第80話 マリーさんと家出

 盆が過ぎて夏も終わろうかという本日。

 日が暮れると涼しい風が頬を撫でるようになってきた。


 が、それどころじゃない。


 ラインのありがたみを今、俺は噛みしめている。

 アンインストールしねぇで良かった!!


『誰か、マリーさん知らない!? ねぇ! マジで!!』


 茉莉子が夕方に家を飛び出して行ってから、戻ってこない。

 スマホの電源も入らないし、位置情報も確認できない。


 うちの子、可愛いから!

 誘拐とかされたんじゃないの!?

 お嬢様学校通ってて、金髪碧眼サイドテールだし!!


 出るとこ出てて、最近は出なくていいとこも出始めてるし!!

 育ちの良さも出てるから!! 絶対に悪いヤツに目ぇつけられたんだよ!!



 場合によっては俺、人を殺すかもしれん。



 ポコポコとメッセージが湧いて来る。

 有益なヤツ、ちょうだい!!


『確認だけどさ、秀亀。まりっぺに何したんだっけ?』

『俺は別に! ただ、コンビニ行くとか言って、タンクトップと短パンで出て行こうとするから!! ちゃんと服着ろって20分ほど説教しただけだよ? だってねぇ? 今の世の中、子供が事件に遭う時代じゃん?』


『そこは百歩譲って、私だったら我慢できますけど。そのあとはどうしたんですか? 安心してください。まだ怒りませんから』


 小春ちゃん、まだってなに?

 そのウサギのスタンプ、血まみれの包丁持ってるバージョンがあるの知ってるよ、俺。


『いや! 茉莉子がうるさいです! とか言ってそのまま出ていくから! 俺はこっそり後から追いかけただけよ? で、コンビニじゃなくて、イオンに行って下着とか服とか買ってたから、そこで声かけて。なんだ、下着買うって宣言してから出ろよ! 軽装だったのはそのためか!! って言っただけ!!』


『うぃっす! ちなみになんすけど、声のボリューミーはどんなっすか?』

『え? 興奮してたから。サンシャイン池崎が登場した時くらいの感じかな? まあ、ちょっと大きかったかも』


『もえもえは、そんな小松さんでも愛します!! ですが、生徒会長の立場から私見を申し上げると、それもう完全に小松さんが全部悪いと思います』

『マジで?』


 ぼっち警察が情報をまとめてくれた。

 仕事のデキる女だぜ。



『まりっぺ、完全に家出してるじゃん。秀亀のあまりにもハードな過保護アタックにうんざりしてるぜ。あのまりっぺが秀亀に対してねぇ。……反抗期だぜ!!』


 マジかよ!!

 茉莉子、家出したの!? 帰って来てよ! おじさん悪かったから!!



 それから、少しばかりの反論を試みた。

 「だって、心配なんだもん」と。


『あ。じいやがそれやってたら、切腹してもらってます。秀亀さんならギリギリセーフにしておきますけど』


 こはるん?


『ファンタスティックナッシングムーブっすね! 世の中の女子の8割に嫌われることをまさか茉莉子さんに喰らわせるとか! 今日はビーストっすか!!』


 レアぴっぴ?


『もえもえは! 1度お慕いした以上、どんなにクソウザい事をされても耐えますので!!』


 もえもえ?


『秀亀ぃ。考えてもみな? まりっぺ、ガンガン好意を秀亀にぶつけてんのにさ、秀亀はもうヒデキが故障してんの? ってくらいの倫理観でATフィールド全開じゃん? それはいいぜー? まりっぺもそれ含みで好きなんだし。わたしも結構好きだし。たださー。相手に対しての要求がもうね、自分の女扱いか、お父さんムーブなんだよなー。そりゃね、まりっぺもたまにはキレるぜー。まりっぺ、全然怒らないちょーいい子なのにさー。それ怒らせるとか、大したやつだよ、秀亀って』



 新菜の長文が1番心にぶっ刺さった。

 よく分かりました。完全に俺が悪かったです。


 で! 実は誰かが匿ってるんでしょ!? 茉莉子を返して!!



