第79話 小春ちゃんに褒められて嬉しかったのは一瞬で、なんだか春霞のようだった ~漬物石が増えた~

 俺は心理学を専攻しながら、教職課程を履修している。

 さらに茉莉子と同居し始めてもう約5ヵ月。


 全ての要素を複合的に考えると、俺はとっくに乙女心を掌握していても良いはずなのだ。

 だが、慢心は敵。


 「大丈夫だろう」で命を落とすことほど間抜けな死に方もない。

 そのため俺は、慎重に石橋を叩く。


 茉莉子さんや。

 小春ちゃん、今ってどういう状況なの?


 心理学? 教職課程?



 そんなもんで女子の心を掴めてたら、世の中ローランドだらけだよ!!

 あの人、意外と庶民派なとこもあって結構好きなんだ、俺!!

 この間、ハンバーガー食ってた!! YouTubeで!!



(んー。マリーさんセンサーがですね。おじさんが家業に興味を持ってくれて嬉しい! けど、ここで妥協したら親密になった時に厳しくできないから困る!! という、二律背反を受信していますよー)


 まりっぺが二律背反とか言い出した時点で、もう涙いいっすか案件。

 賢くなったなぁ。


(褒められてますか! あたし!! やっぱり、マリーさんの成長は目を見張りますか!! んふふー!! ちなみに、胸も大きくなりましたよ!!)


 知ってる。

 そして体重も増えたね。


 そろそろ無視できんレベルになって来た。

 お前、短パンのサイズまた1つデカくしたろ。


(だ、だって! おばあちゃんが!! 胸とお尻は大きいほどモテるんだよ! 西海岸では!! って! 西海岸ってどこですか!! 四国ですか?)


 アメリカだよ!!

 小春ちゃん情報は最初だけだったし!!


 もういい、ゴーフル食ってろ!!


「あー。小春ちゃん?」

「はい? なんですか?」


 普通に話しかけると、普通のリアクションなんだよ。

 いやむしろ、ちょっと可愛い。

 夏休みに背伸びしてる妹感が大変良いと秀亀は思うのです。


「おじさん! お漬け物、他にもありましたよね!!」



 なんでそんなこと言うん?

 まりっぺ? おじさんのメンタル削る必要なくない?


(小春ちゃんを可愛いって連呼したからですぅー! 対して、マリーさんにはムチっただの、太っただの! いくら懐の深いマリーさんとはいえ、嫉妬はするんです! 懐ってなんですか!!)



 賢い部分が局所的なまりっぺも結構可愛いのにな。

 おじさんを急に電車が来る寸前のホームに突き落とそうとするんだもん。


 そんな子はおじさんね、ちょっと嫌いだな。


「秀亀さん」

「あ。はい」


「出してください」

「御意」


 特急列車こはるんが通過するじゃん。

 バラバラになるよ、おじさん。


「こ、こちら……。あの、茄子漬けたんですけど……」

「……色艶が良いですね」


「あ、ありがとうございます」

「すんすん……。匂いも悪くないです」


 なんでも鑑定団で中島誠之助さんに真剣な顔でお宝の何とか焼きを鑑定してもらってる時の収集家たち。

 俺はその気持ちを理解したかもしれない。


「……あ」


 心臓がキュッてなって、尻の穴もキュッてなるんだけど!

 昔さ、歯医者で奥歯の治療してもらってる時に「まずいな」とか呟かれた、あれと同じくらいのプレッシャー!!


「美味しい! 秀亀さん! 美味しいですよ!! このお茄子!! すごい、すごいです!!」

「えっ。マジで? 急に冷血の面に顔変わったりしない?」


「えっと? どういう意味でしょうか? んー! 美味しいです!! 漬け方が完璧! このタイミングで出してあげないと、グズグズの食感になっちゃうんですよね!!」

「マジで褒められてる!! いやー!! 実はね、俺も自信あったの!! これ、結構イケてるんじゃないのかなって!! ご飯がすすむもん!! マリーさんが全然食ってくれないからさー!! 小春ちゃんに褒められると嬉しいなー!!」


 マリーさんはゴーフルばっかり食ってるし。


(おじさん。マリーさんを迫害するのなら、あたしにも色々と考えがありますよ?)


