記入者に関する情報と環境について その45
「なんですかあ?暑いんで、水を持ってきたいんですよ」
おどけた調子で応える有田紗智。
こいつ、何を聞かれるか分かっているのだな。
「研究室にあったワクチン、持って行ったよね?」
私は、訊ねた。
「ええ、持って行きました。一本だけ。
先輩、せっかく鍵のかかる冷蔵庫に入れてるんだから、鍵かけないままで大事な物を入れておくのは、感心しませんよ」
悪びれもせずに答える。
「何度も開け閉めするからね。いちいち鍵をかけたりするのは面倒なんだよ。でも、部屋に鍵はかかっていたはずだ」
「鍵の置いてある場所を教えてくれたじゃないですか」
「教えたわけじゃないよ。君の見ている前で取り出したのは、確かにこちらの落ち度かもしれない。でも、自由な出入りを許可した覚えは無いけどね。ましてや、勝手にワクチンを持ち出すなんて」
「許可?あの部屋は先輩と山下君が独占して使っていますが、貴方達の所有物じゃないですよね?大学の施設です。しかも、今はこんな状況ですから、かつてのように実験だけしているわけにいかないじゃないですか」
なんだと。
「とは言え、これまでずっと先輩が使っていたのも事実ですからね。分かりました。実験室の事に関しては、先輩に従います。以後、気を付けますので、許してください」
「...まあ。それはそれとして、ワクチンは、どうしたの。1本だけどは云え、貴重な物だよ。返してくれないか」
「ああ、使ってしまいました」
「使った?誰に?」
「さっき、大学から出て行った人達に」
嘘だろ?彼らは既にゾンビウィルスに感染しているのじゃなかったのか。ゾンビワクチンなど摂取したところで、無意味だ。
「何故、彼らに?」
「だって、ゾンビがいっぱい居る街に出て行くんですよ。ゾンビに咬まれても平気になるワクチンでも打たないと、そんな気にならないでしょ。私が、背中を押してあげたんです」
「でも、君、使い方を知らないでしょ。あれは注射で打つものじゃないし、使う量の問題もある」
「ご心配なく。十字の傷をつけて擦り付けました。量の方も...」
ここで有田紗智は、弱気な坂本の方をチラッと見て、
「使用例に従って、調整しましたから」
坂本君に使ったのと同じように、と言いたかったのだろう。
あのワクチンは、坂本に使用した前例しかない。
だが、それをここに居る坂本の目の前で言うわけにいかない。
坂本は、自分がワクチンの被験者にされた事を知らないのだから。
有田紗智は、私を牽制してきたのだ。そう私は判断した。
「有田さん、ゾンビ実験ノートを読んだんだね」
「はい。先輩ったら、実験机の上に出しっぱなしだったでしょ。ワクチンの使い方も、詳しく記録されていましたよね」
あのノートには...生け捕りにしたゾンビを使った実験の記録が書き込まれている。
そして、そのゾンビは有田紗智の元カレだった。
元カレに対して有田紗智が殺意を抱いていたとは云え、ノートを読むうちに、色々と思う所が有ったのかもしれない。
ここで、我々のやり取りをイライラしながら聞いていた山下くんが言った。
「それで?全部使い切ったわけじゃないでしょ。残りのワクチンは、どこに在るの?」
「残りは...あの、出て行った人達に持たせましたよ。私達みたいに、ゾンビから逃れて隠れ住んでいる人達が居るかもしれないじゃないですか。そんな人達にワクチンを使ったら、人助けになると思いません?」
...これは、嘘だな。そのくらいは、私でも判る。
だが、私が彼女の嘘に気付いた事は、彼女も感じ取っているはず。
間違いなく、有田紗智は残りのワクチンを隠し持っている。
だが、この炎天下。もう使えなくなっているだろう。冷蔵庫にでも保管していない限りは。
ゾンビ実験ノート ~ 捕獲したゾンビで実験してみた 桜梨 @sabataro
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