デートプランクトン

 週末。憩いの日。全てを忘れられる日。時間軸をずらして永遠にループしたい日。そして最も、くだらない日。

 そんな日に、今日僕は少し、スパイスをかけることになった。別に特別でもなんでもない。ただ、人間と外に出かけて遊ぶだけ。

「あ、お〜い!そうく〜ん!」

「紫苑。おはよう」

「おはよ!」

 普段学校で会うのとはちょっと違うから、なんだか二人共突然、畏まる。

「私、思うんだよ」

「何を?」

「瀬戸宗次郎って名前、なんでそんな名前にしたんだろ」

 僕の親に失礼だろ。

「というと?」

「だって、足早そうだし抜刀術出来そうな名前じゃん」

 何に影響されたかすぐにわかるから、話しやすい。

 学校であれだけチヤホヤされているのに、実は紫苑がオタクだと知ったらどれだけ驚かれるだろう。逆にオタクは歓喜。

「足も普通で抜刀術も出来なくて悪かったな」

「寧ろ遅いやろがい。でもでも、私は"そうちゃん"って呼びやすくて、好きだよ」

 ちょっとした「好き」という言葉に反応して、何故だがつい、そう口ずさむ唇を目線で追ってしまう。僕、キモい。

「"そうちゃん"なんかで呼んだことないだろ。で、今日はどこ行くんだ?」

 なんなら"そうくん"も今初めて呼んだ。

「あ、いい忘れてたね。今日はなんと!」

 紫苑が謎の溜を挟む。なんだか急に冷静になって、「デレレレレレレレレ」とかいう紫苑を、白けた顔で見る。

「水族館に行きまーす!ていうか、ノリ悪いね」

「今に始まったことじゃないだろ?」

「私はそういうとこも好きだよ」

「そうな」

 二人で話しながら移動する。紫苑は歩くのが比較的遅いから、それに合わせてのらりくらり。

 話す内容もこれと言って特別なわけでもなく、学校であったこととか、愚痴とか。お互い気軽な、そんな感じ。

 カップルと聞けばイチャイチャしてそうなイメージだけど、これが現実。

「紫苑って、学校と今とでのオンオフ、どうやって切り替えてんの?」

「え?別に切り替えてないけど……」

「じゃあ、なんであんなお淑やかだねど明るいみたいな人間の振りしてんの?」

「あ〜、それはただ単に誰に何話されてるかわかんないから取り敢えず、適当にしてるだけ。正直、名前すら覚えてない」

 全く失礼な話である。相手からすると猛アタックかけてるのに名前すら覚えられていない。

 哀れだな〜、と同情する。


 水族館について、チケットを買った後、直行で一番大きい水槽に向かった。僕が3000人くらい入りそうな水槽で、それを二人で眺める。

 紫苑の手が頻繁に、軽く当たるから紫苑の方を見ると、シシシと笑っている。意図を察して手を繋ぐと、満足そうだけど照れたようで、目を合わせなくなった。

「よく、僕のこと見つけたよな」

 なんとなく、小魚を見ながら、呟く。別に大した意味はなかった。

「私のこと、外面で見てない人ならよくわかるし、覚えてるよ」

 話の内容を悟ってか、意図通りの言葉が返ってきた。

「紫苑の周りは、外面を見てる人ばっかり?」

 そう言って、水槽の魚全般を指差す。

 すると紫苑は、サメを目で追いかけながら言った。

「サメってさ、みんな怖い生き物だと思って決めつけてるけど、常に襲ってくるわけじゃないんだ。つまり、時と場合によっては、普通にちょっと大きいカマボコにしちゃえば美味しい魚なんだよね」

 何かまだ言いそうだから、待った。

「何が言いたいかって言うとね、別に外面が良かろうが悪かろうが、ちゃんと生き物には性格があるの。外面だけで決めてる人生なんて、つまんないじゃん。中身を知ったら、もっと楽しく、仲良くなれるかもしれないからね。だから私、外面だけで決めるゴミみたいな、腐った恋愛観じゃなくて、内面まで見てくれる人が好きなの。まぁ、その、つまり、そういう人がカッコよくて、好きってわけ」

 君みたいなね。と、自分で後付けして照れていた。

「じゃあ意外と、小魚までしっかり見てるんだな」

「小魚でもなんでも、私は生き物の内面を見て生きてるんだよ」

 よくわからない沈黙が過ぎて、二人で目を合わせる。紫苑がきっと、多分なんの意図もなく、なんとなく笑ったから、僕も薄く笑った。

 白川紫苑は、浅いようで深い人間。可愛いのに哀れな人間。そこまでちゃんと見てる人は、きっとそこまでいないのだろう。それをわかってるから、相手にしていない。適当に、聞き流す。優しいようで、全然優しくないし、他人に興味もない。白川紫苑は、そういう人間。


「私さ」

「なんだよ」

 水族館を大方回って出た頃に、ポツリと呟いた。

「こういうところ来ると、フィレオフィッシュ、食べたくなるんだよね」

 神妙な面持ちで、全ての先を見るような目で、変なことを言い出した。

「そうな」

 単純そうで、深い。深いけど、その根本は単純。そんな白川紫苑を、僕も好きだ。可愛い顔を崩しながらフィレオフィッシュを幸せそうに頬張る哀れな美少女を見ながら、僕も横で変なことを考えていた。

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