第112話 【まりっぺエンド】小松秀亀と小松茉莉子の恐らくあるであろう未来

 茉莉子がマリーさんを卒業して、昨日で2年半。

 喜津音女学院も卒業して、この春から喜津音大学に進学することが決まった。


 実に大変な道のりだった。

 この子、集中力がないの。


 「このプリントの問題解いとけよ!」と言って、晩飯の支度を済ませるとピザポテト食ってたり、「模試の結果見せろ!」と言ったら、無言で家から飛び出して逃走したり。

 「いばらの道はここにあったんだ!」とラピュタ見つけたパズーよろしく感激したりもした。


 だって、バカなのが可愛いんだから。

 順調に進捗重ねられたら俺の楽しみも減るし。


(なにを失礼なこと考えてるんですかー!! おじさんのエッチー!!)


 まりっぺは週に1度しか秀亀さんと呼んでくれない。

 ただし、呼ばれるとヒデキの方が先に返事する。


 じゃあ、週7で呼んでくれたらいいじゃんね?


(うわー。ガチでエッチなんですけどぉー。あのぉ、あたし今、お洋服の試着してるんですよ!? チューブトップ!! そんなこと考えられたら、TKBが起きて試着室から出られないじゃないですかぁ!!)


 本日、茉莉子はひとりでイオンへお出かけ中。

 茉莉子が! ひとりで!! イオンに!! 買い物へ!!



 もうこれだけでヒデキが立ちそう!!


(……それ、茉莉子が何かするたびにヒデキが起きてますよね? なんかすっごく困るんですけど。夜だけにしてもらえます?)



 まりっぺも大学生になるのを控えて、ずいぶんと大人びてしまった。

 ちょっと前までは俺が寝ているところに忍び込んで、俺の股間に向かって手拍子して「おじさんの! ちょっといいとこ見てみたい!! 頑張れー! 立てー!! 立つんだー!!」とかやってたのに。


 おじさんはちょっと寂しいな。


(セクハラを止めないと置いて行きますからね?)


 えっ!? じゃあヤメる!! ごめんね!!


 茉莉子と俺は明日から東京へ行くのである。

 もちろん、引っ越しする訳ではない。


 俺は喜津音女学院で教師をやっているので、有給取っても休みは5日しかないし。

 そして俺の休みが明けたら茉莉子の入学式だし。


 写真撮りまくらないといけないし。

 ばあちゃんにドローンの操縦方法をハワイで習ったから空撮もできるし。


 茉莉子を空撮! ふふふ、大変なことになるぞこれは!!


(おじさん? この間の海外出張って仕事じゃなかったんですか!?)


 ふふっ。君のようにアホな女子は好きだよ。

 ちゃんと思考を読み取らないからいけないのだよ。

 ハワイの海は青かった!!


 茉莉子の目的は「東京に行って! 立派な町娘になるんです!!」だったので、まあそのゴールが「大好きなおじさんのお嫁さんになりますぅ! もぉ、大好きですぅ!! うっふーん!! しゅきしゅきー!!」に変えてしまった男前の俺が責任を取って、昔の男の東京を忘れさせてやるのも義務だと考えたのである。


 1時間経って茉莉子が帰って来た。


 無言で蹴られた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 やって来たのは東京駅。

 飛行機で行こうって言ったのに、まりっぺが「やですよ!? 怖いじゃないですか!! 落ちるかもしれないでしょ!?」と必死の抵抗を見せたので、可愛かったし無理やり飛行機に乗せようとしたらばあちゃんにチクられた。


「行くよ! あんたたち!! 東京なんて、ばあちゃんの庭みたいなもんさ!!」

「わぁー! おばあちゃんが一緒だと安心ですねー!!」


 その結果、あってはならない事が起きる。



 茉莉子と2人きりの旅行にばあちゃんが付いてきやがった!!

 せっかくヒデキは元気なのにさぁ!! そんなのないじゃん!!



「ふっ。これだから童貞はイキってばかりで困るね。食っちゃいたいよ!!」

「勘弁しろよ!! 俺の初めては茉莉子にあげるの!! なんでババアに食われねぇといけねぇんだよ!!」


「言うようになったじゃないか!! ホテル入ったら先にシャワー浴びてきな!!」

「うるせぇ! あと、俺はシャワー浴びるの後が良い派だし!! 後だったら、湯上りの茉莉子見た後にヒデキがウォーミングアップできんだろうが!!」


 茉莉子に無言で蹴られた。


「大きな声でなんの話をしてるんですかぁ!! 恥ずかしいったらないですよ!! おばあちゃんはもうお年だから仕方ないですけど! おじさんはまだ23でしょ!? と言うか、もう23でしょ!! 男子中学生ですかぁ!!」



「ばあちゃん。茉莉子が立派な女子になったよ」

「それな。もうばあちゃん、ニコール・キッドマンの座を譲る準備しないとだね」


 やっぱり俺だけ無言で蹴られた。



 ばあちゃんが出現したのは忸怩たる思いだが。

 茉莉子の東京への憧れをここできっぱり断ち切らせるために、ひとりで街を歩かせてあげることにした。


 俺はばあちゃんと一緒に先にホテルへチェックインしておく。


 さっきの件からばあちゃんと一緒にホテルとか、マジで俺が食われるみたいでこれ風評被害受けてるよね。

 訴訟だよ、訴訟。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アパホテルで学院の年度明けテスト問題作ってたら、なんか頭の中に響いて来た。


(あたし、マリーさん)


 すっげぇ懐かしい!! もう興奮してきた!!

