僕の主戦場〜クラス内の南北問題〜

 南北問題とは、発展途上国と先進国の間に起こる問題のことである。

 僕のクラスでは、いや、どこでもあるのかもしれないけど、それが起きている。

 一部のキャラの濃いオタク達と、明るい体育会系の人間たち。

 普段はお互い干渉しあっていないのに、この期間、つまり文化祭前だけはぶつかり合っていた。

「絶対にメイド喫茶でござるよ!南殿もそちらがいいと思われますよね!?」

「絶対お化け屋敷か飲食店!白川もそう思うよな!」

 荒れる荒れる。

 ちなみにオタク側が圧倒的に弱い。

 でも、クラス担任の鶴の一声「皆が納得のいく」という言葉でギリギリ人権を得ていた。

「私別にどっちでもいいかも〜」

 紫苑は興味なさそうに携帯を見ていた。

「私は何でもいいですよ」

 南さんが一番可哀想だった。

 哀れでかわ……。

 紫苑に見られているのに気づいて、神妙な面持ちをしておいた。

 2つ合わせて冥土喫茶でよくない?

 なんて言ったら殺されるんだろうな、僕。

「そもそも私思うんだけど、君達で戦ったところで黙って聞いてる人の意見わかんないじゃん。とりあえず皆に聞いてみようよ!」

 紫苑の鶴をも超える一声、つまり神の一声で僕達、雑兵にも意見が聞かれ始めた。

「僕はなんでもいいよ」

 当然、雑兵達は特に意見を出すことはなく、強いて言うなら女子が飲食系の名前を出したぐらい。

「なら多数決しよう!」

 紫苑が教卓に立ち、多数決を取り始める。

「はーい!全員伏せてね〜?伏せてない人は私からのアイアンクロー+コブラ締めですからね〜」

 男子達は喜んで顔をあげている。

「早く伏せろし」

 冷たい一言で全員伏せた。

「飲食店がいい人〜」

「メイド喫茶がいい人〜」

 どっちでも良すぎて手を挙げなかった。

「え〜、手を挙げなかった人がいるのでもう一回とります!ちゃんと挙げてくださいね!」

 見られてるの、忘れてた。

「飲食店がいい人〜」

 とりあえず手を挙げた。

「はい!皆顔上げていいよ〜!約100:0で飲食店でした〜!」

 嫌な予感しかしなかった。

 人数関係無しに最初から僕の手を挙げた方にするつもりだったんだろう。

 その証拠に数えている数字なんか書いてる様子はなかった。

「で、飲食店って具体的に何するのさ。発案者さん、責任、とってよね?」

 キュル〜ンと言わんばかりの上目遣いの一人芸。

 正直ちょっとキモいのに必死で見てる男子数名。ここに刀があればぶった斬っていた。

「それ考えてなかったわ。それも考えようぜ」

「てか、メイド喫茶も飲食店なんだし、合体して良くない?」

 で、0に戻る。

 もうお化け屋敷で良くない?

