国盗り

 そこからは執務に追われる日々だった。まずは領地の兵力の強化、魔法を用いた強力な兵装の開発、貨幣の改鋳及び公共事業による経済活性化等、とにかく領地の経済力と軍事力の強化を行う政策を行った。


 領民からなるべく反発を招かないように税を上げて軍事の費用を賄うことはせず、経済を活性化させて税収を増やしたり、足りない場合は公債の発行といった方法をとった。領民は自分達の所得が大幅に上がっため喜んだ。




 そしてレイラがローゼンベルク領の政務にた携わるようになってから5年ほど経った現在ではローゼンベルク領はネールランド王国にあるどんな領地よりも豊かになっていた。


 しかし、それをよく思わないものも多数存在した。その筆頭があの第一王子である。

 レイラを婚約破棄したあと、ヨハンは王として政を行ってきた。しかしこの傲慢な性格が災いし、良心からヨハンを諫めようとしたものは彼の周りを去っていった。


 そうして残ったのは王族の威光を利用しようと集まってきた者達ばかり、行う政策も彼らを利するものばかりで王国民の生活を高めるものにはなっておらず、民衆の不満は高まっていた。

 唯一彼を辛抱強く説得しようとしていたゾフィーすらも疎ましく思うようになり、最後には遠ざけてしまったのだ。

 止める者が誰もいなくなった彼は急速に軍事力の拡大をしたローゼンベルクは叛意ありとして戦争を仕掛けることを決定したのであった。



「お嬢様、紅茶をお持ちしました」


 扉を開けてミーナが私の執務室に入ってきた。彼女の持ってきた紅茶の香りが鼻孔をくすぐり、緊張が解ける。


「ありがとう、さっそく頂くわ」


「どうぞ~」


 ミーナが上機嫌な声で私の目の前に紅茶とお菓子を置く。私は執務の疲れもあったので早速、休憩に入った。


「ミーナが入れてくれる紅茶はおいしいわね。 いつもありがとう」


「いえいえ~、こんなことでよければいくらでも申しつけてください~」


 ミーナは私に褒められたのが嬉しかったのか上機嫌だ。


「ほら、ミーナもこのお菓子食べなさいよ。 とてもおいしいわよ」


「え? いや、いいですよ。 そのお菓子はお嬢様に出すためのものですし」


 などと二人でじゃれ合っているとアルバートが血相を変えて飛び込んできた。


「お嬢様、大変です!!」


 彼のただ事ではない様子に私は頭を切り替え、話を聞く。


「どうしたの? そんなに血相変えてなにかあったのかしら?」


「ヨハン殿下がローゼンベルク家に叛意ありとして討伐すると宣言したそうです」


「!? 王都にいるお父様は無事なの!?」


「なんとか王都を脱出してこちらに向かっているようです。アーライム伯爵の娘が知らせてくれたおかげで逃げられたとのこと」


「ゾフィーが……感謝しかないわね」


 現在父は当主の座を退き、私にその地位を譲って王都で様々な交渉を担当していた。


 そのため普段は王都にいることが多い。今回のようなことになった場合、真っ先に狙われるため知らせてくれたゾフィーには大きな借りが出来てしまった。


「こちらを攻める大義名分は何?」


「近年、ローゼンベルクは発展著しい。だがその発展の成果を軍事力の拡大に使い、王家を打倒しようと画策しているからだと」


「……ほとんど言いがかりに近い理由ね」


「とはいえローゼンベルク領が力を付けすぎたのは事実でしょう。今やこの領地は王国のその他の領地よりも豊かで防衛力もありますから。 あの現王にとって潰したい相手なのは間違いないでしょうね」


「まあ言いたいことは分かるわ。にしても性急過ぎるでしょう」


「ヨハン王は焦ったのかもしれません。ローゼンベルク領が急激に力をつけて影響力を持ったために王家の地位が脅かされるとでも考えたのでしょう。だから難癖に近い理由を付けてでも今回討伐という行動を選んだ」


 アルバートの話が終わると私は盛大な溜息をついた。


「本当、あの王様には困ったものよね、自分勝手な理屈で他人を振り回して」


 自分があの殿下の我儘で婚約破棄をされたのを思い出だしながら、私は溜息を吐いた。


「これからどうしますか?」


 アルバートが今後の方針に付いて私に指示を仰いでくる。


「そうね、ここまで来たらこちらに進軍してくるのを阻止するのがいいと思うわ」


「やはり戦うのですね……」


「ええ、こうなったらもうやるしかないわ。至急兵達に戦闘の用意をするよう伝えて。領地全体で防衛戦を行います」


「かしこまりました」


 彼はそういうと部屋を出て行き、私の指示を実行するために動きだした。


「ついに来たか……」


 私は天井を見上げながら呟く。その声にはどうしようもなく疲れが滲みでていた。


「お嬢様……」


 ミーナが不安そうな表情で私を見る。私は彼女を不安にさせないように微笑みかけ、言葉をかけた。


「大丈夫よ、ミーナ。ここまで強引なやり方を本当にしてくるとは思っていなかったけどこちらは数でも兵装でも向こうよりすでに強くなっているしね。もう私も遠慮はしない、存分にやらせてもらうわ」


そうして椅子から立ち上がり、高らかに宣言する。


「さあ、国盗りを始めましょう」

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