第5話
多分、バチが当たったのだろう。人を殺すというのは、やはり大罪だ。しかし、今までの人生を振り返ってみると、案外俺は幸せだった。小さいときは貧乏で、芸人になってからも全然売れずに相変わらずやったけど、それなりに楽しかった。
山田と出会ってからは、夢のような毎日だった。彼が、俺を決勝に連れて行ってくれたのだ。やっとテレビの仕事も入り始めて、さあこれからという時やったのに……。
恩を仇で返すとは、まさにこのことやな……。俺はそう思いながら、一筋の涙で頬をぬらした。
二人のヤクザに囲まれながら、とぼとぼと廊下を歩く。一番奥に、懲罰房はあった。
一目見ただけで、冷や汗がにじみ出てくる。今まで何人もの囚人たちが、ここで耐えがたい苦しみを味わったのだろう。そして俺は今から、その何倍の苦しみを味わって殺される。もはや、感情も何もなかった。ただ耐えて、そして死ぬだけだ。
鍵を開ける音が、廊下に響く。地獄へのカウントダウンが始まる。
──3。
「おい! とっとと入らんかい!」
ケツを思いっきり蹴られて、入口の手前に俺は倒れた。
顔を上げると、真っ暗闇が口を開けて待っている。この中に入ったら……俺は……。
ああ、やっぱり、怖いわ。
──2。
「はよ行けって、言うとるやろうが!」
高山が、俺の少ない髪の毛を鷲掴みにする。俺は何もすることが出来ないまま、そして恐怖に顔を歪ませながら、暗闇の中に放り投げられた。
扉が閉まっていく。もう二度と、俺は外に出ることは出来ない。涙がアホみたいに流れ出てきて、顔がぐちゃぐちゃになる。
チャキ。二人が銃を構える音がした
──1。
「まずは足や」
「了解」
カチッ。撃鉄を上げる音が、無感情に響く。
──0。
次の瞬間、突然部屋が明るくなった。視界が白で覆われて、何も見えない。
「ドッキリ、大成功~!!」
高山が、先ほどとは打って変わって、高らかに伸びた声で叫んだ。
は? どういうことや?
困惑しながらも、なんとか状況を確認する。『ドッキリ大成功』と書かれたプラカードが、ぼんやりと視界に入った。それを持っているのは──。
「俺の演技、めっちゃ上手かったやろ?」
聞き覚えがある、あの声。セーラー服の、おじいちゃん。
俺の目の前に、死んだはずの山田が立っていた。
「や、やまだぁぁぁ!!」
良かった! 全部うそやったんや!
恐怖の涙を、安堵の涙でかき消しながら、一心不乱に山田に抱きついた。
「おいおい、泣きすぎやろ! そんなに掴まれたら、パンツ見えてまうわ!」
一同が笑う。
「さあ、牛島さん、今のお気持ちは?」
テレビカメラと、仕掛け人らしきアナウンサーが詰め寄ってきた。
「え、はい、もう、ほんまに、死ぬかと思って……よかった……よかったですぅ~」
何を言えばいいのか分からなかった。言葉が上手く出てこないほど、俺は安心しきっていた。
「おい、もっとおもろいこと言わんかい!」
山田が、俺にツッコむ。まさか、山田にツッコまれるとは。俺、ツッコミ失格かも。
心臓が、ドキドキしている。ドキドキドキドキ、ドキドキドキドキドキドキドキ。
──え? 止まらへん。
ドキドキドキドキ、どっくん、どっくん、どっくん、どっ苦ん。バン!
心臓に、鋭い痛みが走った。死んだ猫のように身体をくの字に曲げて、思わず床に崩れ込む
「牛島さん? 牛島さん!」
アナウンサーの甲高い声が、脳でこだまする。
響く、響くから、止めて……。
「牛島! 牛島ああぁぁ!」
山田が、俺を揺らして叫ぶ。
だから響くって。響くから……あ、死ぬ。
視界が狭まり、黒が混じる。山田の声が遠くなっていく。
ああ、最後にもう一回漫才したかった。客を笑わせたかった。人生の幕引きは、漫才のそれと同じで、唐突だ。
せめて最後くらいは漫才師らしく、かっこよく。俺は力を振り絞って、呟いた。
「もう……ええわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます