第43話 最終章 一つの物語の終わり そして……4

「うおおおーっ! 死ねっ!」

 かけ声と共に突進するエルンスト。だが……


 カトリナは屈んでかわし、エルンストの右脇腹を木の杖で強打した。


「うぐおっ」

 うめき声を上げ、背中を丸めるエルンスト。その背中を情け容赦なくカトリナの第二撃が襲う。カトリナの得意技のコンボだ。


「うぐっ」

 倒れ込むエルンスト。そんなエルンストにカトリナは声をかける。

「そう。ロスハイムギルドここのメンバーの半分は女性。そして、そのうち何人も今のエルンストあなたより強い。私もデリアちゃんあなたのお姉さんも」


「姉さんっ!」

 エルンストがデリアを呼ぶ。


「何ですか? エルンスト」

 デリアは冷静だ。カトリナがちゃんと手加減してくれたことが分かっているのだ。


「すぐ僕に『治癒キュア』をかけてっ!」


「大した傷でもないでしょう。大袈裟おおげさですね」


「そうじゃないよっ!」

 エルンストは語気を強めた。

「早くHPヒットポイントを回復してっ! どうしてもカトリナこいつには勝ちたいんだっ!」


「こいつって、そんな失礼な。カトリナちゃん、どうする?」

 困惑顔でカトリナを見つめるデリア。


「いいですよ。デリアちゃん。『治癒キュア』をかけてやってあげて下さい。こうなったら徹底的にやりましょう」


 カトリナの言葉にデリアはエルンストに「治癒キュア」をかけ、エルンストはカトリナに突撃をかけ、またも返り討ちにあった。


 エルンストはその後十回に渡り、突撃を繰り返し、いずれも返り討ちにあった。そして……


「姉さんっ! 『治癒キュア』をっ!」


「もう『治癒キュア』は使い切りました」


 あきれ果てたようなデリアの言葉に、エルンストはカトリナの方に向き直った。

「くそっ! 仕方ない。明日は勝つからなっ!」


「えっ? エルンスト、明日もカトリナちゃんに挑戦するつもり?」


「当然、勝つまでやる」


「今の自己流の武術じゃ何回やっても勝てませんよ」


「そ、そうなの?」

 焦って周りを見回すエルンスト。武術の師匠を捜しているらしい。だけど、みんな目を逸らす。


 僕とはばっちり目が合ったが、これは向こうの方から目を逸らした。自分から大事なデリアを奪った男に教えは請わないか。


 もう一人エルンストから目をらさない者がいた。それはよりによってカトリナだった。


「おいっ、おまえっ! 僕に『武術』を教えろ」


「エルンストッ!」

 さすがにデリアがたしなめる。

「人にものを頼むのにそういう言い方がありますかっ! そこは『カトリナさん。僕に『武術』を教えて下さい』でしょう」


「そ、そうなの。カトリナさん。僕に『武術』を教えて下さい」


 それに対するカトリナの回答は意外だった。

無料ただじゃ嫌ですねえ」


「!」

 エルンストの顔は青ざめた。いかな大商人の次男坊とはいえ、今は一文なしの身だ。

「で、でも、全然お金がないんだ。今は」


 それを見て、カトリナはクスリと笑う。

「お金は要りませんよ。でも、二つだけ条件があります」


「条件? それって?」


「そう。一つ目はエルンスト君。あなたはファーレンハイト商会の次期当主としてではないにしても、将来の有力者として育てられてきたのでしょう?」


「うっ、うん。いや、はい。死んだエトムント兄さんがノルデイッヒに本店を戻して、僕はロスハイムここの支店を任される予定だった」


「では、ある程度の大きさの商会が扱う会計や取引の仕方について教わってますね?」


「うっ、あっ、はい。まだ基礎的なところだけだけど」


「十分です。それを私に教えて下さい」


「え? どうして? 冒険者のおまえ、いや、あなたがそんなことを知りたいの? いや、知りたいのですか?」


「私はね……」

 この時のカトリナは少し寂しそうな微笑を浮かべたんだ。

「今は冒険者として、ロスハイムギルドここにいるけど、そう遠くない先に故郷のカロッテ村に帰って、村長を継がなければならないんですよ」


「!」


「それまでに一つでも多くのことを覚えなければならない。だから、私が知らないことを知っている人は大歓迎なんです」


「え? おまっ、いや、あなたはずっとロスハイムギルドここにいるんじゃないの? カロッテ村ってどこ?」


「それは最初からそういう約束なんです。カロッテ村はここから歩いて三日くらいのところにある郊外の村です」


 「…… カトリナ……さんはずっとロスハイムギルドここにいるじゃない……カロッテ村に帰ってしまう……」


 あれ、呆然としてしまったエルンストをデリアがじっと見ている。今の会話で何か気になることがあったのかな? カトリナがいずれ村長になるためにカロッテ村に帰るのって、デリアもよく知っていることなのに。


「それで、エルンスト君。私にファーレンハイト商会の会計や取引の仕を教えてくれるのですか?」


 呆然としていたエルンストは我に返り、答える。

「あ、はい。僕の知っている範囲で良ければ……」


 この答えにカトリナは笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 あ、よく考えてみれば、僕も大きい商会が扱う会計や取引の仕方について、教わる前にギュンター協会が潰されちゃったから、一緒に教えてもらえると嬉しいな。混ぜてもらおうかな?


 ぐいっ


 そこまで考えた僕の袖をデリアが引っ張った。ど? どうしたの?

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