『私のところにはスマホを預けて行っただけですよ? 電波妨害できる袋に入れてますけど』


 こはるん、何してくれてんだ!!


『ウチのとこにはさっきご飯食いに来ましてぃー! お腹ポンポンやってお帰りにならりてぃーっすよ』


 教えてよ、レアぴっぴ!!


『もえもえは2万円ほどお貸ししました。200万ほどご用意したのに。マリーさんは慎み深いですよね』


 もえもえまで!!


 待てよ、この流れは。


『まあね、まりっぺ。うちにいるんだけどさー』


 ぼっち警察ぅ!! 保護してくれてたのかよ!!

 頼りになるぜ!!


『じゃあ、すぐ行くわ!!』

『あー、ダメダメ。こっちくんな』


 俺が容疑者になってるパターンだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 マリーの会の言う事にゃ。

 「マリーさんがかわいそうなので、ちゃんと誠意を見せなはれ」と共同声明が採択されてた。


 そして俺、孤高の海藻、小松秀亀。

 誠意の見せ方が分からない。


 もう夜の9時。

 いつもならリビングで並んでテレビ見てる時間なのに、今日は俺の隣にサイドテールの端っこが揺れていない。


 恥ずかしい思いをさせたのがいけなかったのなら。

 そうか!


 裸でその辺をぶらついて来よう!!



 いや、違うな。

 それくらい、俺でもわかる。これは違うわ。



 ならば、もううるさい事を口にしないと宣言して血判状でもしたためるか。

 それならば、茉莉子も納得してくれるはず。


 いや、ダメだ。


 俺、絶対にまた同じことをするから。

 だって茉莉子が心配なんだ。

 ウザがられても、嫌われても、何かあって茉莉子が傷つくよりはずっと良い。


 だから、俺はきっと同じことを何度でも繰り返す。


 大好きな茉莉子の心配をして、行動に起こせないヤツを男なんて言えねぇだろ!!


 と、そんな事をグルグルと3周、5周、10周と思考の流れるプールを回遊させていると、いつの間にか時刻は10時半を過ぎる。



 よし!! とりあえず、全裸になってその辺歩こう!!

 もう居ても立っても居られねぇよ!!


 性意とか言ったら、なんか上手くいくかもしれん!!



(……おじさんのバカ)


 ダメだ、茉莉子が恋し過ぎてなんか幻聴が聞こえて来た。


(ええ……。おじさん、ここにきてあたしのテレパシーの存在を忘れたんですか?)


 茉莉子じゃん!!

 そうだった! スマホなくても俺たちいつも以心伝心だったじゃん!!


 聞いてくれ!

 あのな、俺が悪かった!!


(もういいですよー)


 よかない!!

 ちゃんと聞いてくれ!!


 俺は茉莉子のことを大切に思うがあまり、ちょっと勢いも余ってだな!!



(もぉぉぉぉ! 良いんですよぉ! おじさんの赤裸々な葛藤、全部聞こえてたんですからぁ!! というか、さっきから! 2時間前から玄関にいるんですよ、あたし!! なのにぃ! おじさんが茉莉子を愛してるとか、す、好きとかぁ!! そんなことずっと考えてるから、入れないじゃないですかぁ!!)



 俺は玄関まで走って、裸足で外に飛び出した。


「わぁぁ!? な、なんですかぁ!?」

「茉莉子ぉ! 俺が悪かった!! もう、下着買いに行く時に後をつけない!! 薄着で出かける時も注意しない! 抱きしめて物理的に出かけさせない!! 許してくれぇ!!」


「うぇぇぇ! ちょ、おじ、おじさん!! みんなが! みんながいるのでぇ!!」

「そうだよ! みんながいるよ!! 茉莉子のことを大好きなみんながいるんだよ!!」


 ガチでみんながそこに立っていることに気付いたのは、10秒後であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「お、おじさん? 元気出しましょ? ね? あ、そだ! 膝枕します! 太もも貸します!! 湿らせてきましょうか!?」

「……いらない。……もぉまぢ無理。……おじさん、ご飯もいらない」


 心が回復するまで3日かかった。

 ただ、帰って来てくれてありがとう。

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