いつかもう一度

 4日目は特に何もなく、お土産を買ったりして終わった。

 特にあったならずっと手を繋いでて、お互い手汗がビショビショになったことぐらい。

「いいじゃん、美少女の汗は蜜の味らしいよ」

「汗は汗だよ」

 そんな冗談を言いながら、観光していた。

 お寺巡りとか、清水寺とか。

「ね、ここから急に飛び降りたら、皆ビックリするかな?」

「ビックリどころか、飛び降りる本人より悲鳴が飛び交って、即SNS行き」

「なるほど、それは生き地獄だね。なら飛び込もうか」

 縁起でもないことを言っていた。


「滝行ってないの?」

「ああいうのって、予約いるでしょ」

「私やってみたかったな」

「駄目だよ、それなら着替え持ってこないと」

「はは〜ん、見られたくないんだ。他の男に。私の肌着」

「当たり前だろ」

 そう言うと顔を赤くした。

「瀬戸君、照れなくていいんだよ?」

 照れ隠しに僕のせいにしてくる。

 哀れで可愛い。

 もう誤魔化しきれないのに。


「本場の宇治抹茶は美味しいね」

「茶って中国原産だけどね」

「そういうこというからモテないの自覚したほうがいいよ」


「プリクラ撮ろうよ」

「宇宙人製造機がなんだって?」

「ごめん、なんでもない」


「Hey Guys!」

 公園で思いっきり叫ぶ紫苑。

 死ぬほど見られた。

「紫苑。その出だしはまずい」

「何がさ」

「なんでもない」

 そのあたりは本当に美少女で、純粋なんだな、と思った。


「太宰治が行った喫茶店だよ、ここ」

「ナポリタン食べたいな」

 お昼に来ていた。

 紫苑は謎の知識が多くて、ちょっと有名だけどマイナーなところが好きらしい。

「それがいいよ。私はナポリタンとブラックコーヒーにする」

「無理しなくていいよ」

「私飲めるもん。舐めんなし」

 案の定、飲めなかった。


「京都、結構遊んだね」

 帰り道、電車の中で眠そうに紫苑が呟いた。

「もう5年は来なくていい」

「また来ようよ」

「いつ?」

「いつか。また、二人で」

 紫苑が薄く笑う。

「年内じゃなければいいよ」

「そうだね、10年後とか?」

「えらく未来見据えてるな」

 紫苑にしては珍しかった。

 未来なんて今を生きるので精一杯で見えないって、言ってたのに。

「なんだか、余裕出てきたんだよね」

「それなら良かったな」


 僕達は家に帰って疲れ切り、倒れるようにソファーで寝た。

 お互いが寝てる間にお風呂に入り、気づくと朝だった。

「それじゃ、帰ろっか」

 紫苑が寂しそうに言った。

 そういえば、帰れば紫苑は、また、一人なんだった。

「帰りのハグでもしとくか?」

 照れたように言うと、紫苑の顔がキラキラしだした。まるでそう、金鉱を見つけたときかのよう。

「する!」

 玄関の前で少しの間、いや、この場合体感より長くかもしれない時間、抱き合った。そしてお互い、どちらからともなく離れた。

「まだ帰り道もあるし、明日学校でも会えるよ」

 また抱きつこうとする紫苑を制する。

「へへへ、大好きだよ」

 そう言ってまた両手を広げて僕に飛びついてきた。

 まるで話を、聞いてくれていなかった。


 僕達は帰りの新幹線のために駅弁を買った。

 紫苑が何やら悩んでいたので、両方買ってお互い食べたいのを分け合うことにした。

「あ、分け合うって聞いて、あ〜んしてもらえるとか思ったでしょ」

「思ってないしされたくないよ。新幹線の中とかありえないぐらい恥ずかしい」

「私思ったんだけど、瀬戸君ってバカップルになりたくないだけで意外と私とスキンシップしたかったりする?」

「そりゃ、まぁ、紫苑可愛いから……」

 そう言うと今日一番ニヤニヤして、抱きつこうとしてきたからまた制した。

「な〜んだ瀬戸君、私、瀬戸君が望むならど〜んなところだって見せるし触らせてあげるのに」

「それが嫌なんだよ!僕が紫苑を操作してるみたいじゃないか!」

 そんなことしたら、紫苑の「哀れさ」が消えるだろ!

「え〜、皆私と死ぬほど付き合いたい上に死ぬほど私の身体触りたいだろうに、それを好き放題出来るんだよ?」

「それはありがたい申し出だけど、また今度ね」

 別に僕だって触りたくないわけじゃなかった。

「ちぇ、美少女がこんなこと言ってるのに聞かないとか。チキン!男らしさゼロ!」

「僕は真の男女平等社会を目指してる。男らしさを強いられない社会が理想」

「明日から筋トレしてもらお」

 そうこう言ってる間に新幹線が来て、二人でお弁当を分け合いながら帰った。と言っても、僕のお弁当の6割は紫苑が食べた。

 これだけ食べてなんで紫苑か太らないのか、不思議だった。


「それじゃ、また明日ね!」

「気をつけてな」

 僕達がいつも分かれる道で、いつも通り、なんの違いもなく、分かれた。

 家に帰ると、紫苑がいない違和感を感じて、なんだか物寂しくなった。

 紫苑は一人だから余計に、だろう。

 なんとなく、不安になった。

 紫苑は我儘で傲慢。

 失ったら、取りに行く。

 僕まで連れて行かれそうだな、と思った。それでも、それもいいかな、とも思った。

 そして僕と紫苑は勿論、ゴールデンウィークの課題なんてものは記憶から消していた。

 思い出したけど、思い出していないことにする。

 明日は確定で怒られる。

 あ、そういえば明日は図書委員の仕事もあった。

 日常に帰ってきた気がする。

 昨日までがホントは夢だったんじゃないか、と思うぐらい、日常。

 ➝これ、写真あげる

 紫苑からのメッセージ。

 それと一緒に、途中で撮ってもらった僕達のツーショット写真が送られてきた。

 ➝待ち受けにしていいよ!

 紫苑の方が本気で待ち受けにしそうで、怖い。

 こうして、僕達のゴールデンウィークは終わった。

 まだある日々夢みたいで、でも、この写真は現実で。

 明日から日常に戻るのが嫌だった。

 一生、僕は紫苑と夢の中で、生きたかった。

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