第9話 第2章 新米ギルド受付嬢の呟き1

 (この章はデリア視点に変わります)。


 全くもう悔しいっ!


 ロスハイムのギルド受付見習いになって二日目。


 とは言っても、今のギルド受付のシモーネさんは明日いっぱいで退任することになっているから「見習い」なんて言っていられるのは、今日明日だけだ。


 一刻も早く少しでも多くのことを覚えなければならない。


 なのにっ!


 気が付けば、私の目はまたクルト君を追っている。


 そんなことをしている場合じゃないっ! って自分で自分に言い聞かせているのだけれど、気が付くと、やはり…… 追っている!


 更にだっ! クルト君は私が彼を目で追っていることにまるで気が付いていない。


 これは彼が多分に鈍感であることもあるのだけれど、彼が別のものを目で追っているという理由の方が大きい。


 クルト君が目で追っているもの……


 それはシモーネさんである。


 悔しいが、本当に悔しいが、シモーネさんは同じ女の私の目から見ても素敵だ。


 最大の魅力は、何と言っても吸い込まれるようなあの「笑顔」。


 おまけに仕事はバリバリに出来て、厳しいくせに、それ以外では凄く優しいって、憧れもするけど、何それ? 反則だよとも言いたくなる。


 夕べなんかシモーネさんがグスタフさんと結婚するので、このギルドの受付嬢を辞めて、オーベルタールの街に行くと聞いたギルドのメンバー五人がぐでんぐでんに酔っ払って「シモーネさん。まだ間に合うっ! あんな酔っ払いのグスタフとの結婚なんか止めて、新任のデリアちゃんと二人で受付嬢続けてくれっ!」と絡んだのも、笑顔でいなしていた。


 そして、その時、遠目でじぃっとその光景を見ていたのがクルト君…… はあっ。思わず深い溜息がでちゃうよ。


 いやっ、いけない。いけない。いつまでもこればっかり悩んでられない。


 ロスハイムのギルドの受付だって、両親の猛反対を押し切って、やっとなれたのだ。


 ことに父親からは、何らかのトラブルがあったら、すぐに実家に戻して、花嫁修業を再開させるときつく言われている。


 やっとの思いで就けたこの仕事、失ってなるものか。


 ◇◇◇


 二日目は瞬く間に過ぎ、私はお世話になっている家に帰った。


 実家のあるロスハイムに帰って来たとはいえ、実質、実家とは喧嘩別れ状態の私は実家には戻れないし、戻りたくもない。


 クルト君は相変わらずギルドの建物の二階に間借りしている。彼に限らず、若い男の子はそういう人が多い。いいクエストが入った時、一刻も早く受注してしまうためだそうだ。


 グスタフさん曰く「クルトの奴はもう中堅どころでも上の方なんだから、自分で家借りてもいいんだけど、あいつは『自分はまだまだだから』と出ようとしないんだよなー」とのこと。


 本当に真面目なんだから…… まあ、そういうところがいいんだけど……


 ただ、やはり、若い男の子ばかりのところに、私のような小娘が入るのは良くないだろうということで、私はギルドの隣にある家にお世話になっている。


 実は、この家はシモーネさんがご両親と住んでいる家なのだ。


 シモーネさんのお父さん、ゼップさんはここのギルドマスター。かつてはあのグスタフさんを鍛えた冒険者だったそうだ。もっとも、グスタフさんは若い頃からゼップさんの言うことを聞かず、無茶ばかりしていたそうだが。


 お母さんのクラーラさんはやっぱりシモーネさんのお母さんだなあって感じ。


 吸い込まれるような笑顔と包み込むようなおおらかさ。


 いい年のとり方したんだなあと思う。こういう大人になりたいとも思う。


 それでも、クラーラさんはいよいよ一人娘のシモーネさんが結婚して家を出るとなった時、ひどく落ち込んだそうだ。


 見かねたシモーネさんが私にこの家に住むことを勧めてくれ、私が応じた時の、クラーラさんの喜びようと言ったら、なかったとのこと。


 ギルドでは私のことを「このは私のむすめ同然で、シモーネの妹分だ。変なちょっかい出したら、承知しないよ」と紹介してくれたので、かなり助けられている。


 あ、クラーラさんが私のことを呼んでいる。夕食だろうか。


 ◇◇◇


 その晩の夕食は豪勢だった。クラーラさんが腕によりをかけた品ばかりだ。

「さあっ! シモーネもデリアちゃんもたくさん食べてっ!」


「勧められなくてもいただくよ。オーベルタールあっちに行ったら、人に食事を作ってもらえることなんて、そうそうなくなっちゃいそうだし」

 シモーネさんも笑顔で応じる。


 明日の正午に出る馬車でオーベルタールに行くのだ。


 護衛はグスタフさんが「そんなものはいらん。野盗なんざ、俺が一人で追っ払ってやる」と息巻いたものの、新郎自ら戦うなんて聞いたこともないとのことで、ギルドの有志がボランティアで務めることになった。


 もちろん、クルト君は護衛のメンバーに入っている。というか、もはや、護衛のメンバーの中でもリーダー格らしい。

 

「いただきます」

 席に着いた私は豪勢な食事の前で両手を合わせた。


「ねえ。デリアちゃん」

 シモーネさんは私の方を振り向いた。

 

「はい」


「分かってると思うけど、ギルドの受付の仕事も三日で引き継げるほど、単純じゃない」


「はい」


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