3ヶ月、節目のナイトシアター
放課後、意外とバレずに二人で映画館に来た。
南さんに見られてそうだったけど、紫苑が手を振っていたのできっと僕達のことを知っているのだろう。だから実質、誰にもバレていない。
「恋愛映画見ようよ」
紫苑がずっと見たかったらしい恋愛映画のチケットを買った後、紫苑がポップコーンも買っていた。
「ウルトラポップコーンキャラメルで」
出てきたのはあり得ないぐらいデカいポップコーン。高さが25cmあるらしい。紫苑以外に頼んでる人は勿論いなかった。
「ウルトラポップコーンにするとね、一番いいところでちょうどなくなるんだよ」
「それ全部一人で食べるよかよ!?」
「いつもはそうだけど、瀬戸君いるしちょっとわけてあげるよ」
ちょっと、なんだ。
「ポップコーン好きなのは知らなかった」
「映画行ったら食べてるね、絶対」
本人曰く、クソ映画もこれで全然見れたものになるらしい。
紫苑の価値観はだいぶズレてるから、何をクソ映画と言ってるのかはまるでわからないけど。
ちなみに映画とか関係なく、この待ってる時間でもう、食べ始めていた。
「恋愛映画って、人の価値観出てていいよね」
「そうな」
「私、最後死ぬやつじゃないと嫌なんだよね」
「なんで?」
「だって、これからもずっと一緒!って終わり方、現実に近くて嫌じゃない?」
確かに、僕もそういう系しか見ない。紫苑がそれしか見ないからだけど。
「逆に蘇ったら面白そうだな」
「それはそれで面白くないよ。現実味がないから」
どういうことだよ!
「つまり、現実っぽくて現実っぽくないことがいいっていうこと?」
「そうそう!だって、その方が夢があるじゃん!ギリギリ現実に囚われてる方が、楽しいんだよ」
「完全に自由な環境より、ある程度縛られてる上で自由にしたほうが人生楽しいってこと?」
「そうそう。流石私の彼氏だね」
多分、自分のことを理解してくれているという意味の「流石」なんだろうな、と解釈する。
映画が始まって、いけ好かない登場人物が出てくる。病気物で、余命宣告されている系。
それを紫苑は感情の機微もなく、虚無の目でひたすらポップコーンを口の中に放る。
僕も真似してみると、映画よりポップコーンに意識が行った。
そして紫苑の言うとおり、最後のいいところでポップコーンがなくなって集中出来た。
結局その人は死んでしまって、恋人だった男の人が泣く、みたいな。
確かにリアリティーとイマジナリーの間だった。こういう話が無くはないのだろう。
ちなみに紫苑は変わらず虚無の目をしていた。
その射抜くような目で、何を見ていたのか、気になった。
「面白かったね〜〜」
伸びをしながら二人で映画館を後にする。
「夜通しみたい!ナイトシアターみたい!」と駄々をこねる紫苑を引きずり出す苦労もあった。
「紫苑、ポップコーンの方が大変そうだったけどな」
「そうでもないよ?私なりに楽しんでる」
「ちなみに感想は?」
「さっき言った通り面白かったよ。ただ難癖つけるならありきたりだな〜って思った。もうちょっと現実離れしても良かったかな。あ、批判してるわけじゃないからね?」
「わかってるよ」
「せとっちは?」
「僕もだいたい同じ意見。ただ一つ加えるなら本で読みたい」
二人で公園を歩いた。池にいるカメなんかを見ながらのらりくらり歩く。僕達の直ぐ側をカメが泳いで抜かしていった。
「もう3ヶ月だって、私達」
「そうな」
「私と付き合ってみて、どう?」
「付き合うって想像以上に、大変だね」
「私の管理?」
「違う。周り」
あ〜、と悟ってくれる紫苑。
「あれもいつかなんとかしたいね」
紫苑はしでかしそうで怖い。
「バレたらどうなると思う?」
「瀬戸君が殴られる」
「それは嫌だな」
「大丈夫、私が守るから」
その目は本気で、なんだか冷たいものを感じた。
「嫌だよ、それなら紫苑が危ないだろ」
「あんなに慕ってる人達が私に手を出すわけないよ」
「そういうことじゃなくて、別の意味で手を出されるかもしれないだろ」
「それは嫌だね、ちゃんと瀬戸君にとっておきたいし」
僕はちょっと照れたけど、紫苑は真顔だった。
「まあ、なんとかなるでしょ!多分」
紫苑が元気付けてくれるように、笑顔になって声を張る。
「別れさせに来るかもしれないね」
僕がそう言うと、紫苑の動きが止まる。
「それだけは、嫌だな」
「僕も嫌だよ」
「私、瀬戸君と付き合ってるときだけ、生きてるから」
紫苑が何か言いそうだから、待った。
「自分が自分でいられるの、今だけだから。さっきの映画だって、周りが面白いって言ったら面白いって言わなきゃいけない。誰かが可愛いって言ったら可愛いって言わなきゃいけない」
紫苑が溜める。
さっきまで横にいた亀が水中に潜る音まで聞こえるぐらい、僕達の間は静かになった。
「何事も率先しなさい。何事も周りに同調しなさい。何事も楽しみなさい。人の名前は覚えなさい。人に興味を持ちなさい。皆の意見を聞きなさい。人の意見を尊重しなさい。人に優しくしなさい。人生は、楽しいものです。楽しみなさい。これ何?」
投げかけるような、意味のわからない質問。
だいたいこういうとき紫苑は僕に、何かを、試してる。
「それを全部鵜呑みにしたら、自分が消える。僕は全部紫苑の、好きなようにすればいいと思う。だから、気にしなくていいよ」
そう言うと紫苑は悲観的に笑った。
「私の彼氏だね」
「そうな」
「君の前だからこそ、私は私でいられるんだよ?」
「皆の前ではそうはいかない?」
「皆の前じゃ、私は完璧な美少女だから。有象無象に対して、相手をしなきゃいけないの」
紫苑が一歩、僕に近づいてきた。
「だからさ、私と別れるなんて絶対、言わないでね?」
「言わないよ」
「私にとってこれはそう、ナイトシアターだから。終わらない。ずっと続く。永遠に、見てられる。でも、いつか夜が明けて、終わる。私が終わる、私として死ぬその日まで、一緒にいたい」
「僕もだよ」
いつの間にか夕方と夜の境になっていて、僕達のこの世界は、赤黒くなっていた。
紫苑と唇を重ねる。
赤黒い世界に、白と紫が塗られた。
優しくて、暖かくて、柔らかい。
反面、濁った濁流のような感情が、渦巻いていた。
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