第50話 最終章 一つの物語の終わり そして……11

 だけど、その後、ゼップさんギルドマスターが意外な言葉を聞かされた。

「まあ、こうやって、わしがクルトに教えられるのはこれが最後になりそうだが……」


 ◇◇◇


 僕は驚いた。死なずに済むと言われたばかりなのに、何故、今回が最後なんだ?


 ゼップさんギルドマスターは黙ったままだ。どういうことなんだ?


 代わりに口を開いたのはハンスさんだった。

「クルト君。君はもう死んだことになっているんだよ。その君がロスハイムギルドにいちゃまずいだろう」


 ! その通りだ。この後も僕がロスハイムギルドここにいたら、せっかくのゼップさんギルドマスターの偽装工作がぶち壊しだ。今度こそ本当に国軍にギルドごと潰されかねない。


「全く、八年もかかって、ようやくここまで育ってきた奴を手放さざるを得ないなんざ、わしだってやりきれねえんだよ」

 ゼップさんギルドマスターの言葉に僕はただ頭を下げることしかできなかった。


「明日にゃ、ゼップさんわしとナターリエがクルトおまえさんの偽首を届けに行く。今日の深夜にはロスハイムこの町を出ろ。後、人の口に戸は立てられないからな。このことは限られた奴にしか言えん。ギルド全体への挨拶もなしだ」


「すみません。ゼップさんギルドマスター


ゼップさんわしへの謝罪の前に、もっと他の者に言うべきことがあるんじゃないのか?」


「あっ」

 僕はようやくデリアの視線に気が付いた。


 ◇◇◇


「デッ、デデデ、デリアッ」

 その時の僕はまるでデリアと付き合い始めたばかりのようだった。


「ぼっ、ぼぼぼ、僕とっ、出来たらっ、いやっ、違うっ! 僕と一緒に来てほしいっ!」


 デリアはちょっとだけ驚いた顔をのぞかせたが、すぐに笑顔を見せてくれた。

「はい」


 ハンスさんは苦笑した。

「クルト君。やっと自分でちゃんと言えるようになったね」


 ゼップさんギルドマスターは小さく溜息を吐いた。

「全く手間がかかる奴だ」


 ◇◇◇


 僕たちは他のギルドメンバーが起き出す前に静かにゼップさんギルドマスターの家に向かった。八年間住んだ部屋の名残を惜しむ間もなかった。


 もともと冒険者である僕の部屋に余分なものはない。ザック一つとスピア一本で事足りる。僕の部屋は空き部屋になった。


 デリアはもともとゼップさんギルドマスターの家に住んでいるし、今はやはりそう余分なものは持っていない。ザック一つと鉄の杖一本で足りる。


「また、クルト君、豪快にしでかしてくれたねえ」

 クラーラさんは呆れ顔だ。


「す、すみません」


「まあ、やっちまったことはしょうがない。だけど、私の娘同然のデリアちゃんを連れて行くんだ。しっかり守らないと承知しないよ」


「はい……」

 さすがに申し訳ないという気持ちになる。


「まあ、そうがっかりしなさんな。これでまるっきりロスハイムこっちに帰って来られないわけでもないよ」


「え?」


「そうだろ? ゼップさんあんた


「ああ」

 クラーラさんに問われたゼップさんギルドマスターは淡々と答える。

「あの警備隊の奴は美食と淫蕩のやり過ぎだ。どう見ても体にガタが来ている。まあ、十年、長くても二十年は生きまいよ」


「でも、他の警備隊の人が……」


警備隊奴らはバラバラだ。刺された当人が死んじまえば、クルトおまえさんのことなんか忘れちまうさ」


「そうですか……」

 何か少しほっとしたような、警備隊がそれでいいのかという疑問と複雑な思いだった。


「まあ、わしの方もあと二十年生きられるか怪しいがな」

 ゼップさんギルドマスターは少し寂しそうに笑った。


 ◇◇◇


 夜はすぐにやって来た。そして、ここはロスハイムの城門のすぐ内側。門番はゼップさんギルドマスターの頼みを入れ、場を外してくれている。門番もギルドを信用していて、警備隊には不信感を持っているそうだ。


 並んで立つ僕とデリアの前にゼップさんギルドマスターが選んだ秘密を守れるメンバーが見送りに来てくれた。


「まあ、なんだ」

 口火を切ったのはゼップさんギルドマスターだ。

「十年後の最強パーティーのリーダーをこんな形で失うのはやりきれなかったんだが、考えてみりゃ、これも女神ヴァーゲの思し召しかもしれん。クルトをもっとでかくするためのな」


「……」

 頭が下がった。暴走しまくった僕にここまで気遣いしてもらえるとは。僕もいつかゼップさんこの人のように器の大きな人間になれるのだろうか。


「デリアちゃん。八年間、私たちの娘になってくれてありがとうね」

 これはクラーラさんだ。


「ごめんなさい。クラーラさん、長いことお世話になってきたのに、こんな形で家を出ることになってしまって」

 デリアはクラーラさんにすまなそうに頭を下げる。いや、デリアは悪くない。この事態を引き起こしたのは僕だ。


「何言ってんだい。娘はいつか巣立つものさ。実の娘のシモーネも巣立って行った。そして、今度はデリアちゃんってことだよ。おまけにうちにはカトリナちゃんが来てくれることになったし、娘がどんどん増えるのは嬉しいことさ」

 笑顔を見せるクラーラさんにデリアも涙を浮かべながら、笑顔を見せる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る