第76話 ぼっち警察、炎上 ~救援隊が秀亀くん~

 そろそろお盆がやって来るが、今年はゴールデンウイークに帰省を済ませているのでせっせとバイトするのが小松秀亀大学三年生の夏。

 茉莉子は小春ちゃんと遊びに行ったし、今日はファミレスも家庭教師もない。


 単発バイトの募集でも探してみようかしら。

 まだ午前中だから、1日を無駄にするのはもったいない。


 バイト情報サイトを閲覧しようと思ってスマホを手に取ると、新菜から電話がかかって来た。

 一昨日遊びに来たばかりなのに、仕方のないヤツめ。


 バイトは中止にして相手をしてやるか。


「おう。どうした?」

『よかったー! 秀亀、今って暇? 時間ある?』


「ふふっ。新菜のためにバイト探すのヤメてあげたところさ! ボンバーマンする?」

『マジか! 助かったー! あのさ、ちょっとだけ困っててねー』


 珍しいな。

 新菜が困りごととは。


「なに? また仕送り止められた? 仕方ねぇな! 2万円までなら貸してやるよ!」

『今日も太っ腹ですなー、旦那ぁ! 今ね、アパートにいるんだけど』


「おう」

『燃えてんだよねー! ちょー燃えてる!!』


「おう? なに? どういうこと?」

『あー。待って待って。ビデオ通話に切り替えるぜー。よっと。はい。まずは挨拶代わりにわたしのタンクトップをご査収くださーい』


「へいへい。大変結構な胸のふくらみですね。で? あー、あれだ! 炎上系とかいうヤツ!! あの、インターネットに悪さしてアップするんだろ? ヤメとけ、ヤメとけ! お前、顔が良いしスタイルも良いしで同性からヘイト買いやすいんだから!」

『たははー。照れますなー。では、こちらをどぞー!!』


 映し出されたのは真っ赤な炎と黒煙のコントラストが世紀末感をクリエイトする、火災現場の映像だった。



「マジで燃えてんじゃねぇか!!! 嘘だろ!? おい、新菜! お前、怪我してないか!?」

『イケメン秀亀来たぁ! まずわたしの心配するあたり、ポイント高いぜー! さすが親友! わたしは平気だけどねー。なんかわたしの部屋がそろそろ燃えそう!!』


 のっぴきならねぇ!!



 とりあえず俺は現場へと向かう事にした。

 何ができる訳でもないが、仮に俺が同じ立場だったら心細すぎて泡吹いた後におしっこ漏らしてる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 自転車走らせて約11分。

 新菜のアパートに到着した。


 燃えてる!!


「おつー! やー。悪いですな、わざわざ来てもらって」

「そりゃ来るだろ!! おい、とにかく無事かよ!! こういう時って興奮してたり、気を取られてたりで自分じゃ怪我に気付かんらしいからな! 見せろ!」


「お、おお……。すっげー体を触られてるぜー。まりっぺに怒られそー。平気だってば。火元は一階の角部屋で、わたしの部屋は対角線だもん」

「よし……。とりあえず、マジで怪我してなくて良かった。で、大事なものは持ち出せたか?」


「スマホだけだぜー。だって、昼寝してたら火事だーって大家さんが叫ぶんだもん。最初はたーまやー!! って聞こえたから、花火してんのかなって思っちった!!」

「のんき!! ……いや、待て。消防士さんたちが頑張ってくれてるから、結構火の勢い弱くなってないか? これ、ワンチャン新菜の部屋、助かるんじゃない?」


 1時間ほど2人で消火活動に取り組む皆さんを「頑張れ! 頑張れ! 力の限り!! 頑張れ!!」と応援していると、1時間と15分で「うるせぇ!!」って怒られた。

 すみませんでした。


 ただ、願いが通じたのか、新菜の部屋はギリギリ生き残る事に成功。

 というか、二階は割と生存している部屋が多い。


 私物の確認がしたいだろうと思い、俺が消防士の方に「中ってもう入れます?」と聞いたら「バカかおめぇ!! 一階が火元なんだから、二階崩れるかもしれねぇだろうが!! この素人童貞が!!」と怒られた。


