第4話 第1章 感情を失った少年戦士が笑顔を取り戻すまでのお話4
シモーネさんは特別にギルドの受付窓口を一時的に閉めて、僕たちを町の城門まで見送ってくれた。
「くどくて悪いけど、危険なことには変わりない。何かあったら、まず『逃走』を試みるんだよ」
シモーネさんのその言葉に僕たちは頷いた。
城門を出れば、そこは樹木の点在する草原だ。後は運任せ。野盗に出会わずにノルデイッヒに行けることを祈るだけだ。
◇◇◇
僕の運はやはり良くなかった。
考えてみれば両親を野盗に殺されて孤児になった身だ。運がいい訳がない。
その野盗は下卑た笑いを浮かべなから近づいてきた。
「逃走!」
駄目だ。僕の真後ろのデリアは足がすくんでしまっている。
「大人を舐めちゃいけないな。後ろの娘。わざと汚い恰好させているようだが、いいとこの上玉だな。こっちは匂いで分かるんだよ」
「くっそうっ!」
僕は野盗の心臓を狙い、
ちゃんと狙いを定めて……と自分に言い聞かせたんだけど、やはり、最後は目をつぶってしまった。
◇◇◇
「このクソガキーッ!」
素早く
「大人しく娘を渡せば、命だけは許してやるつもりだったが、もう許さん。ぶっ殺してやるっ!」
野盗は右手にナイフを構えると、出血している左腕をだらりと下げたまま、僕に襲い掛かって来た。
もちろん、僕は次々に
「
野盗のナイフの一撃は僕の左脇腹をえぐった。
だが、その際に僕が夢中になって突き出した
「ぐおっ」
よろめいた野盗の腹部を僕は必死になって何回も突いた。そのうち、一つが動脈を切ったらしい。
野盗は噴水のように血を吹き出し、倒れた。
僕はその場に立ちすくんだ。
後ろから「キャーッ」という悲鳴が聞こえてきた。
デリアはようやく事態を飲み込んだらしい。
「クルト君。お腹から血が……」
デリアは僕の左脇腹を指差した。
「大丈夫だよ」
僕はデリアを制してから、呪文を唱えた。
「
やはり一回では止血はしても完治はしないか。
「
うん。これで完治した。
僕は倒した野盗の懐をあさり、銅貨二十枚を手に入れた。
僕は呆然として見ているデリアに声をかけた。
「デリア。これが現実だ。怖くなったかい? ここならまだロスハイムからそんなに遠くない。引き返すこともできるよ」
デリアはしばらく固まっていたが、やがて、
「引き返さない。私はノルデイッヒに行きます」
「そうか。じゃあ、時間がもったいない。行くよっ」
◇◇◇
ノルデイッヒまでは僕の足で二日の行程だ。当然、夜をはさむ。
そして、夜は危険だ。火を焚けば街道沿いにいるようなモンスターは人間を恐れて近づいて来ない。だが、野盗からしてみるとそこに標的がいるという目印になるのである。
もっとも野盗だって馬鹿じゃない。考えなしにパーティーを襲撃すれば、逆に命を失う。
僕は考えに考えた末、火は盛大に焚くことにした。
野盗なんか恐れていないぞとアピールしたのである。
それは功を奏したようで、野盗の影は見えなかった。足元ではデリアが熟睡している。
よほど疲れたのであろう。ノルデイッヒまでは
当然、デリアにしてみれば、強行軍もいいところである。
本来、夜の見張りは交代でするものだ。デリアもそれを言ったが、僕は休ませた。
最悪、僕は「
デリアは安心しきった顔で寝ている。
「全く……可愛いもんだ」
僕は自分の口から「可愛い」という単語が飛び出したことに少し当惑した。
◇◇◇
翌朝、僕たちは日の出と共に出発した。
デリアは僕が寝ていないことをしきりに気にしていたが、僕は「大丈夫」と繰り返した。
僕の目指すのは「僧侶戦士」。戦えて、自分の負傷、体力低下、状態異常を何とかできるそんな戦士だ。
それをデリアに話すと、デリアは不思議そうな顔をして、こう尋ねて来た。
「その『僧侶戦士』って人、他にもいるんですか?」
僕は少し逡巡したこう答えた。
「いない。僕が初めてなるんだ」
デリアはしばらく絶句していたが、やがて大笑いし始めた。
唖然とする僕を尻目にデリアは続けた。
「凄いです。クルト君ならきっとなれます。私も応援します」
僕は褒められたような、からかわれたような、何だか不思議な気持ちだった。
◇◇◇
太陽は僕たちの真上にある。時刻は正午頃か。
「いるっ!」
僕は気が付いた。さっきから僕たちの後をつけている奴がいる。
僕はデリアの顔をまじまじと見つめると、小さい声で言った。
「つけられている。何とか振り切りたい。走れる?」
デリアは黙って頷いた。よしっ! 「逃走」だっ!
僕はデリアの手を取り、走った。
デリアも必死でついてきてくれた。繋いだ手のひらはじっとりと汗ばんだ。
振り切った! 一瞬、僕はそう思った。
だが、次の瞬間……
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