第89話 ファミレス倒産のお知らせ ~9月30日をもって、当店は閉店いたします~

 9月も下旬になって衣替えシーズンが目前に迫っている。

 つまり、喜津音女学院の冬服を買わなくてはならない。


 きっと誰もが思うだろう。

 春先に着てたヤツがあるじゃないかと。


 茉莉子がね、ちょっとムチったおかげでサイズ合わなくなってんの。

 あれでも結構スリムになったはずなのに。


 しかも、上は胸がキツいとおっしゃる。

 下はウエストと尻と太ももが窮屈だとおっしゃる。



 全体的に太ってんじゃねぇか!!!



 と言う訳で、今日も俺は働くのだ。

 喜津音女学院の制服、マジで高いんだもの。

 ばあちゃんは仕送りくれないし。


 「茉莉子のために額に汗して働く。それってとっても気持ちの良い事なのよ? ヒジキくん?」とか言って来やがった。


「小松くん。オーダー。ハンバーグセットとカルボナーラ。よろしくね」

「かしこまりました」


 しかし、ファミレスのバイトは実に落ち着く。

 特にパスタ茹でてる時間とか、もういっそ癒しになりつつある。


 パスタはいいね。パスタは心を潤してくれる。

 リリンの生み出した麺類の極みだよ。


 こんなに色々考えてるのに、最近の茉莉子は学校に行くとあんまりテレパシーで精神ジャックしてくれない。

 おじさん、寂しい。


「……小松くん」

「ボス。どうしました? そんな世界の終わりみたいな顔して。知ってました? SEKAI NO OWARIって、世界の終わり表記だった時期もあるんですよ」



「うちの店、今月で閉店するんだ」


 ガチで世界の終わりだった。



「マジですか!? どうして!? 俺がバイト初めて5年ですけど、ずーっと客足変わってないですよ!? 全然賑わってませんけど、減ってもないじゃないですか!!」

「だから潰れる」


「惑星ベジータの事情知らないのに、サイヤ人が滅びた理由を知った風な口利いた悟空みたいなセリフを!! あの温厚なボスが!! じゃあ、マジなんですか!?」

「小松くん? オーダーまだかな?」


「あ。はい。ハンバーグ行けます。パスタはあと2分ください」

「オッケー」


 そういえば、この1年くらい俺のシフトの時って高柳さんと店長とあと1人名前も知らないお兄さんがいるだけだな。

 いつシフトに入ってもそのメンバーだな。


 おや?


「あの、質問よろしいでしょうか?」

「仕事のデキる小松くんと看板娘でエロい制服を嫌な顔せずに着てくれる高柳さん。君たち2人以外は、結構前にクビになっているんだよ。たまに見かける子はヘルプで来てもらってた。人材センターから」