 ふっ。もう小春ちゃんのハートはキャッチしてんだよ!

 今更、マリーさんの浅知恵でどうにかなる状況ではない!!


 ふははは! 勝った!!


(きゅうりのお話してもいいですか?)


 冷蔵庫にね、シュークリームあるよ。

 今用意するから、お願い。


 ゴーフル食ってて。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 2人にシュークリームを振る舞った。

 小林さんと一緒に作った、自家製のカスタードクリームが売り。


「美味しいです! 秀亀さん、本当に何でもできちゃうんですね! 理想のお兄さんですよ!! ふふふっ! ますます好きになってしまいそうです!!」

「小春ちゃんにおじさんが褒められると、あたしも結構嬉しいのでありです!」


「ふふっ、ありがとうマリーちゃん! 私、ちゃんと順番守るからね! 2番で全然平気!!」

「仲良くやっていけますね! おじさん、なかなか隅に置けませんねぇー!!」


 楽しそうで何よりなんだけどね。

 俺の隣に、もう1人お客が増えてるのはどうして?


「カマンベール伯爵。このじい、感服いたしましたぞ!! よもやこの短期間でこれほどの漬物を!! 調査したところ、カマンベール伯爵家では、代々沢庵を漬けておられるとのこと!! ご母堂の腹の中から大根の香りを嗜んでおられまするとは、このじい、感服!!」



 なんでじいやさんが普通にいるんだよ。



「じいや。ちょっとうるさいです」

「ははっ! お嬢様、申し訳ございません!!」


「サンプルを採取したら、早く帰ってくださいね」

「ははっ! かしこまりましてございます!!」


「さ、サンプル!? ねぇ、俺の漬物はこれから何をされるのかな?」


 小春ちゃんがにっこりと微笑む。

 ああ、平原に吹く風のように爽やかだなぁ。


(おじさん? それって高原の間違いじゃないんですか?)


 その件、結構前にやってんだ!

 もえもえが!! 蒸し返さないで! 平原で良いの!!


「父がどうしても賞味したいって言うので、仕方なくじいやに持ち帰らせることにしました。まったく、困ったものですね」

「あ。うん。……村越堂の社長に俺のおままごと漬物食わせるの!? ヤメてよ! 漬物が嫌いになりそう!!」



「今、なんて言いました?」

「何も申しておりませんが? シュークリームのおかわりあるよ?」


 平原を吹き抜ける爽やかな風がいきなり赤城おろしになるのはどうにかなりませんか。

 あまりの落差に吹き飛ばされそう。



「しかしカマンベール伯爵。なにゆえこれほどのめり込まれました? この老いぼれに冥途の土産を頂けませぬか」

「そんなしょうもないもの持って逝かないでください。いや、前に小春ちゃんがくれた漬物石があるじゃないですか。せっかく選んでくれたのに、使わないのもなと思ってたら、凝り性なもので、どんどんはまっちゃいまして。ははは!」


「じいや!!」

「ははっ! すぐに!!」


 失言したな。

 もう分かる。


「こ、こちら、カマンベール伯爵。お納めください」

「……すげぇキラキラしてる漬物石ですね」


「秀亀さん、さすがお目が高いです!! こちら、プラチナとサファイアを砕いて散りばめた、オーダーメイド漬物石です!!」


 ほらぁ!

 もう、ダイヤモンドの原石散りばめてある漬物石あるのに!!



◆◇◆◇◆◇◆◇



 じいやさんの車で小春ちゃんは帰って行った。


「キラキラしたヤツが増えましたねー!!」

「茉莉子……。漬け物を頑なに食わないお前がなんかさらに愛おしくなったわ……」


 さて、新しいぬか床作ろう。

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