五月雨〜胡麻ダレを添えて〜
水族館では結局、誰に見られることもなく、無事にその日の終わりを迎えた。デートに誘ってくれるのは嬉しいけど、その度に命の危機を感じるのは勘弁してほしい。
そうか、僕が皆に好かれる人気者になれば、紫苑だって隠さずに生きていけるか!
途端の気づき。刹那の見切り。
僕にそれを出来る可能性は0。
次のデートはきっとゴールデンウィーク。僕からするとデスウィーク。でもこれも、きっと楽しいんだろう。紫苑と出会うまで、休日なんてなにもない虚無の時間だった。精々、犬と戯れるぐらい。
➝明日、月曜日の学校帰り、映画行かない?
恐怖は思ったより早く、やってくるみたいだ。
「あ、瀬戸君、おはよう。前借りてた本、返すね」
南さんという僕の読書仲間と簡単な挨拶を交わす。僕の友達と言ったらあと須藤ぐらいしかいないけど。
「これ、どうだった?」
「面白かったよ!特に、アボカドとセロリとごぼうとアスパラガスを挟んで胡麻ダレをかけた上でサンドウィッチ食べるところが」
「皮肉きいてていいよね。地味なところに意外性のあるものを突っ込んだら味がバグるっていうのを、人間関係と掛けてるんだから」
南さんと静かに盛り上がっていると、ちょうどアボカドが来た。
「何何?何の話してるの?」
鞄を肩にかけて、相変わらず僕を射抜くような目で見る。
威圧されてるわけでもないのに、威圧されたみたいだった。
「白川の話してたんだよ」
「え、余計気になるじゃん」
オーバーリアクションをとる白川に、軍勢が押し寄せてきた。
「白川おは〜、何の話してんの?」
「白川と瀬戸って仲いいんだ、俺知らなかったわ」
「白川今日暇?」
「白川さんごめん!宿題見せて!」
南さんが気まずそうで申し訳なかった。ちなみに僕は押し潰されそうだった。それをご丁寧にニコニコと答える紫苑には頭が上がらない。
「白川、結局瀬戸と何の話してたんだ?」
一人の男子が聞き直した。
僕を警戒すんなし。
軽く睨んでおいた。すると気づかれて睨みかえされる。当たり前。僕ビビる。
情けない!
「クラスメイトとクラスで会ったから挨拶したんだけど、駄目なの?」
変わらず笑顔だけど、ちょっと不機嫌な紫苑。
ちなみに僕も怖い。
「いやだって、白川から人に話しかけるって……」
「何か文句ある?」
笑顔を崩さず、紫苑が威圧する。さっき僕を睨んだ男子が萎縮する。彼氏と彼女のパワーバランスがよくわかる光景。
それにしても、これ以上紫苑の機嫌を悪くしてほしくなかった。
自分の悪口には全然反応しない、いや寧ろ聞こえてないみたいフリをするのに、僕の悪口には地獄耳。多分、僕の悪口を言った奴とはもう口をきかないレベルで。
重い彼女ですみません。
心の中で謝っておく。
「いや、何もないけど……」
言った本人はタジタジで下がっていった。
「で、二人は何の話してたの?」
僕達にまで威圧が飛んできた。
南さんと紫苑って仲いいと思ってたのに!南さんを警戒すんなよ!
「貸した本の話」
「なんていう本?」
「退屈な日常にスパイスを添えて〜アボカド風味の胡麻ダレ味付け〜」
「何その絶妙に意味分かんない本」
「白川も読む?」
「読む」
興味があるというより、会話に入れないのが気に食わないのだと思う。
会話の外の世界に視線を向けてると、寒気がした。紫苑と僕が話してるのを、凍った目で見る男達。
恐怖!
絶叫!
今ならどんなジェットコースターにも負けない恐怖を感じられる。するとどうだろう。じきにヒソヒソ声が聞こえてきた。
「え、白川さんって本とか読むんだ」
「じゃあもしかして、瀬戸が推薦したのを読んでんの?」
「もしやすると白川殿もオタクなのではござらぬか?拙者少し、話してみたいでござる」
「もしかして瀬戸も白川狙い?」
「ねぇだろ。身分違いも甚だしいし」
キャラが濃いのもいたけど、だいたいが僕にヘイトを向けていた。バレたら困るのに。
こんな中、今日放課後、映画に行くとなると気分が悪くなってきた。バレた先のことが思いやられる。
まず間違いなくイジめられるしハブられる。
元々友達いないからそれは別にいいけど、問題は紫苑だった。
紫苑の性格が、バレる。
出来れば紫苑のためにも、僕のためにもバレたくなかった。
それに紫苑が哀れな人間だって周りに知られるのが、なんだか癪。僕だけが知ってる一面みたいで、特別感があるから。
事態が一気に、ややこしくなった。
嫌すぎて今度は夜も眠れなさそう。
そして何より、この事態をどうにも出来ない自分の愚かさを、呪った。
そんな傍らで当の本人は、今日僕と映画行くことを思ってだろう、天井を見上げてニヤニヤしていた。
皆洗脳されてるんじゃないか?
どこが美少女なのか、全くわからなかった。
お願いだから、デレないでほしい。
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