「ええ……。気付かなかった……」

「ああ。あと、名前知らないけど仕事を黙々とこなして定時で絶対に帰るお兄さんもいるね」


 店長も名前知らなかったんだ。


「パスタ、どんな感じ?」

「仕上がりました。お願いします」


「はーい。ありがと」

「いえ」


 高柳さんはいつも通りの表情で仕事をこなしている。

 大学四年生だから、バイト辞めるのが半年早くなるくらいどうってことないのかしら。


「小松くん。最後のお願いだ」

「あ。はい。厨房で小火騒ぎ起こしたり、色々やらかしてますので。俺に出来る事なら何なりと」



「高柳さんに潰れる事、伝えてくれる? 私、あんな美人にクビって言えない」

「言ってなかったんだ!! じゃあいつも通り仕事しますよね!! 俺だって言いたかないですけど!?」



 そこにタイミング悪く、いやさ、良いのかもしれないが、高柳さんがやって来た。


「このお店、潰れるんですか?」

「潰れるらしいです」


「えっ。困るな」

「やっぱり卒業までの計算が狂いますよね?」


「ううん? 私、留年決まってるから」

「そうなんですか。……そうなんですか!? えっ!? 高柳さん、ものっすごくデキそうな雰囲気を漂わせてるのに!?」


「そう見えてた? 来年も三年生なんだよね」

「ああ……。ああ!? あれ!? 留年2度目ですね!? おかしいな、俺の方が先に卒業しちゃうぞ、これ!!」


「エロい制服着て接客するだけで時給1050円は本当に破格なんだよ。店長、どうにかなりませんか? 私、もう少しならエロくしてもらって構いませんけど」

「ヤメてくださいよ!? 5年も同じ職場で働いてきた高柳さんのイメージがぶっ壊れていくんですけど!!」


 店長が「そうだね!!」と力強く頷いてから、続けた。


「もう一足掻きしてみようか!!」

「ブラウスの下は黒いブラジャー縛りとかで、オタクをもっと呼べませんかね?」


「……今日って25日ですよね? 月末に閉店するんですよね? あと5日しかないですけど」

「はははっ。小松くん。6日あるじゃないか!」


「9月は30日までですよ!! そして、仮に1日増えたからって何なんですか!? あ。お会計対応しまーす」


 1組だけご来店くださっていた、高柳さんのエロい制服目当てのオタク様の伝票を受け取り、クレジットカード決済の処理をする。

 「長い間のご愛顧、誠にありがとうございました」と言ってお辞儀をしておいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「小松くん」

「小松くん」


「無理ですよ!? っていうか、本社の決定でしょ!? 売上を爆増させて、エリアマネージャーの考えを改めさせてやる!! ってノリになるの、半年は遅いんですよ!!」


 高柳さんはあまりテンションの起伏のない美人。

 そんな彼女が表情を変えずに言った。


「考えたんだけどね。私、とりあえず明日から、このやたらと胸を強調した制服があるじゃない? ブラウス脱いで接客してみようかなって。どうかな?」



「正気の沙汰じゃねぇな!? とりあえずでやる事じゃないですよ!!」

「小松くん!! うちの店がダメになるか、ならないかなんだ! やってみる価値はありますぜ!!」


 ないですよ!? もうダメになってんですよ!!

 最悪、所轄の警察がやって来てただでさえ短い寿命がなくなります!!



(あたし、マリーさん)


「すみません。うちの子が呼んでるので帰ります」

「待ってくれ! うちの店の頭脳が帰ったら、どうしたら良いんだ!! 高柳さん、意外とバカなんだよ!?」


「失礼じゃないですか。私、何も考えていないだけです。いつも仕事してる時は家で飼ってる観葉植物のこと思い出してます」

「バカじゃなかった! もう虚無僧みたいになってた!! 小松くん! 帰らないでくれ!! 高柳さん、木をペットにしてるヤバい子だったよ!!」


 来客を告げるアラームが鳴った。

 続けて、耳に馴染み過ぎる声が響く。


「おーじさん! マリー・フォン・フランソワが来ましたよー!!」

「こんにちはー。今日はみんなでお茶しに寄ってみました」

「もえもえも同行しております!! アフタヌーンティーを嗜みたいと思いまして!!」


 俺が「あ。こいつら最悪のタイミングで来やがったな」と思ったのと同時に、両サイドから手が伸びてきて俺の肩をがっつりホールドした。


「小松くん」

「小松くん」


「美人とおっさんのステレオで名前呼ぶのヤメてもらえます!? ダメですよ!? あの子たち、俺の大事な友人なので! そんな、優しさに付け込むようなお願いなんかしませんからね!?」


 高柳さんがおもむろに俺の手を握る。

 続けて、涼しい声で宣言した。


「小松くん。私を5年間で278回見たこと、不問にするから。何なら、胸くらいなら揉ませることも可能だよ。どうかな?」

「どうもこうもねぇ!! 行きずりの胸に惹かれるほど困ってないので!! というか、モデルみたいな美人だと思ってた先輩が割とどうしようもなかった! 俺のチラ見が全てカウントされてる!!」


 気付くと店長がいない。

 ホールに目をやると、お嬢様トリオの前で土下座していた。


 ああ、もうむちゃくちゃだよ。

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