美少女≠交渉

 ゴールデンウィーク。

 普段なら家で本を読むか、寝るか、動画を見るかだったのに、今年は他県まで来ていた。


「ゴールデンウィーク、旅行いかない?」

 学校の帰り道、ゴールデンウィーク前日に紫苑から、誘ってきた。前日に、だ。

 行動力の鬼め。

「いつから?」

 恐る恐る聞いてみた。

「明日だけど?」

 やっぱり!

 紫苑が怖い。頼むから誰か制御してほしい。

 誰か!誰かいませんか!

 あ、そうだ、僕しかいないんだった。

「どこに行くか決めてるの?」

「軽井沢に、私の別荘があるんだ」

「急に新情報出してくるね」

「で、親に聞いたら行ってきていいって言われたから行かない?」

 紫苑の親の顔は見たことなかったけど、紫苑に似て大雑把なことは理解出来た。多分、軽く聞いて軽くOK貰ったのだろう。

「いいけど、僕達二人で?」

「勿論だけど?」

「念の為、南さん連れて行かない?」

「は?」

 威圧する紫苑の目が怖すぎてそれ以上言えなかった。

 僕は男だと言うことを忘れられてるんじゃないかと思うと、そっちのほうが怖かった。

「冗談だよ。それ、親に誰と行くって言った?」

「え、別に聞かれてない」

 だろうね。

「他の友達とかからはゴールデンウィーク、何も誘われてないの?」

「何?私と行きたくないの?」

 威圧から打って変わって、心配そうな目で聞いてきた。

 そんな目でこっち見るなよ!

「わかった行くよ!明日何時?」

「あ、行かないって言っても家に凸って連れて行ってたけどね」

 僕に拒否権はなかった。

「じゃあ、時間はまた後で聞くよ。それより、親にする言い訳考えて」

「彼女と4泊5日の旅行行きますじゃ駄目なの?」

「駄目に決まってるだろ!」

 そう言うと、あははははは!と笑うからちょっと腹が立った。

「ごめんごめん、わかったよ。気まずいんだね?」

「そうだよ」

「ならさ、そしたらさ、私が今から直談判してあげるから家まで連れてって」

 言い出したら聞かない紫苑。もう、拒否は不可能。諦めて家に連れて行った。

 本当に、この暴れ馬の手綱を、誰か握ってほしい。

 あ、そうだ、だから僕が握るんだった。


「ただいま」

 ここまで家に帰るのが億劫なことはなかった。どうやら紫苑と実は家は近いらしくて、中学校も隣だった。こんなに可愛いなら噂になってもいいと思うのに聞いたことがないのが、僕の交友関係の薄さを証明する。