 そして授業が終わった。ラウンド終了の歓喜のゴング。

 何一つ、決まってないけど。


「もう面倒くさいのでお化け屋敷にしますね〜」

 次の時間、神:紫苑の一声で決定。

 そして驚くほど迅速に準備が始まった。

 なんだよ、なら最初から紫苑がやりたいやつを言えば良かったのに。

「ねね、瀬戸君はお化けかスタッフ、どっちやりたい?」

 一人一人の役割決め。作業の裏でリーダー役数名が全員に回っていた。

 その中僕に、紫苑が嬉々として聞いてくる。

 どう見ても、僕と話したくて仕方なかった顔。

 嬉しいけど、恥ずかしかった。

「どっちでもいいよ」

「ならお化けで登録するね!」

 ニコニコで次のところに行く。

 多分紫苑もお化け側なんだろうな〜、と思う。

 そして、紫苑が自分にもそんな風に優しく、暖かい笑顔で聞いてくれると期待していた男子が、目を輝かせて待っていた。

「お化けとスタッフ、どっちがい?」

 恐ろしい程の作り笑い。

 僕戦慄。

 背後歓喜。

 紫苑虚無。

 それを見てまたもや僕戦慄。

「白川さんはどっちやるんですか!」

 なんで敬語なんだよ。

「私はお化けだよ」

 怖いぞ〜なんてやってる。

「俺もお化けやります!」

「おっけ〜」

 メモして次に行った。

 冷たい。

 なのに、後ろのやつは赤面してる。

 彼が将来、悪い女性に捕まらないかどうか、僕は勝手に不安になった。


「これで全部決まったので、早速準備に取り掛かります!もう男の子達が軽くやってくれてるんだけど、本格的なのは、これからなので!皆でがんばりましょー!」

 ウィィィ!と盛り上がる。

 紫苑がニコニコしながら耳を塞いでるのが何気に面白い。

 その後に「平和は、戦って勝ち取るんだー!」と紫苑が意味のわからないことを言う。

 呆れて外を見ていると、視線を感じた。

 紫苑がこっちを見て「頑張るぞー!」と身振り素振りで伝えてくる。ニコニコで。

 僕は青褪めた。

 可愛いな、なんて浮かんだのはほんの一瞬。

 周りの視線から、攻撃的な僕へのヘイトを読み取る。

 そんなことも知らずにご機嫌なニコニコモードの紫苑。

 僕の平和は、戦って勝ち取れそうもなかった。


「お前、白川の何なの?」

 立て看板を作る役に抜擢(余っていたから押し付けられた)された僕は、須藤と退屈そうに色を塗っていた。

 さっきの出来事が気になるのは必然で、須藤からの追求が激しかった。

「なんでもないよ。つまらなさそうにしてたから絡んできたんじゃない?」

「お前、前も白川と一緒にパフェ食べてたよな」

 ギクッ!

 過呼吸を抑える。

 大丈夫。落ち着け。最悪、須藤にバレても口が固いから頼めば黙っててくれるはず。

「たまたまだよ。だから言ってるじゃないか。僕なんかより他の人の方がよっぽど白川と関わってるって」

「う〜ん、その事実はそうなんだけどさ、なんか、な。お前だけ特別感を感じるっていうか」

 鋭いのが癪。

 気づくなし。

 紫苑の口調が何気に僕にうつってて、一瞬ビックリする。

「そんなことないだろ。それに根拠がない」

「二人で何話してるの?」

 紫苑が乱入してきた。

 ナイスタイミング!

 紫苑もたまにはやる!

 これで須藤が話しにくくなる!

「白川って瀬戸に対してなんか扱い特別じゃね?」

 須藤は気まずさなんて全く気にしていなかった。

 そのまま話を振られるなら、感情が顔に出やすい紫苑じゃだめだ。

 バットタイミング!

 何やってんだよ紫苑!元いた場所に帰りやがれ!

 僕の手のひらはドリルみたいにクルクルしていた。

「そんなことないでしょ〜」

 明らかにデレている。

 こいつやっぱりポンコツだ。

 誰だよ、美少女とか言い出したやつ。

「あるだろ。今だってそんなんだし」

「いや、割とマジで特別扱いしてないからやめてくれる?」

 紫苑が急にマジトーンになって答えた。

 どうやったらこんなに本気感を出せるのだろう。

 あ、そのあたりが「美少女」なのか。

 でも残念ながら目が泳いでいる。

 ほぼ詰みの状況。

 なのにまだ誤魔化せると思っている。

 哀れだな〜。

 僕も惚気ける。

「わかったよ。そこまで言うならそう思っとくわ。それはそうとして、白川ここに何しに来たんだ?」

 ちょろい須藤。

 でもそれは聞くな須藤。

 やめろ、その言葉は紫苑に"効く"。

「え、いや〜、私もこれの担当っていうか〜」

「なんでそんなにどもるんだよ。それより早く作業手伝ってくれ」

 ナイスフォロー僕!

 きっちり話を切り替えて、紫苑にも作業を手伝わせる。怪しんでる目で見てくる須藤は完全に無視して。

 もしかして僕って美男子!?

 そんなことを少しでも思った僕を窓の外に投げ出したかった。


 その後も紫苑と須藤が話してたけど、僕は黙って作業を続けた。

 前より照れたりデレたりするようになった紫苑を、どうにか制さなければならない。

 それしか頭になかった。

 僕にとっては軽い戦争だった。

 平和は、戦って勝ち取るんだ。

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