第44話 最終章 一つの物語の終わり そして……5

「クルト君。ここはエルンストとカトリナちゃんの二人だけにしてあげてください。私からのお願いです」


 うーん。よく分からないけど、デリアがそういうのなら、今回は諦めよう。後でエルンストかカトリナのどちらかに教わればいいや。


 ◇◇◇


「そして、二つ目の条件ですが……」

 カトリナの言葉にエルンストは緊張している。いや、ギルドメンバーみんなが緊張している。


「私のことは『カトリナ姉さん』と呼んで下さい。そうでなければ『武術』は教えられません」


「……」

 エルンストは絶句した。いや、ギルドメンバーみんな絶句している。


「どうしました? 呼べないのですか?」


「いっ、いえ。『カトリナ姉さん』。よろしくお願いします」


「よろしい」

 この時のカトリナの笑顔は輝かんばかりだった。

「こちらこそよろしくお願いしますね。くれぐれも他の男の子たちが私のことをそう呼んでいるからと言って、私のことを『子ども先輩』とか『チビ先輩』とか言わないように」


 カトリナ。やっぱり容姿が子どもだってこと気にしてるんだなあ。


 ◇◇◇


 瞬く間に三日は過ぎ、僕たちは大野盗団だいやとうだん討伐に出た。総勢五十名だから、ロスハイムギルドの主だったところは総出だ。当然、エルンストは留守番だが。


 ゼップさんギルドマスター曰く

「これで大野盗団あいつらが下手に本格的なアジトを持ってたりしたらきつかったが、そうではないようだ。おまけに略奪した財産の分配で揉めているらしい。三日も現場に残っていてくれて、ついていたな」


 僕は一つ疑問に思ったことを聞いてみた。

「統率の取れていない集団のようですが、よくファーレンハイト商会の一大商隊キャラバンを倒せましたね。どうしてだろう?」


 ゼップさんギルドマスターはちらりとデリアを見て、小さく溜息を吐いてから言った。

「それだけファーレンハイト商会がいろいろなところで恨みを買ってたんだろうな。『ファーレンハイト商会憎し』は共有してたってことだろ」


 あっ! 僕はそこで初めて気付いた。デリアがいる前で、この質問は気遣いが足りなかったと言われても仕方ない。


 だけど、デリアは僕に笑顔を見せてくれた。

「私は大丈夫。クルト君。気にしないでください」


 うーん。僕もまだまだだ。


 ◇◇◇


「いえ、そのことより……」

 デリアはカトリナの方を向いた。

「カトリナちゃん。私の弟エルンストの面倒見てくれてありがとう」


「え?」

 カトリナはここでこの話をされると思ってなかったらしく驚きの表情を見せた。

「いやっ、でもっ、私も楽しくやってるし、大したことないですよ」


「そう」

 デリアは微笑を浮かべる。

「カトリナちゃんも楽しいんだね。それは良かった」


「いやっ、いやいや、でもね。厳しく鍛えてますよ。本当に」


「ふふ。でもね。私はちょっと寂しいんだ」


 寂しい? デリアの言葉は僕にも意外だったけど、カトリナも当惑している。


私の弟エルンストは小さい時から『姉さん』『姉さん』と言って、私の後を追いかけて回ったの。私が家出した後もクルト君に食って掛かるほど、姉さん子だった。でも、この三日間というもののカトリナちゃんとずっと一緒で、私には声もかけやしない」


 ああ、そう言われてみればそうだったかも。


「そういうところは寂しいけど、仕方ないよね。弟は弟なんだから。いつかより好きな女の子が現れちゃうもんだし……」


「なっ……」

 カトリナの顔は真っ赤だ。あらら。そして、大きく首を一回振るとデリアの方を向きなおした。

「デリアちゃん。お言葉ですが、私とエルンスト君あなたの弟はそういった関係ではありません」


「ふふ」

 デリアなんか嬉しそうだよ。エルンストが声かけなくなって寂しいんじゃないの?

「まあ、まだ時間はあるし、じっくりとお願いするね」


「わわわ。『武術』は教えますよ。『武術』は」

 カトリナは真っ赤な顔のまま、絶句した。


 うーん。僕にはよく分からない。


 ◇◇◇

 

 大野盗団だいやとうだんは相変わらず略奪した馬車の周りにたむろしていた。


 全く呑気な奴らだ。襲撃から何日経ったと思ってるんだ。


 それでも僕たちの姿を認めると、喧嘩したり、馬車の中の酒を勝手に飲んでいた連中もこっちに向き直った。


 いよいよ開戦か。それにしても……


 大野盗団だいやとうだんと対峙しているのは全てロスハイムのギルドメンバー総勢五十名である。


 本来、今回の大野盗団だいやとうだん討伐を担うべく警備隊は総勢二十名ほどだが全員がギルドメンバーの後方の安全なところに陣取っている。


 おまけにオッペンハイム商会とフレーベル商会の人間まで同行させている。接収した財産の査定に必要だって言うんだけど、仮にもここは大戦場になるはずなのに、戦慣れしてない人間を財産の査定のために呼ぶのか。


 ふうーう


 思わず溜息が出た。


 すると、何故か僕のすぐそばにいたゼップさんギルドマスターが耳打ちをする。

「クルト。気持ちは分かるが、警備隊の連中が前にいても、戦力にならんし、鬱陶うっとうしいだけだ。大丈夫。わしらだけで間違いなく勝てる」


 僕は苦笑いした。何でも分かっちゃうのかな? ゼップさんこの人には。

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