第12話 第2章 新米ギルド受付嬢の呟き4

 それでも、二時間後には慌ただしい日常はすぐに帰って来た。


 ひっきりなしに来るクエストの要請。それを請け負うギルドメンバー。


 食事の注文もどんどん来る。クラーラさんも大わらわだ。


 お金が絡むことだ。間違えてはいけない。だが、人を待たせ過ぎてもいけない。


 疲れていても対応は丁寧に。但し、クエストは受ける冒険者も命懸け、無茶な要請は毅然とした態度で断ることも必要。もっともこれは、そういう状況になったら呼ぶようにとクラーラさんから言われている。


 どうにも性質たちの悪い顧客はゼップさんの判断の下、ギルドに出入り禁止にもするそうだ。


 初めて「見習い」の取れた一日、いや、半日は嵐のように過ぎた。


 私はもうクタクタだった。


 しかし、クラーラさんは流石と言うか、こんな日でもゼップさんとご自分、そして、私の分の夕食をしっかりと作ってくれた。


 私は夕食をかき込むと、倒れるように眠りについた。


 その時、思ったことは、明日からはこれが毎日一日中続くことと、クルト君、どうしているかなということだった。くそっ。


 ◇◇◇


 一週間後、グスタフさんとシモーネさんをオーベルタールに送り出し、中が空っぽになった馬車と、それを護衛したメンバーが帰ってきた。


 何事もなかったかと問うゼップさんに、ハンスさんは苦笑して答えた。

「かかって来ましたよ。馬鹿な野盗が……」


 ハンスさんの話だと、野盗は数を頼みに襲撃してきたそうだ。


 ハンスさん、クルト君たち精鋭ギルドメンバーはさすがに苦もなく倒していくが、如何せん数が多い。


 追い返すのに時間がかかっていると、新郎グスタフさんの血が騒ぎだしてしまった。

 

ソードを出せっ! 俺もやるっ!」

 そう言うが早いか、外に飛び出し、ソードを振り回す。


 パッツンパッツンとはいえ、燕尾服を着用しているグスタフさんはメンバーの中で一番お金を持っていそうに見える。


 野盗たちはグスタフさん狙いに切り替えた。


 だが、それはグスタフさんにしてみれば、渡りに船もいいところだった。


 大喜びでソードを振り回し、敵を次々倒していく。


 高価な燕尾服は激しい戦闘で、あっという間にボロボロになり、シモーネさんはあきれ顔だったそうだ。


 二時間くらいで、野盗は武器を投げ捨てて、逃走。クルト君は負傷したメンバーに治癒魔法をかけて回ったけど、全員が軽傷。


 グスタフさんは野盗が投げ捨てていった武器を拾い集めて高笑い。

「はっはっはっ、野盗の奴らが、この俺に結婚祝いをこんなにくれたぞっ!」


 それを見たシモーネさんは大きな溜息。

「野盗の使っているような武器全部売っても、グスタフさんあんたがボロボロにした燕尾服代に足りないけどね……」


「全くあいつは俺の弟子の中で一番の不肖の弟子だわ。シモーネの奴、余計な苦労しなければいいが……」

 そんなゼップさんに笑顔を見せるクラーラさん。

「大丈夫だよ。あんた。あたしたちのシモーネは、これくらいで参るタマかね?」


「ま、そりゃ、そうか」


 ◇◇◇


 ギルドの精鋭メンバーが帰ってきたので、私の受付の仕事はより一層慌ただしくなった。


 だけど、ここが腕の見せ所!


 クルト君の相手をする時は、シモーネさんに負けないほどの笑顔を見せるんだっ!

「はいっ、コボルトの討伐クエスト受領ですね。頑張ってください。クルト君」


「うっ、うん」

 クルト君はようやく聞き取れるくらいの小さな声で返事をすると、ぷいと目を逸らした。むむっ。


 嫌われている? いや、そんなことはないはず。もともと自分から人を嫌いになる人じゃないし…… うーん。分からない。


 後からクラーラさんが一連の光景を見て、笑っていたと教えてくれたけど、その時の私には本当に意味が分からなかった。


 ◇◇◇


 ふとクルト君の方を見ると、先日、ギルドに入ったばかりの三人の少年と話している。


 どうやら、クルト君に自分たちのパーティーに入ってもらい、ちょっと無理目の「討伐クエスト」をやりたいらしい。


 そんな三人をクルト君は優しく諭す。

「もし、僕が君たちのパーティーに入れば、君たちは僕を頼ってしまうだろうし、僕は君たちをかばって、何もさせないようにしてしまうだろう。それでクエストをコンプリートしても、君たちの力にはならないよ」


「……」


「まずいのはそれで成功したとなると、今後も自分よりかなりレベルが高い者のパーティに入ろうとする癖がついてしまうことだ。レベルが高い者もいい人間ばかりではないよ。レベルが低い人間を囮に使ったり、クエストの報酬や得たアイテムを渡さないのもいる。真の実力を養わないと、そういう人間に利用されて、死んでしまうことになりかねない。命は一つしかないんだよ」


「……」


「今はつらくとも、比較的安全な『配達クエスト』を数こなした方がいい。君たちが本当の意味で強くなったら、僕の方からパーティーに入れてもらうよ」


「…… クルトさん」


「ん?」


「でも、僕たち、クルトさんのように強くなりたいんです」


 クルト君はぎこちないながらも笑顔を見せた。

「なら、治癒魔法のコツやスピアの使い方なら教えてやれるよ。夜、ギルドの僕の部屋に来ればいい」


「はいっ、お願いしますっ!」

 三人の少年は元気に返事をした。


 悔しいけど、クルト君はやっぱり素敵だ。私は会話の間、ずっとクルト君に見惚れていた。


 あっ! また、目が合った。あっ! また、目を逸らした。


 なんなのよ。もう。


 

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