記入者に関する情報と環境について その44

「ゾンビの動きが鈍くなってるって?そうなの?」


「ええ、そうですね。

私、しょっちゅう屋上から見てたし。

それに直視しなくても、ゾンビの動きって、だいたい分かるし。

あ、もうカラか」


有田紗智は、水筒の中身を飲み干したようだった。


映画などに出てくるゾンビは永遠に徘徊し続けるという設定なのだろうが、そんな現象が本当に起きるのなら、永久機関が実現する事になる。あり得ない。

ここらで歩き回っているゾンビは、生き物(と呼んで良いのだろうか)である以上、ATPをエネルギーとして動くのだろう。となると、いつかエネルギーが切れるはずだ。彼らが栄養を補充しない事も、確実だ。

ゾンビが出現して1か月は経っている。そろそろ体内のATPが枯渇する頃か。


「となると、この先、もっとゾンビの動きが鈍くなると予測できるよね。今、脱出するのはタイミングとしては早すぎるんじゃないの?」


「はい、そうですね。でも、あの人達は、できるだけ早く大学ここから引き離すべきじゃないですか?先輩なら、わかりますよね」


む、そういえば、あの4人は全員がゾンビウィルスに感染しているんだっけ。でも、それは有田紗智の「目視」だけが根拠ではないか。こんな事になるのなら、全員の血液検査をするんだった。

まあ、有田紗智の言っていた通り、彼らの感染が本当だったとしたら、大学構内で4人もゾンビ化されると困る。対処できないだろう。


「わかったよ。そういう事か。車一台失ったのは、痛いけど。だけど事前に相談して欲しかったなあ」


「...有田さん。彼らを煽って、出ていくように仕向けたんだね」

倉橋が言った。

有田紗智は、人の感情の動きを視認できる能力を持つ。そんな能力を上手く使えば、他人を口先三寸で誑かすのは、朝飯前だろう。


要するに、ゾンビウィルスに感染した四人を車で脱出するように仕向け、自分も一緒に行くと見せて、要領良く大学に戻って来たというストーリーか。

なるほど上手に危険分子を排除出来たな。


「煽ったなんて、人聞きの悪い。

でも、そういう事で間違ってないですよ。別に、無理やり追い出したわけじゃないし。

ちょっと、水もらって来ますね。9月って、やっぱり暑いですよね」


「待って!まだ終わってない」


私は、有田紗智を呼び止めた。

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