笑いではない。ちゃんとした、笑顔。
「二人でいっちゃ駄目なんでしょ?」
「そうだよ」
「名案、思いついた」
そう言ってニヤッと笑い、駅に入っていった。
「と、言うわけでひなちゃんと須藤君で〜す!」
高校2回目の文化祭が始まってすぐ、僕はいきなり頭痛に見舞われた。
紫苑のせいで。
「やっぱり白川と瀬戸って」
そういう須藤の口を南さんが塞いだ。
で、後ろで何か話し合い、こっちを向き直した。
「よし瀬戸、俺たちがいれば大丈夫だ!さぁ行こう!」
何も大丈夫じゃない!
叫びたいけど我慢する。
もどかしくてあたりのものを破壊したい!
「ていうか、シフトは大丈夫なの?」
僕が疑問に思って聞く。
紫苑が教えてくれるとのことなので僕は確認していなかった。
「あ、全部私と一緒だから全然おっけー」
全然おっけーじゃなかった。
二人でまわって二人でシフト。
見られたら一発K.O.
僕の人生もそれでK.O.
それでも紫苑の気持ちをないがしろにするわけには行かない。
悩んだ末、結局一緒にまわることにした。
「わかった、行くよ」
「そらきた!早速他のクラスのお化け屋敷へ、Let's go!!」
今までに見たことのないホンモノの陽のオーラを醸し出して張り切る紫苑が、先頭を進んでいった。
僕達の高校の文化祭は2年生が教室、3年生が教室+出店。
出店と言っても体育館だけど。
ちなみに3年生は、希望すれば最大2つ。
教室+体育館の出店という形を取ることが出来る。
1クラス2教室を使うことができ、1〜3組は教室、4〜6組は体育館で店を出していた。
2組の僕達は2教室使い、片方で事務+休憩所+景品コーナー(お化け屋敷内にある何かを見つければ、見つけた数に応じて景品を貰えるらしい)で、もう片方でお化け屋敷。
ちなみに去年、つまり1年生は店を出すことが許されておらず、ひたすら遊ぶだけだった。
一気に一緒に入れるのはお二人様までです。
3年生のお化け屋敷に着いて、中に入ろうとするとそう、止められた。
「俺はひなと行くわ」
「じゃあ私は瀬戸君とだね!」
もう何も言えることはない。
バレないように祈るだけ。
「瀬戸君も余計なことしないで、楽しんだほうがいいよ」
南さんが僕に言う。
紫苑と比べて全くパワーが足りていないが故、僕にはミリも届かなかった。
「見られたら見られたとき!私と一緒にいるこの一瞬を楽しもうよ!今しかないんだよ!?私達の高校2年生の文化祭は!」
「あ、瀬戸。ちなみにだけど白川が、誘ってきた男子ことごとく断った挙げ句、誰と回るか聞かれてお前の名前出してるからもう詰んでるぞ」
僕は諦めて楽しむことにした。
手のひらクルクル返しは大得意!
ドリルのように回る!
僕のテンションも上がってきた!
なんてことはなかった。
「わかった諦めるよ。バレたら一緒に言い訳考えような」
そう言うと、須藤と南さんが呼ばれてお化け屋敷に入っていった。
「なんだか緊張するね!」
「紫苑はお化け屋敷とか入らないの?」
「入らないよ!私、怖いの苦手だし!」
怖いもの無しのイメージだったから意外。
「手、繋いで?」
「入ったらいいよ」
次のお二方どうぞ〜。
呼ばれて気の進まないまま入った。
「暗いね」
「明るかったら何も怖くないもんな」
冷静に言い返した。
「雰囲気作り下手か!私がせっかく作ってるのに!も〜、ノリ悪いな〜」
小声で叫ぶ紫苑。
そう言いながらも紫苑が僕の手を握るから、僕も握り返す。
「僕達、見られたら確実にバレるね」
「暗くて誰だかわかんないよ、きっと」
なんだか背徳感あるね、と紫苑が笑う。
手を繋いでいたのを離し、腕を組んだ。
肩を寄せて、肌で紫苑を感じる。
「ギャー!」
横から出てきた幽霊(?)に紫苑が驚いて叫ぶ。
僕は紫苑の声にビックリした。
「耳元で叫ぶなよ!」
「ビックリしたんだよホントに!」
「僕の耳がキンキンいってるけど!」
「私はビックリしすぎて頭がキンキンいってるよ!」
「うわほら!また来た!」
僕の近くから出てきたのに紫苑が叫ぶ。
「うわ!」
「ほら!瀬戸君こそビビってんじゃん!」
「紫苑が一番ビビってるだろ!」
「私は平気だし?」
「さっきまで叫んでたくせに!」
「あっ」
「何?」
「なんか、恥ずかしいこと思い出した」
「何思い出したの?」
「あっ」
「だから何だよ」
みるみる顔色の変わっていく紫苑。
「後ろ後ろ後ろ!」
さっき倒れてたはずの幽霊が追っかけてきていた。
「瀬戸君ヤバいって!逃げよ逃げよ!!」
二人で笑いながら逃げる。
それがなんだか楽しくて、思いっきり走る。その代償に外に出てから、二人で大袈裟に息継ぎをする羽目になった。
「結構、疲れるね」
「僕達、帰宅部だからね」
「私、運動出来るはずなのに、なんでだろ」
「運動出来るのと体力あるのは別だろ」
そうだわ〜、私、頭回ってないや〜と、膝に手をつく紫苑。
暑くなって汗が出そうだった。
「なんか喉乾いたな」
「なんか奢ってよ」
「そうな」
二人でジュースを買いに行った。
「なんか忘れてるような気がする」
「何忘れたの?瀬戸君にしては珍しいじゃん」
大事なことだった気がする。
でも、何だか思い出せない。
こう、なんとなく、大事だった気がするんだけど……。
「次、どこ行く?」
紫苑が炭酸を爽やかに飲みながら、僕に聞いてきた。
見栄えだけはホントに運動部。
「シフトは何時?」
「あと30分ぐらい」
「じゃあ何やってるかだけ見て回ろうぜ」
「いいねそれ」
僕達はあれがいいこれがいいと、二人で歩き回った。
去年以上に楽しくて、まるで天国だった。
地獄になりそうと少しでも思った僕は多分、気が狂ってる。
なんで地獄になると思ったんだっけ。
バレる可能性があるからだ。
あれ?
何かがやっぱりおかしい。
あっ。
大変な事態に、気がついた。
「紫苑、南さんと須藤は?」
「え?」
「おいまさか」
「何の話?」
紫苑が目をそらす。
普段は強い紫苑の目が、今日は僕に負けていた。
確実に、やりやがった。
僕も完全に浮かれていた。
頭が痛い。
一気に地獄。
周りが全部、敵に見えてきた。
あぁぁぁ、鬱病になりそう。
「そんなことはいいから、そろそろシフト行こ!」
いつもは天使のような笑顔に見えるのに、今日は鬼か悪魔のように見えた。
それでも、文化祭が楽しいのは事実で。
僕も幸せで、紫苑も幸せなのも事実で。
見られなければいっか、という短絡的な結論に至った僕を、僕自身で呪って、シフトに向かった。
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