第4話

 あまりに突然の出来事に、漏らす暇も無い。俺は口をあんぐりと開けて、体の動きを一切止めることしか出来なかった。


「な……なんで……」

「よくも俺の兄貴を殺しやがったな」


 一瞬、耐えがたい沈黙が流れる。え? 今なんて言った?


「お前、兄貴を殺しといて無事でいられると思うなよ」


 山田が、このヤクザの兄貴?


「ちょ、ちょっと待ってください! 山田が、あなたのお兄さんなんですか?」

「あ? 山田さんやろうが」


 ダミ声が一層低くなって、ほとんど怪獣のうなり声になっている。


「す……すいません!」


 人生で一番本気で謝った。


「山田さんは、俺の兄貴分や。あの人は、元ヤクザやで? 知らんとコンビ組んどったんかいな」


 言葉が出ない。そんなの初耳だ。もしかして、右手の小指が無いのって……。


「山田の兄貴は、ほんまにとんでもない人でな。難波のジェイソンて言われてたくらい、無慈悲に殺すねん。妊婦を殺して赤ん坊を引きずり出したときは、さすがの俺でも吐いてもうたわ。まだヤクザやってたら、確実に組長になってるやろうな」


 ああ、頭が爆発しそうだ。あのおじいちゃんが、そんなにヤバい奴やったなんて。殺して正解かもしれない──いや、俺が殺される!


「それでも兄貴はええ人やった。俺の借金も全部チャラにしてくれたし、足洗ってからも度々めしに連れて行ってくれたりな……お前、よくも、よくも……!」


 ヤクザの顔が、みるみる赤に染まっていく。太い血管が、額に姿を現した。


「許さんぞ……ゴラァ……」

「……ッ!」


 体が胴から震える。命乞いも、最低限しかできない。殺される。

 突然、ヤクザがニヤリと笑って、俺のおでこから銃を下ろした。

 え? 許してくれた?


「やっぱり、ただ殺すだけじゃああの人も報われへんわ。もっと人目に付かんところで、じりじり殺したる。立てやオラ!」


 拳ダコが出来た悪魔的な手が、俺の華奢な腕を引っ張り上げた。とんでもない力だ。骨に直接、握力が伝わってくる。少しでも抵抗なんかしようものなら、ポッキーみたいにへし折られるだろう。


「痛い痛い!」


 おもわず声が漏れる。


「うるさいわ! 騒ぐな! ぶち殺されたいんかボケ!」


 俺はヤクザのなすがままに、廊下に引きずり出された。


「あ……あの……」

「なんじゃ」

「どこ行くんですか?」

「大人しくついてこんかい」


 依然として乱暴に振り回されながら、廊下を歩く。


 人目に付かないところとは、一体どこだろうか。そもそも、刑務官に見つかりでもしたら、二人ともただじゃ済まない。……ん? なんで、部屋の鍵が開いてたんや?


「おい! お前ら、何やってる!」


 正義感溢れる声にばっと振り向くと、案の定、刑務官が血相を変えてこちらへ向かってきた。


「ああ、なんだ、高山さんですか。どうしたんです?」

「おう長田、ちょっと『懲罰房』に行こうと思ってな。それよりお前、そこの鍵持ってへんか?」


 何? なんでこんなに刑務官と馴れ馴れしく話してるんだ?


「もちろん持ってますよ。一体何に使うんですか?」


 長田はそう言いながら、テキパキした動きでヤクザに鍵を渡した。このヤクザ、高山っていうんか……意外と普通やな。まぁ、山田の方が普通か。


「こいつが、俺の兄貴を殺したんや。だから、それ相応の罰をな」

「もしかして、山田さんですか? そうか、こいつが……」


 長田が、怒りの表情で俺をにらむ。なんでこいつはヤクザの味方なんや?


「なんで助けてくれないんですか!」

「そりゃあ、こいつもヤクザやからな」


 高山がほくそ笑む。長田もこちらを見て笑っている。


「お前俺の組なめてるやろ? 俺たち鬼面組は、警察にも仲間を潜り込ませてるからな。もし捕まってもある程度自由に動けるようになってんねん」


 鬼面組って……どこぞの漫画ですか?


「こいつが山田さんを……僕も一緒に行ってもいいですか?」

「もちろんや。兄貴の敵取るで」


 敵が二人に増えた。もう無理だ。絶対に殺される。

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