けもの道

1話

土砂降りの雨が大地を流れていく。

それは普段乾燥気味の荒野にとっては恵みの雨なのかもしれず、またあるものにとって都合のよい雨でもあったはずだった。

荒野の真ん中を貫くように走る道路は月光町に続く3本の道路の一つだ。いずれも周りに何もない寂しい場所を通っていて月光町の門をくぐった瞬間その人工的で猥雑な綺羅びやかさに圧倒されるようになっている…というのは後付で単純に町の成り立ちの関係なのだがそれは今はいいとしよう。


道路からやや外れた場所にて人知れず横転したトラックがあった。辺りに車の部品が散らばっている。

激しい事故にでもあったのだろうかという車の運転席部分から男が這いつくばるように出てきた。そして頭が痛むのか抱えながらも荷台部分を確認しに行きそして舌打ちをした。


「おい、どうだ」


助手席側からも男がよたよたと這い出てきて声をかけた。


「駄目だ、影も形もねえ」


「餌はちゃんとやったんだろうな」


「やってたよ!くそ、どうすんだ」


運転手の男が頭を抱えたのは痛み以上に何か事情があるようだった。助手席の男も苦い顔で荷台の中を確認して盛大にため息をつくと頭を抱えた男に近づいた。


「ずらかるぞ。もう俺らにはどうしようもねえ」


「…そうだな。俺らが悪いんじゃない、これは不幸な事故だ。いやむしろお告げなのかも、この仕事は合ってないっていう」


「きっとそうだ。さぁ、とっとと行くぞ」


こんな雨の中をものともしなそうなのは彼らが両生の種族だからかもしれない。長い尻尾を揺らして二人は雨の帳の向こうへと消えていった。



月光町には雨が似合う。しとどに濡れた地面に反射するネオンがどこか艶かしい。

雪姫ゆきは赤い傘をさして暗い細道を歩いていた。

今日は店の定休日ではあったが買い出しのために彼女は店に来ていたのだった。

着物の裾の撥ねが上がるのを気にしながらも服装にこだわりのある彼女は私服も着物で通していた。


「はぁ〜ついつい買い過ぎちゃいました…でも軽く済んで良かった」


彼女は上機嫌だった。だから迫りくる水を跳ね上げる音にもあまり気にしなかったのかもしれない。

雨粒に濡れた買い物袋を下げて歩いていると、ふと脇の路地から何かが飛び出してきた。


「えっ」


とっさにぶつかってきたそれを避けられなかったのは殺気や攻撃的な気配を感じなかったからかもしれないがそれでも体勢をくずさなかっただけ良かった。


ぶつかってきたそれは雪姫の下げていた買い物袋を奪い取ろうとしたが雪姫が離さなかったためわしゃわしゃと袋をまさぐると中を覗いて見た。

そしてどういうことなのか落胆したように膝をつくとそのままぐたり、と雨に濡れた路面に倒れてしまった。


「えぇ…なんなんです…?」


雪姫はじろじろと倒れたそれを見回し、ある一点に目が吸い寄せられた。


「これは…」


雨がざあざあと降り注いでいる。



同時刻、葉月はづきも傘の下にいた。

スラックスの裾はびしょ濡れだし、寒いし早く帰りたいがこの状況では誰もそこから動くことはできなかった。

黒塗りの車のヘッドライトに浮かび上がる獣は緑色の縞模様の毛皮を雨にぐっしょりと浸しながらも赤く光る目をらんらんとさせて低く唸り声を上げている。

その巨体は複数台の車でぐるりととり囲んではいるが下手すると車を弾き飛ばすかもしれないくらい分厚く大きな拳を持っていた。

葉月もこの世界に来て多くの珍獣や、葉月と同じただの人間とは違う特性を持った人間を見てきたがこれはまだ見たことのないものだった。

見たことのあるもので近いのは、虎だろうか。緑の体だし目も赤いし規格外に大きいが。


「何なんだこいつは。どっから来やがった」


隣で銃を構える男が言った。はっきり言ってその銃ではおそらく仕留められないが無いよりマシだし急な招集では咄嗟に調達できなかったのだろう。

とにかく来い、デケえもんが暴れてるという雑な要請を受けて急行してみればこれだ。巨体の人間を相手にしたことはあるが四足の獣は相手にしたことがなく膠着状態に陥っていた。


そこへ一台のバイクが乗り付けた。


「麻酔銃、持ってきました!」


獣を囲んだとき、その場で麻酔を使い調べることが決まった。そのために葉月らは獣を取り囲んで逃げぬようにしていたのだった。

麻酔といえど銃だ。手練の男が麻酔銃を受け取り獣に標準を合わせる。

ブス、という分厚い肉に麻酔弾が刺さる音がした。

小さく吠えた獣がよろよろとこちらに寄ってきたが限界だったのかその場に重い音を立てて倒れ伏した。無事に効いたようで獣は動かない。


「よし、確保するぞ…ん?」


獣から不自然な煙が上がり、辺りに強烈な異臭が立ち込める。


「何だこれ…」


獣の毛皮がズルリと滑り落ちたかと思えばむき出しになった肉の部分がどんどんと変色し腐り落ちていく。やがて骨だけになったがその骨もしゅわしゅわとまるで熱い茶に入れた氷が溶けるように小さくなりやがて完全な液体となり、雨に流されて排水溝へと流れていってしまった。

車のヘッドライトがただ何もない濡れた路面を照らし出している。

誰もが沈黙したまま立ち尽くしていた。



それがとある雨の一日に起きた出来事だった。

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