第42話 最終章 一つの物語の終わり そして……3

 ぐいっ


 僕の右手首はデリアにしっかりと握られていた。


 思わずデリアの顔を見ると、目を閉じて、ゆっくりと首を左右に振った。


 そして、デリアはゼップさんギルドマスターに向かって、淡々と言った。

ゼップさんギルドマスター。ぶしつけながら、警備隊との契約に当たり、一人当たり銀貨五枚に加え、付けてほしい条件があります。言っても良いですか?」


 一瞬、当惑の表情を見せたゼップさんギルドマスターだが、すぐに笑みを浮かべた。

「面白い。言ってみな」


「こうなった以上、ファーレンハイト商会の当主は私の弟エルンスト・ファーレンハイトです。しかし、まだ十一歳の子ども。そのため、この私、デリア・ファーレンハイトが当主の後見人として以下の金額について請求します」


「いくら出せってんだっ?」

 警備隊の男の対応は相変わらずぶっきらぼうだ。


「エルンストが十八歳になるまでの七年間の生活費と学費。一年につき金貨二枚。都合金貨十四枚」


「てめえ、ふざけてんのかっ!」


「私は真剣です。失礼ながら警備隊の皆様は取立人から手数料を取っている上に、ファーレンハイト商会の財産からも収入を得られる。それくらいは出せるはずです」


「誰がそんな金を出すかっ!」


「では仕方がない。交渉決裂ということですな」

 ゼップさんギルドマスターがゆっくりと会話に加わる。

「こちらの提示する報酬を支払うつもりがないということでしたら仕方がない。警備隊の皆様とは契約不成立。ロスハイムギルド我らだけで大野盗団だいやとうだん退治をせざるを得ないということですな」


「うぐっ」

 警備隊の男は言葉に詰まった。だが、すぐに怒鳴った。

「この守銭奴どもがっ! しょうがねえ、一人当たり銀貨五枚と金貨十四枚で契約してやるっ! だがな、ファーレンハイト商会の財産にそこまでの金がなかったら払わねえからなっ!」


 警備隊の男はそこまで言い放つとそそくさと去って行った。もちろん、エルンストは残したままだ。

 

「ふうっ」

 気が抜けたのかデリアは僕にもたれかかってきた。無理もない。交渉事はただでさえ気を遣うのに、ああ分からない相手では。


「おいっ、おまえっ!」

 いきなり僕に突っかかってきたのは、もちろんエルンストだ。

「気安くデリア姉さんに触るなっ!」


 そんなこと言われても、僕にもたれかかっているのはデリアの方だ。急に僕がデリアから離れる訳にはいかない。


「姉さんから離れろって言ってんだっ!」

 そう言うとエルンストは僕に突進してきた。


 思い切りぶつかってきたみたいだけど、僕の体は全く動かなかった。


「このおっ!」

 エルンストは突進を繰り返すが、悪いけど僕には何の手ごたえもない。


 むしろ一年前ノルデイッヒのファーレンハイト商会で叩かれた時の方が衝撃を感じた。この一年、僕は戦闘訓練と実戦を重ねたけれど、エルンストはそういったことを全くやってこなかったんだろう。


「ずるいぞっ! おまえっ! ちゃんと僕の相手をしろっ!」

 それは無理だ。ちゃんと相手をしたら、僕はエルンストを殺してしまうことになってしまう。


「仕方ないですねえ」

 困惑顔の僕を見かねてか、カトリナが前に出て来た。

エルンストあなたではクルト君の相手は出来ませんよ。私が相手してあげます」


「なんだよっ! 子どもは引っ込んでろっ!」


「なっ、こっ、子どもっ?」


 ああ、ああ、エルンストの奴、カトリナが一番気にしてること言っちゃって。まあ、それも無理ないけど。


「し、失礼なっ! エルンストあなただって、子どもじゃないですかっ!」


「僕は子どもじゃないっ! ファーレンハイト商会の当主エルンスト・ファーレンハイトだっ!」


「では、そのファーレンハイト商会ご当主の腕前を見せて下さいな」

 そう言うとカトリナはエルンストに一本の木の杖を差し出した。


「!」


「その木の杖で私と打ち合いをしましょう。まあ、死ぬことはないでしょう。あっても内臓破裂くらい。そして、その時は……」

 カトリナはデリアの方を振り向いた。

「デリアちゃん。お手数かけますが、あなたの弟さんです。『治癒キュア』をかけてやってください」


「うん」

 デリアは僕にもたれかかったまま頷く。

「カトリナちゃん。こっちこそお手間かけるよ。エルンストうちの弟に死なない程度に現実の厳しさってものを教えてやって」


「分かりました」

 カトリナは笑顔で頷く。


「貴様ぁっ!」

 エルンストの顔はもう怒りで真っ赤だ。

「馬鹿にするのもいい加減にしろっ! 貴様なんか一撃で倒してやるっ!」


 エルンストは大上段に木の杖を振りかぶるとカトリナに向けて突進した。


 そして、残念だけどギルドメンバー全員に分かった。ただの力任せの素人技だと。


 ◇◇◇


「ぜいっ、ぜいっ」

 

「ほらほらどうしました? 全然当たりませんよ」


 エルンストの力任せの攻撃をカトリナはたやすくかわしていく。


「もうっ! もうっ! 許さないっ! 貴様は殺すっ!」


「あらあら怖いこと。でも、一発も当たらないじゃあ、殺されることも出来ませんね」


「うるさいっ! 生意気だぞっ! チビのくせにっ! 女のくせにっ!」


「チビはあなたもでしょ。いや、それより問題なのは……」

 カトリナの目が鋭く光る。

「『女のくせに』の方ですね。知らなかったようですが、ロスハイムギルドここはメンバーの半分が女性。そして、そのうち何人もが……」

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