 すみませんでした。



 素人童貞どころか、ピュアヒジキで重ねてすみません。



 そのままさらに3時間ほど待機していたところ、ついに「隊員が同行するって条件なら入ってもいいぞ」とご許可が出る。


「おし! 行くか!!」

「待て待て、兄ちゃん! あんた、お嬢ちゃんのこれか?」


 指立てて「男か?」と聞く、昭和風情漂う職人気質の隊長さん。

 俺は正直に答える。


「違いますが!!」

「なら行くんじゃねぇよ!! 正気か、おめぇ!! 火災現場に関係者以外が入れると思ってるとか、頭ん中ポムポムプリンか!! うちの孫が好きなヤツぅ!! すっこんでろ!!」


「あ、すみませんでした」

「まあまあ、親父さん。秀亀もわたしを心配してのことですから。そう怒らないでやってくだせぇよ。指揮を執る親父さん、カッコよかったですぜー。秀亀、ちょいと待っててねー」


 ひらひらと手を振って、新菜が部屋に入って行った。


「……兄ちゃん。あの子、いい女になるぜ? なんで求婚しねぇんだ? 玉ぁついてんのか?」

「あ、はい。おっしゃる通りで。玉はついてます」


「ってこたぁ、竿か。若ぇのに大変だな。こいつぁ門外不出の名医なんだが。行ってみな。兄ちゃんの若さならまだ間に合う! ワシもその時分にブラックジャック先生に救ってもらったくちよ!!」

「ありがとうございます」


 なんか知らんが、チラシを頂いた。



 上野クリニック!!

 ヒデキは元気ないですけど、引っ込み思案じゃないんです!!



 そんなことをしていると、新菜が戻って来た。

 幸いなことに消失したものはなかったらしいのだが、消火活動の際に水ぶっかけられたため、電化製品が全滅とのこと。


「すまねぇな。延焼避けるために、水はどうしても全開で撒かなきゃなんねぇのよ」

「いえいえ! お勤めご苦労様でした!! 保険で新品になるらしいですし、親父さんのおかげで大事なものは無事でしたし!! 感謝であります!!」



「兄ちゃん。こういう女が将来な、じじいになった時にありがてぇんだよ。ほれ」

「新菜の魅力は重々承知してますので、上野クリニックのチラシ何枚も寄越すのヤメてもらえませんか? どんだけポケットに入ってるんですか? それ、防火服ですよね?」


 隊長いわく「お守りよ!!」とのことである。



 とりあえず近くの自販機で飲み物を買って、今後のプランを伺おう。


「ほい」

「サンキュー」


「んで? 実家帰るなら金貸すぞ?」

「えー!! やだ!! 今からお盆だぜー? 絶対に働かされるじゃんよー!!」


「たくましいな、お前。じゃあどうすんの?」

「なんかねー。大家さんが、別のアパートの空き部屋手配してくれんだって。そっちで新生活しながら、お亡くなりになった家電たちを待つのだぜー。ただ、3日かかるらしいんだよねー。困ったなー。困った。……うるうる」


「へいへい。うちで良ければどうぞ、お泊りくださいな」

「わっほい! 話が分かる秀亀って好きー!! まりっぺも良いかな?」


「いいに決まってんだろ。あいつ、お前にむちゃくちゃ懐いてるぞ」

「やー。おじさんとひと夏の思い出を作ろうとしてたのにー! 初めてが3人同時プレイとか難易度高いですよー!! とか、言わない?」


「言うか!!」

「ボンバーマンの話だぜー?」


 新菜を回収して、我が家へ帰宅。

 去り際にアパートを見たら、隊長が親指立てて歯を光らせていた。


 そういうのじゃないんですって!!

 ボンバーマンするだけですから!!

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