第106話 本当にさようなら、マリーさん
季節が流れてない。
雪山クリスマスの翌日、俺たちは家に帰った。
「……こいつら。普通に泊ってやがる!!」
「いいなー! あたしもお泊り会に参加したかったですよぉー!!」
こんな時、最初に反応をするのは我らがぼっち警察。
新菜がコタツから顔を出して言った。
「おかえりー。秀亀ぃ。お腹すいたー」
「マジかよ。冷蔵庫の中、空っぽだぞ? こんなに人数がいるのに」
「朝ごはん作るのを拒否るんじゃなくて、材料の心配するあたりが秀亀だよなー。まりっぺ、いい秀亀を捕まえましたなぁー」
「ふへへー! やってやりました!! おじさんね、ついに興奮したんですよ! ヒジキのヒデキが立ったんです!!」
「そっかそっかー。勃ったじゃないあたりにまりっぺの可愛らしさが詰まってるぜー。あー。秀亀? 冷蔵庫の中身ならね、ちょい待って。こうかな? もしー!!」
「はっ!!」
黒服さん呼べるようになったんだ、新菜。
ぼっち警察ってやっぱ最強だわ。
そして2分で冷蔵庫がパンパンになった。
もう何でも作れるな、これ。
朝飯を作り始めると、包丁のトントン音で「あれ? 秀亀さん、お帰りでしたか?」と目覚めてくれる小春ちゃん。
味噌汁の匂いで「おはじゃーす! ゆうべはおたのしみだったっすね! 記念写真見せてくだしぃー!!」と元気よくはっちゃけるのが桃さん。
ちゃぶ台にご飯並べても起きないのが萌乃さん。
おい、誰かゆすってくれ。
もうバレーボールがどうこういう件はできねぇんだ!
俺、茉莉子と婚約したから!!
(うわー。ついに俺の女扱いが始まりましたよー。まさか、伏線回収とか思ってますー?)
なんでこの子、ちょっと辛辣になってんの?
はしゃぐとこじゃんね?
「お嬢! 起きやがれっすよ! 今の秀亀さんはお嬢のバリボーがバルンバルンするとヒデキさんが起きるかもしんねーんすから! シェイクすんのはウチの仕事っす!!」
「おはようございます。なんだか、全身もみほぐしマッサージを受けている夢を見ました」
「ウチのモーニンコールでそんないかがわすぃー夢見んなっす!!」
「ヤマモリレアピーチちゃんが揉みほぐしてくれたのですか? ありがとうございました!」
よし。ご飯食べよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
飯食ってたら、茉莉子が急に立ち上がった。
お行儀が悪いぞ。ご令嬢。
「あたし! マリーさん、ヤメます!!」
お味噌汁を噴き出しそうになった。
ちょ、待てよ!! どうした、茉莉子!!
俺のヒデキが悪さしたせいで、なんかおかしくなったの!?
茉莉子は俺の戸惑いを無視して、ゆっくりと、堂々と、胸を張って語り出す。
「実はですね、あたし! マリー・フォン・フランソワじゃないんです! 小松茉莉子が本名で、御亀村から来た、ただの田舎娘です!! 国籍は日本ですし、髪は月に1度染めてますし、蒼い目はカラーコンタクトです!!」
何が起きているのか。
これまで数多の苦労と注意力を支払ってキープしてきたフランソワ家のご令嬢の設定が、ラーメン屋のチャーハンのようにパラパラと散らばっていく。
「ふむ。ついに時が来たか。まりっぺよ」
「思ったより早かってぃーすね」
「ええ!? お二人さん! ちょっと茉莉子に物申してくれよ! 三学期から茉莉子、学校でいじめられたらどうすんの!?」
「はい出たー。秀亀のピーナッツクリーム野郎が出たー」
「マジそれなっすよ。どこまでもピーナッツクリームっすね、秀亀さん」
最後までその意味は分からんかったけど!
この2人が止めないって事は、見守れば良いのね!?
