第14話 第2章 新米ギルド受付嬢の呟き6

 私はとうとうやってしまった。


 この仕事で一番やってはならないことを……


 クエストコンプリートの報酬の額の分配を間違えたのだ。


 冒険者はクエストに命を懸けている。その報酬を間違えることは許されることでは……ない……


 間違えたのは……ハンスさんとナターリエさんのいるパーティーの報酬……


 ◇◇◇


「まあ、この仕事に就いてまだ一ヶ月だし……前のシモーネさんは十五年もやってたし……」

 

 そんなハンスさんの言葉をナターリエさんはさえぎった。

「一ヶ月とか十五年とか、そんなものは関係ない」


「……」


「その仕事で報酬を得ている以上、その仕事のプロ。一か月だから間違えてもいいと言うのは逆にデリアさんに失礼になる」


「……」


「このことは一番やってはならない間違い。戦闘現場で一番やってはならない間違いをすると……」


「……」


「死ぬ。一つしかない命がなくなる。そういう人間も何人も見て来た……」


 そのとおりだ。返す言葉もない。私はうなだれた。


 ◇◇◇


「ナターリエちゃんの言うことはもっともだ。このことは一番やってはならない間違いだ。だが、デリアちゃんこの娘は私の娘だ。今回だけはこの件、私に預けてくれないか?」


 事態を見守っていたクラーラさんがゆっくりと吐き出した言葉に、ナターリエさんは頷いてから返す。

「分かりました。だけど…… 二度目は…… ありません」


「ああ。分かっているよ。二度目は…… ない……」


 ◇◇◇


 クラーラさんはうなだれる私を家に連れ帰り、一杯のお茶を勧め、ゆっくりと飲むよう言ってくれた。


 私は言われたとおりにし、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。


 クラーラさんは穏やかに、だけど、キッパリと言った。

「自分でも分かっているだろうから一度しか言わないよ。もう一度、クエストコンプリートの報酬の額の分配を間違えたら……」


「……」


デリアちゃんあなたを解雇して、実家に帰さなければならない。どんなにデリアちゃんあなたが嫌がってもね」


「……」

 私は黙って頷いた。


「さてっ」

 クラーラさんは口調を急に明るくすると、私に笑顔を見せた。

「そうは言っても、今抱えている悩みをそのままにしておくのもキツイよね? この場で吐き出してごらん」


「はっ、はい」

 私はそう言ったが、やはり、この話をするのは恥ずかしかった。


 すると、クラーラさんは更なる笑顔を見せ、こう言ったのだ。

「話しちゃいな。クルト君が好きなんだろ?」


 私は赤面した。


 ◇◇◇


 途端にクラーラさんは大笑いを始めた。

「はっはっはっ、バレバレだよ。気が付けば、クルト君見てるんだから……」


「……」

 私には返す言葉が見つからない。


「そのこと自体は悪いことでもなんでもない。私もゼップ亭主とは受付と冒険者で付き合ったし、シモーネグスタフ娘婿もそうだ。ハンス君とナターリエちゃんは冒険者同士だけどね」


「はあ」


「話しちゃいな。秘密は守る……と言いたいところだけど、今のデリアちゃんじゃ私が黙っていても、気づく人は気づくよ。クルト君に気があるってことをね」


 その言葉に私も心を決めた。思っていることを全部話そうと。


 ◇◇◇


 クラーラさんは私の話すことをずっと笑顔で聞いていてくれ、私の話が一段落ついたところで、初めて口を開いた。

「さあって」


「……」


「このまま思いを胸に秘めるのと、思い切って告白するのと、デリアちゃんにとってどっちがいいと自分では思うかな?」


「……」

 私は長考に沈んだ。断れたらどうする? いや、クルト君は私と話すとそもそも目を逸らす。私のこと嫌いなのかも…… では、このままで…… いやいや、このまま何もせずにいて、クルト君とカトリナさんが付き合い始めたら、私の気持ちは耐えられるのか…… 精神的に動揺して、今度こそ取り返しのつかない失敗をしてしまうのではないか……


「……」

 私の心は決まった。でも……


「ふふ。どうやら決心がついたようだね。話してごらん……」 

 クラーラさんは満面の笑顔だ。


 ◇◇◇


「私はクルト君に直接気持ちを伝えようと思います。だけど、一つだけ気がかりなことが……」


「話してごらん」


「うまく行くにしろ、行かないにしろ、私はそのことを受け止め、ここの仕事を続けたいのです。でも、私の行動がここのギルド全体の和を壊すようなことになるのではないか…… それだけが気がかりなんです」


「……」

 クラーラさんは腕を組んだまま、下を見つめ、何かに耐えている風だったが、やがて……


 ◇◇◇


「くっくっくっ、ぶわあっはっはっはっ」

 おもむろに顔を上げると、さっきを上回る爆笑を始めた。


「えっ? えーと…… 何がそんなにおかしいのでしょう?」


「ぶはははっ、クッ、クルト君も、クソがつく真面目だけど、デッ、デリアちゃんも負けてないわ」


「はっ、はあ」


「ははは、あなたたち、ある意味、ほんっと似た者同士だわ。これはうまく行くかも…… でね」


「はい」


「ギルドの和なんてものはね、私ら大人に任せときな。伊達に長く生きちゃいないよ。こんなことでひねくれたりする奴は気合入れて、根性叩き直してやるっ!」


「はあ」


「だから行けっ! 若人わこうどよっ! 悔いを残すなっ!」


 あのクラーラさん。お酒はたしなまれてませんよね?

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