第78話 お漬物に妥協無し! 鬼教官・こはるん!!

 夏休みもお盆が来ると終わりを感じるのが高校生以下の学生感覚。

 お盆過ぎたら「もうそんな時期かー」と余裕を見せるのが大学生。


 お盆の休みもないまま仕事をして、気付いたら夏が過ぎて風あざむのが社畜戦士。


「小春ちゃんが今から来るそうですよー!」

「おう! マジか! タイミングが良い!! ちょうど漬けといたきゅうりを出そうかと思ってたんだよ!!」


「またお漬け物ですかー? もー。おじさんはシティボーイ感が全然ないですねぇ。茉莉子は困りますよ。どうするんですか、子供ができたら。おじさん、秀次郎とか付けそうですよねー」


 いいじゃん。それ。

 秀次郎にしよう、俺の息子の名前。


「はー。ですよ、はー!! 未使用のヒデキが泣いてます!! なんかアレらしいですよ? おじさんのヒデキ、平均サイズをはるかに超えているとの情報が!!」

「どこ情報だよ!? ヒデキがオーバーヒートしたとこ見たヤツいねぇだろ!!」


「新菜さんが言ってましたよ? 朝、ゼミの合宿で起き抜けのおじさん見た時に、レアな現象に遭遇したって! なんで朝だとそーゆう現象? に会えるんですか!!」



「あ。……うん。1度だけあったな。そんなこと」

「なんで朝だとそーゆうことになるんですか!!」


 喜津音女学院には保健体育の授業ねぇのかな!! 教えとけよ!!



 玄関の呼び鈴が鳴った。

 茉莉子がトテテと走っていくが、俺はどうにかタンクトップの裾を掴むことができた。


「んぎゃっ!? なにするんですかぁ!! 胸がペロリですよぉ!」

「ポロリだろうが!! いや、茉莉子! カラコン!! お前、普通に茶色い目じゃん!!」


「そんなことですか?」

「そんなこと!?」


 マリー・フォン・フランソワの根幹じゃん!!


「いいんですよ、今日はアレです。あの日。あの日です」

「その言い方はヤメなさい」


「あの、月が……。今日ってナニ月ですか?」

「ん? ちょっと待ってろ。……半月だってよ」


「半月だったら、茶色くなるので!!」

「それさ、前に満月と三日月でもやってるけど。お前、マリーさんそろそろヤメるの?」


 茉莉子は「んふふー」とにんまり笑って玄関で小春ちゃんを迎えた。


「こんにちはー! 暑いね、マリーちゃん!! あ! 今日は封印されちゃう日?」

「そうなんですよー! 困りますよね、急に来るので!! 半月の力が、マリーの力を奪ったんですよ!」


「大変だね! じゃあ、今日はフランソワ家の魔力が使えないんだ! 普段は命の躍動が見えて困るって言ってるもんね! じゃあ、むしろ楽だったりするのかな?」

「あ! はい! そうなんです! もう、今日は休眼日なので! 助かりますー!!」



 なんか色々盛ってやがるな、マリーさん!!

 全部信じてくれてんだ、小春ちゃん!!


 マジで一生の親友だぞ、その関係!!



「あ! 秀亀さん! お邪魔します! お休みだって聞いたので、オシャレして来ちゃいました!! ふふっ!」

「おう。いらっしゃい! なんかその! あれだな! シミーズだっけ! 可愛い!!」


「あ。……ははっ」


 小春ちゃんが無言でスマホをススっとやった。

 すぐにスマホが震える。


『シミーズw 秀亀w シミーズてww おじいちゃんじゃんww』


 ついに草生やされた。


『秀亀さんはそのままでいてくだしぃー。白いワンピースを着こなせるのは、マリーの会の中でもこはるるーさんだけなんす。つまり、ウチらは被害受けねーんで』


 どういうことかしら。


『バレーボール部のもえもえですが、ぼっち警察署長、マリーさんにはワンピースって似合わないのです。シルエットが妊婦さんみたいになるので。ヤマモリレアピーチちゃんは余裕ですけど、なんだかお見栄を張っているので、もえもえは追及しません』


 なるほどね!

