第22話 ネクロマンシー?

「はーい、お口開けてー」


「あーー」


 その部屋に車椅子で連れこまれた沙耶香は入室1番2人の女が向き合って座り、一方の口の中をもう一方がまじまじと見つめ、


「んー……唾液の分泌量も問題無し!」


 そう言いながら白魚の様に白く滑らかで、対照的に黒いネイルの指が舌をグニグニ弄っている様を見た。


 舌をいじるのは妙齢の女。その黒以外を否とした漆黒の洋装はどこか喪服を思わせる。


 しばらくそのままだったが、不意にそれをやめ、糸を引く指をレース付きのハンカチで彼女は拭き取った。


「身体は無くなったけど、魂はちゃんと脱出させられて偉い。100点あげちゃう」


「へへー、そう?それはもう、頑張ったからね。ってーか、あれよ。もうお姉ちゃんが表に出ることって殆どないし六波羅舞美々イコールあたし、みたいなそんなイメージじゃない?」


 そうやって言ったのが、10代後半の中性的容姿の人物。ファッションに疎い沙耶香は知らなかったが、オーバーサイズTシャツに赤のチョーカー目立つ地雷系ファッション。

 化粧も濃いめ。


 この両者が部屋で楽しげに会話する。


「ふふっ、主導権を渡した覚えはないよー、なんて……」


 そして朗らかに笑う。

 毒気を抜かれる光景。

 そして、喪服に似た身なりの方が入室した沙耶香と2人の少女に気付き、


「おやおや、まあまあすいませんねぇ。ほったらかしにして……」


 注目を向けた。

 車椅子にまとわりついていた少女2人はその女性の方へ走り寄り、何事かを耳打ちして、すぐ脇のベッドに並んで腰掛ける。


 ホテルの寝室。

 間取りは広いが、沙耶香合わせて計5人で居座るには、ちょうど良いぐらいのスペース。

 そして、こちらを見つめる女のその視線。

 舐め回す様でありながら、しかし怖気を感じさせない慈母の様な微笑みの、計算された笑み。


「かわいい……」


 ボソリと呟かれた声は沙耶香には聞こえなかった。それから声量を上げ、彼女は自己紹介を。


「私が六波羅舞美々です。厳密には少し違いますが、一応死霊術師。それなりの腕で……ところで、そちらのお洋服は気に入っていただけましたか?」


 黒いネイルの指が沙耶香を指す。


「服……?」


 肩から下を見ようとして、しかし、うまく動かない。投与された薬のせいか。

 それに気を使ったのか、2人の少女がベッドから飛び降りパタパタ走り部屋の奥へ。

 2人がかりで縦長の姿見を運んで沙耶香の前に……


「「ジャーン」」


 掲げ、その反射。

 清楚で、デザインの主張が控えめな白いワンピースを着せられていた。冬用なのか生地が厚手でゆったりとしたシルエット。

 似合ってはいたが、沙耶香の趣味じゃない。


「ちょっと地味過ぎると思うけどなー」


 なんてこぼすのは地雷系ファッションの女。


——いや……


 違和感。

 あれだけ血みどろの戦闘を繰り返したのに、自分の体から一切の悪臭がしないこと。

 つまり誰かに洗われた。


 で、何でか知らないがしばらくここに監禁されてるらしいので、


「最悪……」


 ボソリと悪態をつく。

 いや、それよりもなぜこうして捕まえて自由を奪ってるのに、罪人として突き出さないのか。

 そもそも、この女に捕まったら、酷な目にに遭いかねない。

 それこそ死んだ方がマシな目に。


 それほど、六波羅舞美々は得体が知れない。

 まともな精神をしていないという話は種々囁かれているものの、その全てに確証の無い事実がこの女の策略家としての才覚を表す。


「気に入りませんでした?」


「いや、そういうわけじゃない……ですけど」


「フランクに……」


「え?」


「丁寧な言葉遣いは無しでフランクに話してください。こちらはですね、あなたと対等な交渉を望んでいるのですよ……」


 その言葉を聞き、沙耶香は内心ため息をついた。


——一体どの口が言っているのか


 当たり前だが警戒は解けない。

 六波羅舞美々の同胞と思しき3人も合わせて計4人の女の視線に晒される中、言葉を選ぶ。

 

「交渉……交渉ね。具体的には?」


「私と一緒に来ません?その代わり、この『咎人狩り』施行中の安全を確保しましょう」


——咎人狩り 総則 その4

『罪人に手を貸した者もまた、罪人と同様に扱われる』


 この規則に則れば、六波羅舞美々も相当のリスクを負うことになるはずだ。

 何ら派閥に属さず、それが罷り通るだけの自衛能力も備えているはずなので地に足は付いた提案だが、


「……それは、こちらに都合が良過ぎる。そちらのメリットが、私を連れて行けるだけというのは……」


 もちろん、断る前提で沙耶香は話を続けていた。『咎人狩り』終了後、ケインを連れて逃げる必要があるため、この女と組むにしてもどこかで手を切る必要がある。

 しかし、それを簡単に許すとは思えない。

 だから、妥協点を探るために相手のメリットを探る。


「そんなに不思議ですかね?……いや、本当にわからないですか?私があなたを連れて行きたい理由……」


「……いや、分からない……けどさ……」


 その時、笑みは崩さないまま、ただその黒い瞳から発する圧が強まり、気圧された。


 それと、六波羅舞美々と話す中、漠然とした不安と違和感が募りつつある。

 正体の分からない何か。

 なんとなく舐め回す視線であることの意図。


「惚れてるんですよ。あなたに……」


「……え……は?」


「初めて写真を見た時から、もうゾッコンです。手荒な手を使わなくて済むなら、もう少し手筈を整えて会いに行きたかったですけど、でも、結構危険な状況なので、申し訳ないですが、手荒に招かせていただきました」