 久しぶり、マリーさん!! どうした!?


(あたし、マリーさん。今ね、新宿駅にいるの)



 どうしてわざわざダンジョンに入ったんだろうか、うちの子は。



 新宿駅と言えば、田舎者を呑み込む日本最大のダンジョンとして有名。

 ある筋の情報によると、日に数十人単位で行方不明者を出しているという。


(京王線の改札に行きたいのに、どれだけ歩いても京王百貨店なの。あたし、マリーさん。おじさん、今まで楽しかったよ。ありがとう)


 やべぇ! マリーさん消えかけてんじゃん!!


(あたし、マリーさん)


 分かった! すぐにそっち行くから!!

 スマホの電源入れとけよ!!


(あたし、マリーさん)


 なんで連呼すんの?


(あたし、マリーさん。おじさん。新宿駅っておトイレないの?)



 なにも成長してなかった!!

 これだよ、これ!! マリーさんはこうじゃないと!!



 百貨店の中にいるんだろ?

 あるよ、トイレ。

 分かんなかったら人に聞きなさい。


 化粧品売り場のお姉さんとかなら恥ずかしくないでしょ?


(恥ずかしいですよぉ!? 田舎娘丸出しじゃないですかぁ!! まだ道を聞いた方が気持ち的に楽ですよ!!)


 じゃあ道を聞いて、地上に脱出してその辺のコンビニにでも入ればいいじゃん?


(あたし、マリーさん。おじさんも全然成長してなくて、とても悲しいの)



 あ。余裕がねぇな、これ!!



 新宿のアパホテルで良かった。

 すぐに俺は東口から新宿駅へ突入した。

 なぁに、出張で2回も来てんだよ、俺は東京に!!


 新宿だろうが、原宿だろうが、スマホのナビアプリ持ってりゃ余裕さ!!



◆◇◆◇◆◇◆◇



(あたし、マリーさん)


 俺はヒジキさん。


(なんで来てくれなかったんですぁ……。結局、お腹空いてないのにとんかつ屋さんに入っておトイレ借りて! ついでにとんかつ食べちゃいましたよぉ!!)


 俺はヒジキさん。

 マリーさんや、俺、どこにいるの?



(えっ? おじさん? まさか、迷ったんですか? 嘘ですよね? あんなに自信満々で、仕方ねぇな! 茉莉子は俺がいなきゃダメなんだから!! みたいにホテルから出動して!?)


 俺、ヒジキさん。

 今ね、何故か南口にいるの。とりあえず東口に戻ろうとしたのに。



 こちらヒジキさん。

 なんで黙るの?


 ちょっと? 心細いから黙らんとって?


(秀亀さんって、実はあたしがいないとダメなんじゃないですか? 普段の頼りになる男ムーブも、思えばあたしが困った時に出てますよね? ねぇ? 秀亀さん?)


 こんな時に秀亀さんって呼んでくるなよ!!

 心に効果バツグンだよ!! ヤメてよ!! おじさん、泣くよ!?


 抗議していたら、またまりっぺが黙った。

 マジで不安になるから、何でもいいのでテレパシー送ってください。

 お願いします。


「テレパシーでいいんですかー?」

「はぁぁぁぁ!? 背中が柔らかぁぁぁい!!」


 振り返るまでもなく、この柔らかさには覚えがある。

 この3年間、どれだけ触れ合って来ただろう。


「えっ、あの……。感動の再会なのに、茉莉子の胸の思い出に花を咲かせるのヤメてくれます?」

「茉莉子ぉぉぉぉ! 会いたかったぞぉぉぉ!! 愛してるぞぉぉぉぉ!! そうだよ、俺は茉莉子がいないとダメなんだ!! ずっと一緒だぞぉぉぉぉ!!」


 茉莉子に連打キックされてたら駅員さん見つかってむちゃくちゃ怒られた。

 もう社会人なのに、はしゃいですみませんでした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 茉莉子がいたから俺は正しい道を歩けるのだと知ったこの日。

 人生で1番ヒデキが元気だった。


 ばあちゃん、なんでホテルの部屋を3人同室にしたの?


 捨てらんなかったじゃん。

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