デレるな照れるな絡んでくるな

 学校で話すなんて論外。

 僕の彼女、白川紫苑は単純である。単純王と言っても過言ではない。それ故に、好きな人と嫌いな人への対応があからさまなのである。

 それでもこれでも、何故バレずに耐えきっているかというと、誰にでもニコニコしているからである。今日も案の定、天使のような笑顔を皆に振りまいている。


「おい瀬戸〜、これ、白川に渡しといてくれ」

 委員会の手紙。僕と紫苑は委員会が同じ。ちなみに図書委員。

 理由は二人でダラダラ出来るから。

 だから紫苑にも手紙を回さないと行けないのだけど、紫苑は常に人に囲まれてるが故、自動的に先生たちは僕を経由する。

「白川、これ、図書委員の」

 周りの男達に睨まれる。射殺されそうなぐらい。あぁ、今、胸に穴が空いたのを感じた。

「あ、どうもありがと!」

 異様に丁寧でニコニコの返事が返ってきた。ちょっとキモい。

 そして手渡ししようとすると、紫苑が僕の手を何気に握った。

「!?」

「!?」

 達人の間合いのような刹那の見切りが発生。

 お互いがヒット硬直する。

 多分、紫苑も普段、冗談半分で手を握ってくる癖で、反射的に握ってしまったのだろう。

 何してんだよこのポンコツ!

 僕の命がかかってるのをちゃんと理解しているのかどうか、今後が不安で不安で夜しか眠れない。

 お互いが無反応を貫く。固まった僕たちの異変に、周囲が気づき始めた。

 いや、このまま何事もなかったかのようにすれば逃げ切れる。

 そうだ、きっとそうだ。

 逃げ切れるはずだ。

 僕はそう判断して離させた。

 するとどうだろう。紫苑の顔がみるみる赤くなっていく。嘆かわしきかな単純王にこんな複雑な心理戦は不可能。頭がショートしたみたいにガタガタ震えだす。

 もうダメだ、目が逝ってる。

 まずい、コイツ照れてる。

 これは、そうだ。

 優等生キャラの自分と素が行ったり来たりして脳の収集がついていないんだ。

「白川さん、どうかした?」

 これで名前呼びなんてされれば終わり。冷や汗ダラダラで紫苑に賭けた。

「あ、あぁ、なんでもないですよ」

 そう言うと、元通りニコニコしだした。

「俺ビックリしたぜ、白川さんがあの、なんにもねぇ瀬戸にデレてんのかと思った」

「俺も、まさか、瀬戸になんてないよな」

「ないない、瀬戸だからな」

 僕は彼らの中ではカスらしい。ミジンコ以下のような扱い。金魚の水槽に入れられてそうな人間臭なんて、してないはずなのに。


「お前も大変だな〜〜、あんな人気者と同じ委員会なんて」

 須藤が茶化してくる。

「冗談にならないぐらい大変。どうにかしてほしい」

「無理だろ。学期に一回だし。そもそも図書委員なんてお前と白川以外、やりたいやつなんていねぇしな」

「別に僕は図書委員なんてやりたくないよ」

「え?じゃあお前、なんで図書委員やってんの?」

 なんでだろう。紫苑に誘われたから以外ない。

「誘われたから」

 はっ、と須藤が鼻で笑うのが耳障りだった。

「お前、キモいな」

「うっせーし」


「せ、と、くぅ〜ん?」

 帰り道。珍しく一人になった紫苑と一緒に帰っていたとき。挑発的な(学校では絶対見せないような)ニヤリ顔で迫られる。

「なんだよ」

「今日、照れてたでしょ」

 からかいたくて仕方ないらしい。

「照れてない。寧ろ生命の危機を感じた」

「顔赤くしてたよ?」

 それお前だろ!

「してないよ。青褪めてたの間違いだろ」

「あ、私は照れてないからね?」

 自分でそれを言うところが非常に残念。

 しかし誰も想像していないだろう。紫苑は、自分でこれを言って敢えて墓穴を掘ることが可愛いと思っているのである。そういうところだけは器用なやつである。僕からもっと可愛がられたいとかそういうこと思うなら、普段からもっと器用にしたらいいのに。

 あぁ、なんて哀れなんだ。

 こうして僕からの評価は勝手に上がる。結局紫苑の思惑にハマる僕も大概哀れ。なんてちょっと自惚れしておく。

「え?」

「えって何?」

「何か言ってよ。ほら、可愛いとか」

「そうな」

 ムスッとして拗ねる紫苑。放置する僕。

「頼むから学校でデレないでくれよ」

「いいじゃん。瀬戸君かっこいいんだから。事故事故」

 事故リス事故イル〜〜、あはは〜〜とか一人で言って笑っている。怒られればいいのに。

「とうとう頭バグった?」

「もともとバグってるよ?」

 自覚すんなし。

「あ、ていうか、カッコいいとか言われてちょっと照れたでしょ」

「照れてないよ」

 嘘。普通に照れた。

「いや、嘘だね。私、彼女だからわかるの」

 えらく根拠が薄い。

「じゃあ、今僕が何考えてるかわかるのか?」

「わかるよ、デート行きたそうな顔してる。だから今週末デートね。9時に駅集合で。Are you OK?」

「うん、わかった」

 そう言うと満足そうに電車に乗った。僕も続いて乗って、二人で帰った。いつもこんな感じだな、なんてふっと思った。

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