学年一の美少女が僕の彼女だと、誰も知らない

真白 まみず

美少女≠哀れ

 突然だが、質問がある。「美少女」と聞いて諸君らは一体何を想像するだろうか?

 清楚で美人、誰にでも親切故に皆に慕われる。それに気遣いも出来て成績良好、加えて加えて運動も出来る。極めつけは性格も完璧で表裏などなく、常に謙虚で他人思い。

 こんなところだろうか。少なくとも「美少女」と聞いて僕が想像するのはこれぐらい。僕がそうなのだから皆そうである、という決め付けにはなるが否定は出来ないだろう。

 そしてまさに今、そんな「美少女」と呼ばれている人物が目の前にいる。

 ドライヤーの当てすぎで茶色がかった、毎日手入れされてそうなボブヘアーの髪に、スラッとしたスタイル。胸はあるわけでもなく無いわけでもなく。ただしあるとわかる程にはある。肌は白くて目元は柔らかい。いつでもニコニコしてて優しそうなのに、目が合うと射抜かれるような、全てを見透かされるような、そんな強い力のこもった瞳を持っている。

 そんな人が、同じクラスで、同じ空間で、毎日群がってくるクラスメイトに神対応を行っている。

「白川さん!今度の小テストの範囲の勉強すればいいとこ、教えてほしいんだけど……」

「白川さん!私にも教えて!」

「今度勉強会するから、来てくれないかな?」

「白川さん!俺達、今度何人かでカラオケ行くけど来ねぇ?白川さん来てくれると助かるんだけど……」

 等々、毎日大変そうである。男女関係なく誘われて全てに対応。これが真の男女平等社会かもしれない。実現おめでとう。

 僕が彼女のような目にあったらそれはもう、机なんかなぎ倒して全部窓から捨てて、ついでに自分まで窓の外のお空に舞って現実から逃げだしているところだ。人付き合いなんて面倒。自分が思う必要最低限の関係さえ持っていれば、それでいい。


「白川さんって、彼氏いんのかな」

 一人の女子高生に群れる男達を眺めていた僕に、唯一と言ってもいい友達が話しかけてきた。

「須藤も白川さん狙ってんの?」

 呆れてちょっと気怠そうに言う。カッコつけてないかと言われれば否定出来ない。

「そう言うお前も内心狙ってんだろ?白川さんに言っちまうぞ?瀬戸君も狙ってますよ〜って」

 言わねえけど。とボソッと付け加えるところが須藤の人間の良さを目立たせる。

 だから僕の、数少ない友達。

「言われたら流石に困るな。あの白川を狙ってる屈強な男達が僕にきっと襲いかかるだろ?そしたら僕は、見るも無惨な状態に。You are dead.」

 そんなことを言いながら椅子にダランともたれかかって死んだみたいにする。身体をビクンビクンとさせればそれはもう死体。

 死人に口無しだし、白川に言っとくな。なんて須藤にツッコまれる。

「お前みてたらゾンビ映画見に行きたくなったんだけど今日、放課後暇?」

「ごめん、用事ある」

「おけまる水産まじ卍」

 あ、これ古いわ。と須藤は言い残してフラフラ消えていった。多分、他の人を遊びに誘いに行った。ごめん、須藤。


 放課後、一人下駄箱で棒立ち。奇異の目で見られるのを耐えるために意識をシャットダウンする。虚無と時間の流れを感じながら、気長に人が来るのを待った。

「お待たせ〜〜、待たせたね」

 そう言っているのは白川。

「待ってないよ〜!帰ろっか!」

 多分、僕と同じクラスの女子。その子と白川が靴を履き替えて下校するのを確認した5分後、僕も靴を履き替えて帰った。部活中の声が、夏のセミみたいな騒々しさで空間を埋め尽くし、高校2年生4月というこの晴れ晴れとして清々しい状況を一気に蒸し暑くする。早急にこの場を離れたくて自分自身に加速度を与えたいけどそうもいかず、等速直線運動。つまり、ずっと同じ速度。

「また明日ね!」

「うん!じゃあ、また明日!」

 前の白川とその友人が駅で分かれるのを見たあと、僕も追いついた。

「お、お早い到着だね」

「もう1ヶ月はこんなことしてるからね」

 シシシ、と楽しそうに可愛く笑う僕の彼女。

「この可愛さに免じて、許してよ」

「ひたすら君が来るまで待つ僕の気持ちも考えて欲しいところだね」

 白川紫苑は確かに可愛い。見惚れるぐらい、可愛い。だが、だがしかし、僕は見た目で彼女を選ぶような素直な人間じゃない。要するに真っ当な人間じゃない。もっと、こう、そう。捻くれた人間。

 だから本来、白川紫苑に興味を持つことなんてなかった。はずだった。

「こ〜んな美少女が、クラスでは天使〜とか、女神〜とか言われてるような、可愛い可愛い彼女が許しを請うてるのに、認めないわけぇ?」

 駅の階段を降りながら、覗き込むように、不満そうな顔で僕を見る。

 そう、この白川紫苑。

 全く「美少女」じゃない。

 最初の質問を思い出してほしい。

 白川紫苑に謙虚さなどなく、傲慢でわがまま。

 嫉妬深くて、思慮深くもない。

 うえに愚鈍で怠慢、それに惰眠を貪る怠惰である。

 宿題は常に僕のをうつし、ニコニコしているのは何も考えていないから。強いて言えば多分、ごはんのことを考えている。もしくはウザいと思っている。

 普通に愚痴るし、しれっと無視もする。

 裏表だって、当たり前のようにある。

 皆の前では、美少女のフリをしている。それも、ちやほやされたいから。

 それなのに、残念なことに自分のことを美少女だと思っている。

 なんて「哀れな」人間なんだ……。

 哀れで哀れで仕方がない。

 愛おしくて愛おしくて仕方がない。

 僕は哀れな人間が好きで好きで仕方ないから。

「可愛いから許す」

 哀れで可愛い。

「よろしい!褒めて使わす!可愛さの勝利だね」

「容姿の話じゃない。僕が好きなのは紫苑のその、性格であり中身だから」

 そう言うとボッ!と音をたてるように顔を赤くする。ハァッ、ハァッ、と大袈裟に呼吸の為の間を取った後「当たり前じゃん!」と威張っている。

 なんて哀れで可愛いんだ。勿論、そう思っていることは顔に出さず冷たい目で見つめておく。

「あ!私、こっちだから!電車は別々に乗るんだよ!わかってるね!じゃあ!」

 そう言って足早にホームを走っていった。

「中身が好きなんて言われて、嬉しくないわけ無いじゃん」と呟いているのも聞こえていた。

 帰る電車を別にしてまで隠す理由は一つ。彼女が「美少女」と言われ、学年中、いや、全学年の男子が狙っている中、僕が付き合っているとバレたら、間違えなく血祭り。

 そうつまり、この関係は、誰にもバレてはならないのである。





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