恋=美少女
「バレンタイン、欲しい?」
休み時間。私が珍しく一人になったタイミングで突撃した。直接欲しいかとか聞くのはタブーらしいけど。
私は禁忌を侵す。
それちょっと楽しい。
「そりゃ、まぁ、欲しいけど」
曖昧だけど期待した返事が返ってきて安心する。
「じゃあさ、今日一緒に放課後出かけようよ」
「それ関係ないだろ!」
「いいじゃん!こんな美少女が誘ってんだから文句言わず来なよ!」
有無を問わず強引に連れて行く。
それが私。
これぞ私。
「で、何するの?」
ちょっと不満そうな彼に優しい笑顔を見せる。彼がさらに怪訝そうな顔をしたので私は満足。
「映画を見た後、散歩します!」
「散歩まで確定かよ……」
「どしたし?」
「今日体育で持久走させられて死にそうなんだよ」
「それは残念だったね。じゃあ、取り敢えず映画館行こう」
今流行りの恋愛映画を二人で見る。別にロマンチックとかにはまるで興味ないけど、なんとなく、戦隊モノとかアニメ映画よりは見る気になった。
「超つまんなかったね」
「ありきたりだったしな」
「私達みたいな?」
「僕達のどこがありきたりなんだよ」
「ほら、ネット小説じゃよく見るじゃん」
「クラス1の美少女と陰キャの僕が〜みたいなやつ?」
「そうそう!よく知ってるじゃん!」
何気にクラス1の美少女と言われてニヤける。
私、キモいぞ!
「というか、白川もそういうの読むんだな」
「読まないよ。タイトルだけ見る」
映画の感想を言い合いながら公園の池の周りをぶらぶら歩く。疲れてると言う割には私のペースにちゃんと合わせてくれていた。
「ねね、好きって感情、何だと思う?」
「根本を辿れば自分にとって都合のいい人の延長だと思うけど、なんだか本質的に違うような気がするよね」
「特別感が増す、的な?」
「謂わばそう。もしくは自分を最もわかってくれる人、じゃない?」
君が私のこと一番わかってくれてるよ!と叫びたいけど、公園なことを思い出す。
あれ?
公園ならいいんじゃない?
「瀬戸君は私のことわかってくれてる?」
「どうだろう。答え合わせをしないと、わからないんじゃない?」
「私は多分、瀬戸君のことわかってるよ」
「僕は一筋縄じゃいかないよ」
「そんなことないよ。一緒にいれば、見えてくる」
「例えば?」
「私のこと、好き、とか?」
思い切って言ってみた。確信はまるでなかった。
でも、なんだか、最近私を見る彼の目がそう、言っていた。
私の目を通して、私の中を見るような、そんな目をしてる。
心臓が爆発しそう。
彼の沈黙するこの一瞬が、私の今まで生きてきた17年間を軽く凌駕するような、そんな時の流れを感じる。
息が荒くなっているのをマフラーで隠して、上目遣いで彼の目を見る。
今、私はどう見えているのだろう。
早く、何か言ってほしかった。
「僕のこと、よく見えてるんだね」
見慣れた照れ顔がより可愛く見えて、感情が爆発しかける。水素爆発なんて相手にならないぐらいの、爆発。
それを私は才能とこの可愛さで圧し殺す。
もう自分で何を言ってるかもわからない。
「見えてる。ちゃんと見えてる。逆に、さ、私のこと、ちゃんと、見てくれてる?私の、どこが好き?」
彼が息を呑むのがわかる。
でもその目は私の目と合っていて、吸い込まれそうな程、合っていて。
私も私も、彼を射抜く程、見つめる。
「世界一、哀れなところ」
刹那、理解不能。
沈黙。
間を置いて理解すると、笑いがこみ上げてきた。
「そっかそっか!それは私のこと、好きだろうね!私以上に哀れな人間、いないからね!」
なんだか愉快になって、大袈裟に笑った。
面白いとかじゃなくて、嬉しかった。
やっぱり一番私を、わかってくれてるんだ。
「自分のことを美少女だと、理解してるのに、それを全部台無しにする、その性格とか、よく見れば傲慢で怠惰なのが素なのに、それを周りが理解してくれずに、完璧だと、思われてるとことか。しかも、それを隠さずにいるし、気づいてほしそうにいる。なのに一向に気付かれずに、どんどん評価が飛躍していく。僕はそんな哀れな人間が、大好きだ」
「瀬戸君もなかなかに狂ってるね!いいじゃんいいじゃん!私とお似合いだよ!」
「僕なんかつりあってないよ。だいたい僕、友達すら少ないのに。まともに話すのは白川ぐらい」
「もう紫苑、でいいよ」
「面白いよね、白川の名前」
「なんで?」
「表は白なのに、裏が紫なのが、そのまま本人なところ」
確かに。言われるまで考えたこともなかった。
「紫苑、可愛いでしょ。気に入ってるんだよ」
「呼びやすいしな」
あ。ふと思い出す。
私は彼の耳元まで口を持っていき、呟いた。
「私も瀬戸君のこと、好きだよ」
彼の顔が冬なのに真っ赤に染まる。いつかのたこ焼きのタコみたい。
多分、私も赤くなってると思うと恥ずかしくてマフラーを鼻元まで上げた。
さっきまで口元にあったせいで微妙に湿っているのが鼻に当たるのも、気にならない。
「なんていうか、その、ありがとう」
「どういたしまして!」
シシシ、と笑ってみせる。
すると急に、気が楽になった。
多分、今まで満たされなかった欲望が満たされて、ハイになってる。
今なら空だって飛べそうだし、現実からも脱走出来そう。
社会とかいうくだらない輪からも、逃れられそうだった。
この人となら、ずっといられる。
どうかこんな哀れな私を、捨てないでほしい。
より、捨てられない、捨てにくい、確実な方法。
あ。
だから、付き合うのか。
「ね、私達、付き合わない?」
照れたように薄く笑う彼。
「いいよ」
「よろしくね!」
雪も降ってない、二人きりでもない、至って平凡な、公園。
私は確かに、特別な人間かと問われればそうかもしれない。
だからこそ、恋愛ぐらい、平凡でいたかった。
彼といればきっと、私は平凡な人間になれる。
今までと違って、何も考えず、生きられる。
だって、私のことをずっと、わかっててくれるから。
それからバレンタインチョコをしれっと渡して、3月のホワイトデーでチョコを貰った。
今までと何も変わることない生活。
犬の散歩に付き添って、一緒に公園をぐるぐるする。
特別なことをするわけでもなく、しないわけでもなく。
強いて言えば、彼が照れて私と登下校しないことぐらい。
それぐらい、どうでもいいけど。
これから色んなことがあるだろうけど、生きていけるかな。
私が死ぬまで、愛してください。
世界一の美少女より、私の全ての哀れみを込めて、告白します。
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