第3話

電話口において朗湖ろうこが語ったところによると


「完結に言うとね姫さん、鍋島のド末端グループのリーダーと付き合っててね。彼といるみたい。よりによってすぎてウケるよね」


と軽い口調で全くウケない答えが帰ってきたのが30分前である。

鍋島組とは因幡組と同業者であるが因幡よりは格下といったところである。しかしそれでも構成員はひけをとらない数を抱えているしいくら格下とはいえこちらに攻め込まれたら総力を持って相対するだろう。巨大組織のぶつかり合いはこの町を混乱の渦に叩き込む。それは避けたかった。

それなのに姫ときたら何を考えているのか、いやいないのか。なにはともあれ父親のあの感度のよさそうな長い耳に入る前に事を治めなければならない。


電話を切って、傍らでまだいらいらしている風の雪姫を見上げる。


雪姫ゆきさん、大変恐縮なお願いがあるのですが私めをお助けいただけないでしょうか」


「やくざのケンカに一般人を巻き込むとかいいんですか?」


雪姫は怪訝な顔でゴム手袋をはめた手を腰に当てて不満げな表情をしている。


「雪姫さんなら因幡の連中も納得しますって。無関係じゃないんだし手伝ってもらえませんかね。それにほら最悪この街が抗争の舞台になったらお店もあがったりですよ」


なんとか思いつく理由を並べ立てれば雪姫はふむ、と考える素振りを見せたが計算は早かったらしくすぐに頷いてみせた。


「仕方ない、手伝ってあげます。ただし!帰ってきたら店内の掃除全部、葉月はづきさんがやってくださいね」



※※※


そして雪姫を伴いやってきたのは周囲を5、6階程度のビルに囲まれた3階立ての古びたビルだ。

昔はいくつか店舗が入っていたようだが今はまるごと鍋島組の下っ端の巣窟になっているようだった。


「殺すとまたちょっと面倒くさいのでなるべく半殺し程度まででお願いします」


「注文つけるんですか?お願いが多いですね〜」


一階入口の自動ドアを開けると、管理人室にいた強面の男が顔を出した。


「あんたら何の用」


「かぐや姫を探してましてね。こちらにいらっしゃると伺ったんですが」


強面の男が背後に手を回した。


「そんなんおらん。帰れ」


雪姫がつまらなそうに髪の毛先をくるくると弄んでいる。


「いることはわかってるんだよ、会わせて」


なるべく穏便な口調で言う。実際事を荒立てたくはないのだから。


「いないって言ってるだろが!何モンだテ」


メェ、と男が呻きながら後ろに崩れ落ちる。男の額には丸い窪みが捺されてできていた。

鞘が白木でできた刀を肩に担ぐと2階へと階段で向かう。

2階の廊下で談笑していた5人の男らが一瞬あっけにとられたような顔でこちらを見た。


「どちらさん?」


「かぐや姫を探しに」


「はぁ?そんなん居ねえっての。帰れ!」


男たちが腰に手をやる。まだ脅しのつもりなんだろうなと思っていると背後から飛び出した影が男たちを吹き飛ばした。雪姫がどこから取り出したのか自身の身の丈よりもある巨大な鉄槌を振ったのだ。


「もう全員同じスタンス、とみていいでしょう」


ラストステージに一人だけ残しておけばいいか、と判断して部屋の扉を勢いよく開け放つ。途端に弾丸が飛んできたので脇に身を隠す。


「どこの組のモンやぁ!」


部屋の中から声が聞こえる。返答する代わりにぽい、と丸いものを投げ入れる。

カッ、と閃光が部屋から漏れた。手を扉の前に出してみるが弾が飛んでくる様子は無さそうなのでするりと部屋の中に入り打って打ち据えて打ちまくった。


部屋から出てくると雪姫が怠そうにぼやいた。


「さっきは退屈すぎて手を出しましたがあなた一人でもどうにかなったんじゃないですか?」


「俺だって一人で行く度胸も力もありませんよ。そこまで自意識過剰じゃない」


そういって艶めく白木の刀を肩に担ぐと3階へと続く階段を上がっていった。できれば抜刀することなく済みますようにと願いながら。



3階に辿り着き奥の部屋を守るべく立ちふさがった男たちを蹴散らし、ドアノブを回す。鍵がかかっていたが蹴破り、案の定飛んできた弾をドアを縦にして弾くとそのまま男を壁に追いやりドアと壁で挟み込んだ。


「もうあんたしか聞ける人いないからいい加減教えてくれませんか、かぐや姫はどこ?ここにいると思ったらいないしさ」


男は苦しげにもがきながら呻いた。


「教えるわけないだろ!リーダーとかぐやちゃんは幸せにならなきゃいけないんだ」


見ていたドラマがつまらないと感じたらすぐに3倍速にするタイプなのでため息をつく。雪姫には見る意味あるかと散々呆れられてきたが一応結末は気になるのだ。


「早く吐いてね」


倍速ボタンを押すかのように迅速な動きだった。ドアを叩きつけて男が持っていた拳銃を落とさせると無防備になった男に一方的に襲いかかる。今までとは違い尋問の意味もあるので気絶させない程度に力を抑えておく。


詳細に記述するにはいささか退屈な描写なので割愛するが男はじわじわと弱っていった。気絶できないように加減しているのでただ苦しみだけが連続で襲い来る。痛みというより精神的ショックで気絶しそうだ。それは困るので手を変えることにした。男の衣服を剥く。


「こちょこちょこちょ」


「んわぁっ」


男はびくんびくんと体を跳ねさせては悶絶していた。どうやら男は擽りに弱いらしい。数分して男の前が尊厳を失う状態になってしまい男は折れた。


「ホクト・ホテルの天空スイート…」


「はい、ありがと」


男を一打して床に転がすと、立ち上がって目的の場所を携帯電話で検索する。

ホクト・ホテルとは月光町で最も高層である夢天タワーの上層にある高級ホテルでありその天空スイートと言えば満点の夜空ビューが楽しめる最上階の部屋である。恋人たちにはロマンチックな気分に浸れて最高だろうがそこに乗り込む立場としては面倒この上なかった。


「いいなーホクトホテル、あそこアフタヌーンティーも美味しいらしいんですよね」


雪姫が携帯電話を覗きこみながら目を輝かせた。


「…今度おごらせていただきます」




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