第5話 第1章 感情を失った少年戦士が笑顔を取り戻すまでのお話5

 嫌らしいの滲み出た下卑た笑顔を浮かべた野盗が待ち構えていた。


 くっ、挟み撃ちか。それにしても、野盗って奴はどうして、どいつもこいつもこう下卑た笑いを浮かべやがるんだ。


「ご苦労さん。大人しく後ろの娘を渡してくれれば、命だけは助けてやるよ。他に全財産も、もらうがな」


「くそっ」

 僕はスピアを野盗に突き出した。


「おおうっと、どこ狙っている?」


 駄目だ。まだ、呼吸も整っていない。当然、敵にも刺さらない。


「おらおら、どうした。刺してみろっ!」

 野盗は挑発してくる。だが、向こうからは攻撃してこない。追いかけてくる味方を待っているのか?


 だとすると、早めに今いる野盗を倒してしまわなければならない。デリアをかばいながらの二対一はかなりきつい戦闘になる。


 しかし、前方の野盗は僕の攻撃に対する回避に専念している。そういった敵を倒すのはかなり難しい。


 僕はそれでも必死になって、スピアを野盗に突き出した。

「当たれっ! 当たれっ!」


「ははは。当たるものか」


 そして、とうとう後方からもう一人の野盗が姿を現した。


 ◇◇◇


「デリア。これから僕は色々な動きをする。でも、絶対に僕の背中から離れないで」


 僕の呼びかけにデリアは真剣な表情で頷く。そして、両手で「ひのきのぼう」を力の限り握っている。


「ははは。こっちの仲間が来たな。決断がおそかったな小僧。おまえには死んでもらう」


 前方の野盗が僕の懐に飛び込んで来た。


 ◇◇◇


 前方の野盗の振ったナイフが僕を襲う。


 スピアの柄でブロックしようとするが、間に合わない。僕の右の二の腕がえぐられる。


「くっ、治癒キュア

 治癒魔法で止血する。出来ればもう二回治癒魔法をかけて完治させたいところだが、相手は待ってくれない。


 後方の野盗がデリアを略取せんと突進してくる。


 僕は向きを変え、スピアで後方の野盗を狙う。


 後方の野盗は左に回避する。


 僕もそれに合わせて、左に旋回する。


 今度は前方の野盗がデリアを略取せんとする。


 僕はあわてて右に旋回し、スピアで前方の野盗を狙う。


 その隙を突き、後方の野盗のナイフが僕の左脇腹を狙う。


 左足を蹴りだし、後方の野盗を蹴らんとするが回避される。


 これでは埒が明かない。僕の体力が持たない。どうすればいいのだ。僕の頭に血が昇る。


 ◇◇◇


 不意にグスタフさんの言葉が脳裏に蘇った。


「いいか。クルト。苦しい時こそ冷静になれ。焦ったら最後のチャンスも逃げて行く。そして、ピンチはチャンスだ。相手に必ず慢心ができる。先を読んで、そこを狙え」


 冷静に…… ピンチはチャンス…… 先を読め……


 僕は自分に言い聞かせた。その時、前方の野盗がデリアを略取せんと再度右から突進してきた。


 ここだっ!


 ◇◇◇


 僕は前方の野盗に向かい、スピアを突き出すように見せかけた。


 前方の野盗は、そらきたとばかりに、右に回避する。そこに待っていたのは……


 僕のスピアの一撃だ。


「なっ」


 前方の野盗はそんな馬鹿なという表情だ。そうだ、僕は初めから野盗が回避するであろう場所を狙っていたのだ。


 僕は突き刺したスピアの柄を力を込めて、右に回す。


 前方の野盗から苦痛のうめき声が上がる。


 ここでなさけをかける訳にはいかない。動かなくなるまで、柄を回した。


 前方の野盗が動かなくなった時、後方から悲鳴が聞こえた。


 もう一人の野盗がデリアを捕らえようとしていた。しまった。前方の野盗に気を取られ過ぎた。


 デリアは必死で「ひのきのぼう」を振るい、抵抗するが、元の戦闘レベルが違う。徐々に追い詰められていく。


 だが、窮鼠の一噛みか、「ひのきのぼう」の一撃が野盗を襲った。


「こんの小娘があっ!」


 まずい。野盗の奴、激昂しやがった。


 ◇◇◇


 野盗はデリアをナイフで切りつけ、悲鳴を上げたデリアは「ひのきのぼう」を落とした。


「くそうっ! あの野郎っ! 僕の大事な依頼主クライアントを。デリアを傷つけやがったっ!」


 僕は怒りの咆哮ほうこうを上げ、スピアの先端を野盗に向け、突進した。


 ◇◇◇


 僕の気迫に野盗はぎょっとして、こちらを振り向いた。


 デリアはその隙に反対側に逃走した。


「あっ。この小娘」


 慌てる野盗を僕は怒鳴った。

「どこ見てやがるっ! お前の相手は僕だっ!」


 野盗は意を決したかのように、僕の方に向き直した。

「舐めるなよ。このガキっ! 一対一だって、貴様なんぞに負けるかっ」


 だが、その時の僕のスピアの突き出しは最初の時より格段に速かったと、後でデリアが教えてくれた。


 野盗は回避し切れず、あちこち刺された上、五撃目で心臓にスピアが突き刺さり、絶命した。


 ◇◇◇


「デリアッ! デリアッ! 野盗は全部倒した。どこに行ったんだ?」


 僕は倒した野盗の懐を探ることなど、すっかり忘れ、デリアの姿を捜した。


 やがて、少し離れた大木の陰からデリアがゆっくりとその姿を現した。


「クルト君。敵は全部倒せたの? クルト君は大丈夫なの?」


「デリアッ。僕は大丈夫。それよりこっちへ来て、治癒魔法をかけてあげる」


「治癒魔法は貴重なんでしょう? ここで使っちゃって大丈夫なんですか?」


「大丈夫。僕は僧侶戦士になるんだよ。治癒魔法はたくさん持っているんだ。だから、大丈夫」


 ようやく納得したデリアはこちらにやってきた。


 僕は続けざま三回デリアに治癒魔法をかけた。


「凄いっ。治癒魔法って凄いんですね。痛みも傷跡ももう全然ないです」


 デリアはしきりに感心していた。


 僕は自分にも三回治癒魔法をかけた。体力は全回復した。


「さて、急いで行かないと、今日は日没までにノルデイッヒに行かなければいけないんだ」

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