僕と君と、夜と静けさと
誰かが言っていた。
「5択なら最も選ばれやすいのは4だ」と。
だから僕はそれを信じて、何かが起こるなら4日目、つまり宿泊最終日だと思っていた。
「ね、今日、さ、一緒に寝ない?」
暴走を始めた紫苑は止まることを知らなかった。
泊まるだけに、とか思ってる暇もない。
断ればいいものを僕は了承してしまった。
そこで僕達は、紫苑の部屋で、狭いベッドで一緒に寝ることになった。
「やっぱり狭いから僕、ソファーで寝るよ」
「だ〜め、今日は一緒に寝たい」
抱き締められて、動けない。
「僕がお風呂入ってる間に、なんかあったの?」
そう言うと紫苑は笑顔で黙って目を瞑り、僕の額に自分の額をくっつけていた。
「なんだか、さ」
「うん」
「この3日間、ずっと一緒にいたじゃん」
「そうな」
正確には、僕達は一緒にお風呂に入ったりしていないから、今日だけではない。
それでも、今まではお互いが寝てる間だったからそう感じてもおかしくは無い。
「だから急に、瀬戸君が消えたみたいで、寂しくなった」
「お風呂から音してたでしょ」
「そうじゃないの。私から、瀬戸君が消えたみたいで。世界が隔絶されたみたいで、嫌だったんだ。だって、死んだみたいじゃん。私の耳や脳には感知出来るけど、視認出来ないから」
今まで内面を見て生きてきた紫苑に、視覚情報の話が出てきて驚いた。
「私、普段家で一人だから一人なんて寂しくないはずなのに。3日間も、大好きな人と、一緒に居て、寂しいのがわかっちゃった。もしかしたら、今までも寂しくて目をつむってきただけかもしれないけどね」
僕には何も言えることがなくて黙っていた。
すると、紫苑が僕に、足を絡めてきた。
「だからもっと、瀬戸君を感じたくて。ごめんね、普段私、直接的なことより、内面的な、目に見えないことの方が重視してるからこんなことしないんだけど。今日だけは許してほしい。自分でも抑えられなくて」
そう言って腕を僕にまわし、より強く抱きつく。
「いいよ」
「ありがと」
安心したような、そんな顔で目をつむる。
大人しくしていればホントの美少女で、哀れさなんて微塵も感じなかった。
寧ろチヤホヤされて、哀れからは程遠いような、そんな存在なんだろうなと、想像がつくような。
紫苑の髪が僕に当たっていい匂いがする。
僕も紫苑を抱き締めたいけど、そうすると止められなさそうで、紫苑もそれを許しそうで、怖くて出来なかった。
「愛してるよ」
うわ言のように、突然紫苑が呟いた。
「僕もだよ」
そうして紫苑は、眠りについた。
僕の夜は長すぎた。
紫苑の柔らかい身体が、僕と密着する。
見れば見るだけ整っている顔立ち。
こんな人が僕のことを好きだなんて、嘘みたいだった。
「今なら何をしても許される」
という悪魔の囁きを必死で無視し、僕も眠るように努力する。
夜の静けさを壊さぬよう、静かに、そっと、キスをした。
紫苑は起きる気配もなく、変わらず安心したような顔だった。
罪悪感に見舞われて、これ以上何もすることもなく、僕も眠った。
なんだかいつも以上に、僕も眠れる気がした。
紫苑が横にいる安心感で。
「起きてる?起きてる?」
紫苑に呼ばれてる気がして、目が覚めた。
「あ、起きてた」
起こされたんだよ。
あたりを見るとまだ暗かった。
「紫苑、今何時?」
「3時」
いくら彼女でも流石に無視したかった。
「なんだよ、起こしてまで」
「外、散歩しない?」
「しない」
「よし、行こう!」
無理やり外に引っ張り出されて、二人でジャージのまま歩く。僕は眠くて状況がよく理解出来ていなかった。
「どうしたんだよ急に」
「なんか、夢見ちゃって」
「どんな?」
昼間に歩いた近くの公園を、二人で歩く。
昼と雰囲気がまるで違った。
紫苑が足元の石を蹴る。
「私が死んで、その後に瀬戸君が死ぬ夢」
「それは嫌だね」
「うん、瀬戸君が死んじゃうのが嫌だった。本来なら、私が死んだ時点でこの世を認識出来ないはずなのに、流石夢だよね、認識出来ちゃって」
「それで悲しくなったってこと?」
「そう。それで、なんか、寝たら意識が落ちるじゃん。それが軽く死ぬみたいで怖くて。しばらくボーッとしてたんだけど、瀬戸君見てたら生きてるか不安になっちゃった」
だから「起きてる?」なのか。
「大丈夫だよ。死ぬときは、一緒に死のう」
「絶対だからね」
近くを一周して、家に帰ったけど目が覚めたままだったから二人で夜食を食べた。
僕が菓子パンで紫苑がカップラーメン。
「瀬戸君ってバク転出来る?」
「出来ない」
「私は側転出来るよ」
そう言って家の中で側転しはじめた。
「いっくよー!」
「どうぞ〜」
紫苑が横に回る。
「輪廻転生」
「意味分かんない」
「私は今、生まれ変わった」
「生まれ変わっても紫苑は紫苑だったね」
「前世で瀬戸君に会ってきたよ」
「僕は何してた?」
「私が死んでて悲しんでた」
「縁起でもないな」
そんな冗談を言い合って、結局卓球していると気づけば朝だった。
「今日寝たら帰るのか〜」
「また学校で会えるだろ」
「ね、そろそろ皆に私と瀬戸君が付き合ってること、言っていい?」
そんなこと言ったら、殺される。
「駄目だよ。殺される」
「大丈夫だって〜。思ってるより許されるよ、きっと、多分」
許されないだろうな〜、と想像する。
「だめだよ」
「ん〜、なら仕方ない。今日はさ、ずっと手繋いでてくれる?」
「わかったよ」
手を繋いだまま、外に出る。
さっきとは違って眩しい光が、僕達の目を襲う。
二人でもう片方の手で目を隠し、薄く、笑い合った。
僕達にもこんな、明るい未来が待っていればいいのに。
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