 急に早口で捲し立て始めた。


「え、なん、なんで私?」


「なんでって……あ、さてはあなた自分の見目麗しさに自覚が無いタイプですね。いけませんよ、そういうのは。もったいない」


 面食らう。

 そんな理由だけでこの女は動いたのか——と、納得させるだけの説得力と感情のこもった話し方。


——いや、しかし


 本当に理由がそれだけなら沙耶香に好都合ではある。

 好都合だが、漠然とした不安が拭えないのはなぜか。

 その理由はすぐに、明らかになった。


「……で、ですね。お互い、よく知らないのに好意を告げられても困ると思うんですよ」


——ああ、分かった


 理解した。

 この人は全て断られない前提で話を進めている。

 他人を気遣ってる様に見える一方で、自分の意に沿わぬ展開が、そもそも頭に無い。


——この手の人間は他者を物の様に扱う


「だから……」


 そう言って六波羅舞美々が左手を掲げて見せた。

 一本一本均整の取れた黒いネイルの指。

 いや、一本、薬指だけ第一関節から先が欠けていた。


「この、左薬指の欠けてる部分、これを貴方の体に埋め込ませていただきました」


「え、」


「私の身体は結構特殊でしてね、切り離しても『内象世界』では繋がっている。だから、その指を介して魔術も使えるってことなんですけど、」


「なっ、なんで」


 汗が、身体中から湧いてきた。

 清潔に整えられた肌に伝う気持ち悪さは感覚の不能から感じ取れないが、しかし、これが詰んだ状況であることはわかった。


 いわば心臓に手を掛けられている状況。

 魔術の性質はわからないが、六波羅舞美々の意思1つで、死ぬ。


「ああ、怖がらないで、怖がらないで、大丈夫、大丈夫だから……」


 歩み寄り、愛おしそうに沙耶香の両頬に手を添えて、うっとりと眺める六波羅舞美々。

 その瞳には一片たりとも害意は無く、沙耶香に惚れているという言葉が事実であることは分かる一方で、その上でこの様な仕打ちを行う精神の破綻。


「ただ、大事なものを交換して、お互いに分かりあうだけだから……ね?」


「大事な……もの?」


 怯えた瞳を見つめた上で、満足げな表情で


「うん、お互いの大事な大事な頭の中身♪」


「待っ——


◆◆◆◆


——他者の人生が脳に混ざり込む

——一個人の持てる人格と思考と人生がただ一つであることに対する矛盾


——六波羅舞美々の特異なる属性、カテゴリに加え、手に入れた天性の死霊魔術ネクロマンシーの才覚により成せる技


——1800年代初頭、中国


 清王朝の成立とともに自衛を目的として成立し、この時代には中国黒社会を牛耳ることとなった秘密結社『黒壇幇ヘイタンバン』の寨主さいしゅ杜 梓軒ドゥ ヂェーシェン』の娘、『杜 梓妍ドゥ ヅーヤン』としてその女は生まれた。


 可憐ながら華があり、それでいて蠱惑的な身のこなし、人を惹きつける態度は生まれ付きのもの。

 花も恥じらう乙女たる彼女のその日々が地獄へ堕ちて行ったのは彼女が15の頃だった。

 

 親が決めた相手との婚礼が目前に迫りつつあったその日、父親にして『黒壇幇ヘイタンバン』寨主たる『杜 梓軒ドゥ ヂェーシェン』が暗殺された。


 表向きは敵対組織による刺客の仕業とされたが、しかし、部下にして幹部である1人男の裏切りであることは明白で、寨主の跡目として繰り上がったその人物の支配のもと、組織は大きな改変を余儀なくされた。


 あくまで自衛組織の面影を残し、相互幇助を是としつつ、表社会の取りこぼした者たちに居場所を与える仁義の鑑だったソレが、売春、殺人、誘拐、ショバ代の取り立て等々暗黒の側面を強めた組織へ変貌。


 そうなると苦しい立場を強いられたのは寨主の娘たる『杜 梓妍ドゥ ヂェーシェン』で、面倒ごとになる前に事のゴタゴタに紛れて暗殺。


 ただし、それを取り仕切った者はその娘を傷一つ付けず、内臓に刺激の少ない毒で殺すことを選んだ。

 そして、彼女の死体を丁寧に処理して引き取る。

 その人物こそ、この事件を引き起こした元幹部の側近にして、埒外の魔術の腕を誇った死霊術師ネクロマンサー


 しかし、表向き名を持たず、その魔術の性質から『傀儡師クイレィ・シー』と呼ばれた男。


 

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