第27話 第4章 少女冒険者 嵐の前の恋と戦いと2

 右前方からナイフを持って襲いかかる敵は完全無視。全力を込めて、左前方の敵の左顔面に杖をぶつける。


 左前方の敵は声もなく倒れていく。仕留めた。だが、右前方の敵の私の背中への攻撃は回避できない……


◇◇◇


「この野郎がっ!」

 私の背後から攻撃してきた敵にクルト君がスピアの穂先で心臓を貫く。


 だけど、クルト君は自分の担当していた三人の敵を倒して、こっちに来てくれた訳じゃない。もともとクルト君が相手していた敵のうちの一人がクルト君にソードで斬りかかる。


「ぐっ!」

 回避したので致命傷にはならなかったが、相当の手傷だ。


 駄目だ。焦るな焦るな。ここは無理しても敵を足止めせねば……


冷凍アイス」「冷凍アイス


 やはり、集中の度合いが弱いから、敵を完全には仕留められない。だけど、時間稼ぎにはなった。大急ぎでクルト君に駆け寄る。


治癒キュア」「治癒キュア

 私の「魔法マジック」にクルト君は頷くと、背後から斬りかかった敵にスピアで突きかかる。それを見た残る二人の敵がクルト君の背後を襲わんとする。


 もう、私は「魔法マジック」を使い切ってしまった。残るはこの杖だけだ。私は杖を真正面に構えた。


 ◇◇◇


 クルト君のスピアの穂先が敵の心臓を貫いたのと私の杖が敵の首の骨を叩き潰したのは、ほぼ同時だった。


 残る一人の敵はそれを見ると逃走した。と言っても、やっと逃げているという感じだった。自分で思ったより「冷凍アイス」は効いていたらしい。


 ◇◇◇


「デリア……」

 クルト君はふらふらしながらこちらに向かって歩いてきた。


「駄目」

 私は思わず言った。

「共倒れになっちゃいます。私より自分に先に『治癒キュア』をかけて」


 クルト君は頷くと、自分に四回「治癒キュア」をかけた。


 そして、私にも「治癒キュア」を三回かけた。


 元気は出たが、もう、私は「魔法マジック」を使い切った状態だ。このまま進むのは危険だ。


 私は言った。

「ねえ。クルト君。あそこに行ってみませんか?」


 ◇◇◇


 あそこ。二年前、クルト君が私に告白してくれたあの廃屋。


 お世辞にもかっこいい告白とは言えなかったけど、でも、凄く嬉しかった。


 疲労や負傷は「治癒キュア」で回復もできるが、さすがに気疲れはある。私は廃屋に着くと、座り込んだ。


 あれから二年たったが、廃屋はあまり変わっていない。屋根には私が「雷光サンダー」で開けた大穴がまだ残っている。


 廃屋のまま放置すると、また、「魔物モンスター」や野盗の隠れ家にされるから撤去した方がいいという意見があった。


 また、きちんと整備して、商人や冒険者の正式な休憩所にするべきという意見もあった。


 だけど…… そのままになっている。意見を言う人はいるが、実行に移す人…… もっとはっきり言ってしまうと、お金を出す人、出せる人が誰もいないからだ。


 でも、今はそんなことはどうでもいい。あの日と同じ満天の星空の下、クルト君と二人きりでいられる。


 今はそれだけでいい……


「デリア……」

 クルト君が不意にこちらを向いた。いつになく真剣な表情だ。こっ、これは……


◇◇◇


 クルト君の顔が近づいてくる。かすかに震えてもいるようだ。いや、私だって震えている。


 間違いないっ! キスしようとしているっ! あのクルト君がっ!


 あのクルト君。そう、あのクルト君がである。相当な勇気を振り絞ったのだろう。通常の戦闘の何倍もの勇気を……


 これは応えてあげないと…… 私だってクルト君が大好きなんだ……


 私は目を静かに閉じ、自分の口を突き出した。そこには力がこもって


…… ……

  

…… ……


…… ……


ガチッ


音がしました。何の音でしょう?


 正解はクルト君と私の歯と歯がぶつかりあった音です。


…… ……

  

…… ……


…… ……



 ◇◇◇


 思わず二人とも自分の口を押えて、黙り込んで下を向いた。


 正直に言うとこれは「ファーストキス」としては「ノーカウント」にしてもらいたい。


 しばしの沈黙。だけど……


「ぷっ」

 何か笑いが込み上げてきた。

「ふっふっふ。あーはっはっは」


 もう駄目だ。止められない。私は大笑いを始めた。


 クルト君はしばらく呆然としてそんな私を見ていたが、やがて、一緒になって笑い出した。


 ふふふ。どうして私たちはこうなのだろう。でも、これが嫌でないから、困ってしまう。


  ◇◇◇


「ねえ、クルト君。クルト君はこれから先どうしたいのですか?」

 そんな質問が自然に出た。今までなかなか出来なかった将来に関する話だ。


「僕はもっともっと強くなりたい」


「それはよく分かっています。他の将来のことです」


 クルト君は当惑の表情を見せた。だけど、ここで引き下がったら、今までと同じである。私はしっかりとクルト君の目を見据えた。


「ぼっ、ぼっ、ぼっ、僕はデリアと……」


 うわ、また、トリップしそうになってる。もう十七歳でしょう。また、背中叩きましょうか?


「僕はっ! デリアとずっと一緒にいたいですっ!」


 うん。良く言えました。背中を叩かずに済みました。

「ありがとう。私もクルト君とずっと一緒にいたい。でも……」

 

「?」


「クルト君はずっとロスハイムのギルドにいるのでいいの? 私はもうファーレンハイト商会には帰れないし、ロスハイムのギルドあそこが好きだから、ずっといたいとも思う。でも、クルト君はどうなの?」


 クルト君はしばらく無言のまま考え込んだ。

「…… 分からない」


「!」


「今は分からない。強くなることで頭がいっぱいだから。でも、何か思うことがあったら、必ず話す。今はこれでいい?」


 私は大きく頷いた。

「うん。今はそれでいい。でも、何かあったらすぐ言って」

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