第40話 最終章 一つの物語の終わり そして……1

(最終章は 青年! クルトの視点です)。


 デリアがふらふらと倒れそうになった。


 だから、僕は支えに行った。


 反射的にだ。


 デリアは僕の体にもたれかかった。


 そこで初めて僕は思った。


 これからどうしよう……


 ◇◇◇


 困った…… 思わず周りを見回す。


(しょうがねえな……)

 ゼップさんギルドマスターはそんなような顔をしている。


 ハンスさんとクラーラさんは苦笑いをしている。うーん……


 ◇◇◇


「クルトッ! かまわねえからデリアをおまえさんの部屋に連れて行って休ませろ。いつもは駄目だが今日は特別だ」

 ゼップさんギルドマスターの言葉に僕は驚く。


 そして、すぐに反応できない。


 ギルドの二階の部屋に住めるのは男子のみで、クラーラさん以外の女性は入れないはずだ。ナターリエさんだって入れない。


「クルトッ! 何度も言わせるなっ! デリアは相当精神が参っている。支えてやれるのはおまえさんだけだ。今日は二階には他に誰も上げないようにしてやるから、しっかり支えてこいっ!」


 ざわっ


 一帯がざわめく。


 ギルドの二階の部屋に住んでいるのは僕だけではない。たくさんの独身男性が寄宿しているのだ。


 ハンスさんがにこやかに言ってくれる。

「二階に上がれないんじゃあ仕方ないですね。今夜は一階で飲んで食べて明かしますか。クラーラさん。二階に住んでる若い人たちに料理出してください。お代は全部僕が出しますから」


「何言ってんだい」

 クラーラさんが返す。

「ハンス君一人に払わせられないよ。それくらいギルドで持つさ。カトリナちゃん。それくらいの予算はあるだろ?」


 カトリナも同意する。

「えっ、ええ。今期は大幅な黒字ですから……」


「よーしっ、決まりだっ! じゃあ、みんなテーブルをくっつけてください。楽しくやりましょうっ!」

 ハンスさんの呼びかけにみんなテーブルを動かし始める。


 事態の急展開を僕は茫然として見ていた。


「クルトッ! ぼうっと見てないで、デリアを二階のおまえさんの部屋で休ませろっ!」

 ゼップさんギルドマスターの一喝に、僕はようやく二階の自分の部屋に向かって歩き出す。


 デリアは僕にもたれかかったままだ。


 そして、僕はデリアを支えたまま、二階への階段をゆっくりとのぼって行った。


 ◇◇◇


 僕はデリアを自室のベッドに寝せると、取りあえず自室に一脚しかない椅子に座った。


 さて、これからどうするか。階下で水を一杯もらってこようか。


 そう考えた僕が席を立ち、自室の扉を開けようとした時、後ろから声がかかった。


「クルト君……」


 ◇◇◇


 ぎくりとした。潤んだ瞳…… 乱れた髪…… 上気した頬……


 魅入られるように彼女の…… デリアの顔を見つめてしまった。


 そして、そこから視線を外せなくなってしまった。


「クルト君……」


「はい……」


「どこへ行こうって言うんですか? ここに…… ここにいて下さい……」


「はい……」


 ◇◇◇


 もう、僕はここから離れられない。どこにも行けない。自然にそう思った。


 デリアの瞳も僕をとらえたままだ。


「クルト君……」


「はい……」


「ここに…… 私のところに来て下さい」


 その言葉と瞳に導かれれるように、僕は椅子ごとベッドのそばに近づいた。


「そうではありません」


 ぎくりとした。デリア、君はやはり……


「私のところというのはここのことです」

 デリアはそう言うと、彼女を覆っている毛布を僕に向けて、めくった。


 ◇◇◇


 デリア彼女の言わんとしていることが分からない僕ではない。


 僕も彼女も十八歳。成人だ。自己の責任でそういうことのできる齢だ。


 ゼップさんギルドマスターやハンスさんの配慮だって、そういうことだろう。それに、デリアの後見人たるクラーラさんも止めはしなかった。


 そして、僕自身もそういうことをしたくない訳ではない。だけど……


「ごめん。デリア。今は君のところには行けない」


 ◇◇◇


 がばっと起き上がったデリアは僕の胸倉をつかんだ。

「何故ですっ? 私では……私では……クルト君の相手は出来ないと言うのですかっ?」


「そうじゃないよ」 

 僕は胸倉をつかまれたまま、ゆっくりとかぶりを振った。

「デリア。今の君はいつもの君じゃない。あまりもの衝撃的な出来事に気持ちが揺らいでいるんだ」


「!」


「正直に言う。僕は君が欲しい。でも、今は嫌だ。衝撃的な出来事で君の気持ちが揺らいでいることに乗じて思いを遂げるなんて嫌なんだ」


「……」


「君が好きな気持ちには変わりがない。だから、君に笑顔が戻ったら……あの、えっと、こちらからお願いします」


「もうっ!」

 デリアは僕の胸倉が手を放すと右手で僕の頭をはたいた。

「このいけずっ! 唐変木っ! クソバカ真面目っ!」


 僕はそのまま頭を下げた。

「面目ない……」


「でも仕方ないですよね。そんなクルト君が好きになっちゃったんだから……」

 デリアはこう言うと僕の頭を両手で抱えると柔らかい唇を僕の唇に押し付けた。


「今日はこれで許してあげます。これで今日は寝ます。でも、さっきの約束は忘れないでくださいね」

 デリアは唇を離すとそう言って、またベッドで横になった。


「えーと、約束ってなんだっけ?」


 それを聞いたデリアは真っ赤な顔になった。

「もうっ! 私に笑顔が戻ったら、クルト君から誘ってくれるって話でしょうっ!」

 そして、頭から毛布をかぶった。


 そうだった。どうも僕はこういうところが気が利かない。また、ゼップさんギルドマスターにどやされそうだな。ハンスさんには苦笑いされそうだし。

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