第2話 第1章 感情を失った少年戦士が笑顔を取り戻すまでのお話2
「あら……」
僕のクエスト達成の報告を受け、帳簿を付けていたシモーネさんが僕に声をかけてきた。
「クルト君。『手紙の配達』の達成が百回になったね。これは二つ名が名乗れるよ」
「二つ名? どんなやつですか?」
「近距離配達人のクルト」
僕は絶句した。いかに感情をなくしてきた僕だとしても、これはカッコ悪すぎる。
「名乗っておけ」
グスタフさんは厳しい口調で僕に言った。
「で、でも……」
僕は反論した。初めてグスタフさんにした反論だった。
「僕には名乗りたい二つ名があるんです」
「ほう。どんなのだ?」
「僧侶戦士のクルト」
「僧侶戦士? はあ、なるほどな」
緒戦でスライムにボロボロにされた僕は、ヒットポイント回復が何より大事と考えるようになった。
貯蓄が貯まると、出し惜しみせずに、治癒魔法の強化に投資した。もっとも、銅貨十枚ずつチマチマ稼ぐ僕の治癒魔法など知れたものだけど、それでも何回もかければヒットポイントは完全回復する。
「クルトの目指す道は、この俺とは違うようだな。だが、それも良かろう」
グスタフさんは
分かっている。それも分かっている。グスタフさんの二つ名は「破壊戦士のグスタフ」。強力な剣撃で、相手を圧倒する。これにより強いモンスターや困難なクエストをこなして得た高額報酬で、山のように回復用ポーションを購入し、次のクエストに挑む。
「だが……」
グスタフさんは一転して、語気を強めた。
「さっきの二つ名は名乗っておけ。それで
僕は頷いた。いつかは「僧侶戦士」を名乗れるようになる。そんな目標ができた。
そして、その時は…… 何故か、シモーネさんの顔が浮かんだ。あれ、なんで? その時の僕には分からなかった。
◇◇◇
「急にそんなこと言われたって、困ります」
「でもっ! でもっ! こっちだって急に聞いたんですよ。ノルデイッヒのおばあちゃんが死にそうになってるって」
「そうは言われても、急に『配達クエスト』を『護衛クエスト』に変更してくれと言われても出来ませんよ」
「お願いします。お金ならいくらでも払います」
「お金の問題じゃないんです。クエストは引き受ける側だって、命懸けなんですよ」
ある日の朝、寝ぼけ眼で二階の自室からギルドの一階に降りてきた僕の眼に映ったのは、言い争いをするシモーネさんだった。
相手は…… 僕と同い年くらいの少女。十三歳くらいか。裕福なところの娘さんといった感じ。僕にはもう関係のない世界。
「ちょっと、クルト君。君が今日からノルデイッヒに配達するはずだった手紙のクエストがあるじゃない」
シモーネさんは僕に振って来た。おやおや。
「それをこのお客さんが急に自分自身がノルデイッヒに行きたくなったから『護衛クエスト』に変更してくれって言うの。そんなの無理って言ってるのに聞いてくれないのよ」
確かにそれは無理だ。僕は上がったと言っても、レベルは5だ。ようやくスライムには苦戦しなくなったくらいだ。
護衛となると、野盗側から見れば要人を守っていることが一目瞭然だ。金を持ってなさそうな配達人が独りで街道を歩いているのとは訳が違う。金のなる木が歩いてくるのだ。黙っている訳がない。
「確かにそれは無理です。僕は今回の『配達クエスト』はキャンセルします。他の人の『護衛クエスト』に切り替えてください」
そう答える僕にシモーネさんはため息混じりに返した。
「それがねえ。今日は他の人全員出払っているのよ。グスタフも、もう『ゴブリン退治』に出ていってて」
それを聞いた少女は僕のところに駆け寄ってきて、両手で僕の手を掴んだ。
「あなたが私の手紙を届けてくれる筈だった人ですか? 私も急に事情が変わっちゃったんです。最初はおばあちゃんにもらった手紙の返事を出すだけのつもりだったんですが、後から危篤の手紙が来て。私、居ても立っても居られなくて。どうしてもおばあちゃんのところへ行きたいんです」
シモーネさんはいつになく厳しい声で言った。
「クルト君! 命は一つしかないんだよ。そのことは忘れないで。それにあなたの家は裕福なんでしょう? 馬車を出してもらえばいいじゃないですかっ! その方が安全です」
少女も強く言い返した。
「馬車が出せるのは、両親が取引に使う時だけです。両親はいつも取引で大陸中を回ってて、ろくに帰って来ないんですっ!」
(あっ)僕は思った。この
この
僕は考え込んだ。シモーネさんは厳しい表情のままだ。
◇◇◇
少女はおもむろに懐から巾着を取り出すと、中身をテーブルの上に一気に撒いた。
さすがに銅貨が多いが、結構な量の銀貨も混じっている。
銀貨の価値は銅貨の百倍だから、僕クラスでの「護衛クエスト」の報酬としては十分だ。しかし……
「もう一度言います。お金の問題じゃありません」
シモーネさんの声は厳しいままだ。
少女は泣き崩れた。
「私を…… 私を…… 優しく育ててくれたおばあちゃんにどうしてももう一度会いたい。会いたいんです……」
その瞬間、何かが僕の中でこみ上げて来た。熱いものだが、それが何かは分からなかった。
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