 小春ちゃんは軽装級だからか!!



 それ、俺に個別で教えて欲しかったな!!

 グルーブラインで言う必要あった!?


 レアぴっぴともえもえは喧嘩すんな!

 メッセージがすげぇ勢いで流れていくから読み取れない!!



「こ、小春ちゃん!! 漬け物! 漬け物の調子見てよ!! きゅうりちゃんが漬かってんの!! 小春ちゃんの忖度のない指導を受けたいな、俺!!」

「……遠慮しなくて良いんですか?」


「おう! これまではさ、初心者なのにすごいです!! とか褒めてくれてたじゃん! そろそろ俺も次のステップに進めるかなって!!」

「……言いましたね?」


 今回俺が得るべき教訓は、小春ちゃんの地雷はたくさんあって、逆鱗もそこらに生えてて、ダークサイドにも簡単に堕ちるって事。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 「良い感じに漬かってると思うんだよ、これぇ!!」とウキウキでお皿に乗せたきゅうりちゃんを差し出した俺。

 小春ちゃんは静かに一口。


 もきゅもきゅと可愛らしく租借をして、にっこり笑顔。

 続けて言った。



「バカにしていますか?」

「ええっ!? なんかごめんなさい!!」


 ダース・こはるんじゃない!!

 なんかすげぇ冷たい瞳になってる!! 冷酷だよ、このこはるん!!



「まず、漬け方が最悪です。きゅうりの泣き声が聞こえます。これは呪いと恨みの声です。どうしてこんなことをされなければならないのか。こんな風になるために生まれて来た訳じゃない。そういう絶望にも似た、哀しい泣き声です」

「あ。はい」


「ぬか床をかきまぜましたか?」

「おう! もちろん!! せっせとかき混ぜた!!」


「だとしたら、余計にがっかりです。まだかき混ぜ忘れていてくれた方が失望は少なかったです。ぬか床をかき混ぜたつもりになって、きゅうりぶっ刺して、お漬け物漬けた気になってる秀亀さんなんて見たくなかったです」

「え。ごめんなさい」


 茉莉子! いや、マリーさん!!

 助けに来て! なんか小春ちゃんが静かにお怒りなんだけど!!


(小春ちゃんの持って来てくれたウエハース! 美味しいですねー!!)


 それウエハースじゃねぇよ!!

 ゴーフル!! フランスの遺伝子が脈打つ結構いい値段のするヤツぅ!!


 地中海からそんな遠くないのに!


(サクサクしてますよ! おじさん! あたしの短パンに粉がすごく落ちてますけど! このまま立ち上がってもいいですか!!)


 ヤメろ!!

 畳の上にゴーフルの粉落とすとか、拷問か!!


 掃除がクソ面倒なんだよ!!



(じゃあ、そっち行くの無理です!!)


 粉の掃除くらい何千万粒でもしちゃう! こっち来て、まりっぺ!!



「やや! お漬け物講座ですか、小春ちゃん!!」

「あ。マリーちゃん。違うよー。これはお漬け物じゃくて、お漬け物を冒涜する何かだよ!」


 美味しんぼのキャラみたいなこと言い出した!

 すっげぇ優しい笑顔で!!


 ギャップで心臓痛い!!


「おじさん! 小春ちゃんのワンピース可愛いですよね!」

「お、お……ああ!! マジで可愛いな!! 有名な絵画から出て来たお姫様みたい!!」


「そ、そうですか!? 実はこれ、オーダーメイドでして! 私にしては結構冒険してるんです! 丈も短いですし! そ、その、腋も出して……! レアピさんが、見せた方が良いというので。へ、変じゃないですか?」

「いや、もう最高! 最高だよ!! 小春ちゃんの腋とか、国宝だぜ!!」


「お、大袈裟ですよー」

「ははははっ! いやー! はははははっ!」


 みんな笑顔で、ステキな夏休みだね!


「それで。秀亀さん? これはなんですか?」

「あ。はい。……俺がきゅうりとぬか床を冒涜した成れの果てです。すみません」


 続くんだ。

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