「おかえり〜」

 家の中から親の声がする。

 それと洗面所から中学生の妹が出てきた。

「あ、お兄ちゃんおかえり」

 そう言うと、妹が僕の後ろを見て、首からかけていたタオルを落とした。

「え、お兄ちゃん、後ろ、誰か憑いてるよ」

 漢字が間違えてる気がしたけど、多分気の所為だろう。

「おじゃましま〜す!」

 モードチェンジした紫苑が僕より前に出て、靴を脱ぎ始める。

 とりあえずこの、何も貫通しなさそうなメンタルの防弾チョッキはどこで買えるのか、今度聞いてみることにした。

「あの、誰、ですか?」

 そう言う妹を無視してズカズカと中へ入っていく。そして、リビングのドアがわからずに色んなドアを開けていた。

「瀬戸君、リビングどこ?」

「ちょっと待てよ」

「Hurry up,or you will be drove out for me.」

「なんで僕が僕の家から出されなきゃいけないんだよ」

 僕も靴を脱いで、呆然としてる妹を横目にリビングに入る。

「お母さん、ただいま」

「あれ?いつも制服脱いでから来るのにどうしたの?」

「それがお義母さん、大変なんですよ」

 紫苑が会話に割って入ってきた。

 さっきのは訂正しよう。

 防弾チョッキどころではなかった。

 多分これは最早、全身無敵。

「えっと、どちら様?」

 それはそういう反応になる。

 妹もリビングに慌てて入ってきた。

「私、瀬戸君の彼女のアボカドこと、白川紫苑です。胡麻ダレで美味しくいただけます」

 多分、前の本も早速読んだのだろう。お陰で自己紹介が余計に訳のわからないものになった。

「白川紫苑、さん?」

「え!あの、白川紫苑!?」

 妹が驚いている。

「紫苑のこと、知ってんの?」

「有名だよ!超可愛いって噂の!」

「え、そんな有名?」

 紫苑が自分で驚く。

「そうですよ!ホントにホンモノですか?」

 本人確認という虚無の時間を経て、母親と紫苑が何か話している隙に僕は着替えに行った。


「そうそう。その通りだよ、妹君。私はただ可愛いだけじゃなくて、美少女なんで」

 誇らしげに言う紫苑の声が廊下にまで聞こえて、なんだか恥ずかしくなった。そう言ってる紫苑の顔が容易に想像出来るから。

「紫苑、あの話はお母さんにしたの?」

 そう言って入ると、紫苑が「あ」と思い出したように言い、母親に向き直した。

「瀬戸君を旅行に連れてっていいですか?」

 よくよく考えると普通、立場逆の筈なんだろうな、と思った。

「えっと、どこに行くの?」

「私の両親が軽井沢に別荘を持ってるので、そこに」

「でも、今の時期だと軽井沢、まだ寒いんじゃないかしら」

「あ、そっか」

 そう言うと紫苑は少しの間考えて、何かを閃いた。

「私、京都にも別荘あるので、そっちにします」

「えー!?」

「えー!?」

 僕と妹の声が被る。

 それを紫苑が睨む。

 妹を敵対視してどうするんだよ。

「それは紫苑ちゃんのご両親は許してくれたの?」

「はい。二つ返事で」

 紫苑はニコニコしながらいつもどおり受け答えしてるつもりなんだろうけど、ワクワクが漏れ出ていた。

「私としては宗次郎が良ければそれでいいんだけど……」

「僕は行きたいよ」

「なら決まりで!」

 紫苑がそう言って立ち上がった。それを僕は座らせる。

「学生二人で大丈夫かしら」

「私天才なんで基本大丈夫ですよ、それに瀬戸君がいてくれるので」

 どこからその自信が湧いてくるのか知りたかった。

「寧ろ私としては"そっち"が心配で」

「そこは気にすることないですよ」

「なら、いいんだけど……」

「あの、私から、いいですか?」

 黙っていた妹が恐る恐る手を上げてまで発言する。

「どしたし?」

「そもそもホントに、あの白川先輩がお兄ちゃんと付き合ってるんですか?」

 僕が明るい人達に遊ばれてるだけなんじゃないかと、心配してくれてるのだと思う。

「証明してあげようか?」

 そう言うと紫苑は立ち上がり、僕に近づいてきた。

「いや、ちょ、ここでは違うでしょ!」

「これで証明完でいい?」

「あ」

 途端に自分でミスに気づく。僕の反応が悪かったせいで、キスをした経験があるとバレた。

 あながち本当に天才かもしれない。

 手が震えていたのを隠し通せていれば、だけど。

 なんだかんだ言って、強がってるだけなんだろう。

 本当は多分、この場から逃げ出したいぐらい緊張しているんだと思う。だからこそ、大胆に行動している。

 そう気づくと、身体が勝手に身震いした。

 あぁ、なんて、哀れなんだ。

 哀れで哀れで、仕方ない。

 この上なく、愛おしい。

「とりあえず、ご飯食べていく?」

 母親がそう提案したのに対して、紫苑はちょっとホッとしたのか「はい!」と声を張り直して言った。

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