秀亀も学習するんだ。
黙ってる!! 心の中でツッコミしてる!!
「えええっ!? マリーちゃん、マリーちゃんじゃなかったの!?」
「もえ、もえ、もも、もえもえは存じていましたよ!?」
お嬢様コンビには激震が走ってんだけど。
「ごめんなさい! 町娘になりたくて見栄っ張りしてました!! だけど、もう良いんです! 本当はただの茉莉子なんです!! 小春ちゃんともえもえ先輩、ごめんなさい! 新菜さんと桃さんもごめんなさい!!」
「おっけー! 知ってたから平気だぜー!!」
「むしろまだ謝罪対象にウチらが入ってぃーことに感激っす」
こっちは微動だにしていない。
「……なにか、訳があったんだよね! 私はマリーちゃんが茉莉子ちゃんでも! 何も変わらないよ! だって、ずっと親友だって約束したもんね!!」
「小春ちゃん!! けど、胸のサイズは嘘ついてないですよ!! あたしたち、ズッ友ですね!!」
「……ははっ。うん。そうだね。……ははっ」
なんで胸に関していらんこと言ったの?
「つまり、近衛宮家はマリーさんに、いえ、茉莉子さんに騙されていたわけですか……」
あ。ヤバい。国家権力に近いものが発動される。
「もえもえ先輩。あたし、退学になっても構いません!!」
「お見事です。何という気概でしょう。茉莉子さん。ひとつだけ訂正しておきます。もえもえにはあなたをどうする事もできません。世界のKINUKOがバックにいるというだけで、地球上で出来ないことなどないのですから。謝らないでください!!」
「もえもえ先輩……!!」
「ええ! 茉莉子さん!!」
「あたしがマリーをヤメるのはですね! おじさんみたいな大人になりたいからです! 嘘はつかない! 好きな人には正直に!! おじさん! あたし、まだ間に合いますか?」
ようやく合点がいった。
茉莉子は、マリー・フォン・フランソワよりも小松秀亀を選んでくれたのか。
別に俺は、茉莉子も見栄っ張りで生まれたマリーさんも、全部が好きだから。
気にしなくたっていいのに。
だけど、茉莉子の意思は全て尊重してやりたい。
それもまた、好きだからである。
「茉莉子! 俺はな、おま」
「ありがとうございますっ!!」
なんで俺のセリフはテレパシー使って先読み省略されたの?
ねえ? クライマックスで俺、ツッコミしかしてないじゃん?
◆◇◆◇◆◇◆◇
ここからは事後処理のお話。
全部まるっと聞いていたばあちゃんによって、速やかに戸籍の改ざんが行われた。
元から改ざんして生まれたマリーさんだから、サッと消せばいいのに。
「毒りんごを食べて15歳の若さで命を落とした」とかいう、メルヘンなのか悲劇なのかよく分からん情報でマリーさんをぶち殺しやがった。
日本にちゃんとしたマリー・フォン・フランソワさん住んでたらどうすんの?
学院はばあちゃんのテリトリーなので、特に問題なく、「ごめんね。間違えたわ!!」で済ませたらしい。
そして年が明けて、新学期がやって来る。
金髪サイドテールは変わらないし、カラーコンタクトを外しただけで見た目はマリーさんだが、こいつの名前は小松茉莉子。
「じゃ、行ってきますね!!」
「おう! 車に気を付けてな! 何かあれば、すぐ呼べよ!! マジで飛んでいくから!!」
「おじさんは過保護ですねー! あたしのこと大好きなんですからー!!」
「否定するところがないな! 晩飯、今日は焼肉にするか!! 早く帰ってこいよ!!」
茉莉子はスカートの裾を翻して駆けて行く。
(あたしも大好きですよー。秀亀さん!!)
これは、田舎から出て来たマリー・フォン・フランソワが、ただのテレパシー使える普通の女の子になって、俺の傍にずっといてくれるお話。
死ぬまで続く長い自慢話の、ほんの一部分である。
————完。
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