第73話 ナースな茉莉子さん(進化バージョン) ~秀亀くん、風邪をひく~

 異常な倦怠感。

 夏だというのに、走る悪寒。

 それなのに噴き出す脂汗。


「おじさん? あたし早く帰って来ますから、いい子にしてるんですよ?」

「このくらい、平気だって。茉莉子は心配性だな。はっはっごふっ」


「あー! もぉ! なんで月曜日に倒れるんですかぁ! 日曜日の間に倒れてくださいよ! 丸岡先生はいないし! 新菜さんには大学の講義のノート取ってもらわなきゃですし! あたしがお休みしようとするとおじさんが暴れるし!!」

「当たり前だろが! なんで大人が風邪ひいて、子供が学校休むんだ! ヤングケアラー問題に足突っ込む年じゃねぇぞ、俺!!」


「はいはい。あのですね、あたしは大人じゃなくて、おじさんが心配だから看病するって言ってるんですよ? おじさんじゃなかったら、学校生活を迷わずチョイスしてますから。まったく、困ったおじさんですよー。自分の価値をしっかり理解してください! 茉莉子にとっておじさんのいない生活なんて考えられないんですよ! 行ってきます! 何かあれば、念じてください!!」


 プリプリ怒って茉莉子が登校していった。



 今、俺ってプロポーズされなかった?



(すぐそうやって、おじさんは!! 茉莉子の純粋な献身を曲解しないでくれます!?)


 ああ、違ったんだ。


(違いませんけどぉ!? そーゆうの意識するなら、あたしがお風呂から上がった時にノーブラでタンクトップ着て走り回ってる時とかにしてくれますか!!)


 うん。ごめん。

 ちゃんと髪乾かさないではしゃいでるすげぇスタイルの良い幼稚園児にしか見えねぇんだもん。


 茉莉子から「おじさんのバカ! 意気地なし! 童貞のワガママ気まぐれコース!! あれはゆーわくですよ! この菩薩!!」とか、意味は分からんが絶対ひどい事を言われて、おとなしく布団にもぐりこんだ。


 フィジカル自慢な俺だが、中身は結構脆くできている。

 特にストレスの面で負荷がかかるとダメらしく、だいたい体調を崩す。


 前はいつだったか。

 ああ、ファミレスで高柳さんが着替えてるのに休憩室に特攻しかけて、しかも5分くらいそのまま居座った時だ。


 「あの。私、着替えてるんだけど」って言われて視線を向けると、スタイル抜群のお姉さんがあられもない姿で立ってたな。

 家に帰ってから、39℃の熱が出たもん。


(……何してるんですか、おじさん)


 ヤバい。

 今日のまりっぺ、感度が良すぎる。


 午前11時過ぎとか、はらぺこ茉莉子で声かけても上の空なのに。

 まさか、思念を拾われるとは。


(心配してるんです!! 服、ちゃんと着替えました? 汗かいた時のために、ちゃんとベッドの横にたくさんシャツ置いときましたから!!)


 マジかよ。

 茉莉子がデキる嫁さんみたいになってる。


 じゃあ、着替えようかな。


 まりっぺの下着がすげぇ紛れ込んでるんだけど。

 どういう意図? これ見て元気出してくださいねってこと?



(ちょっとぉ!? なんでですかぁ!? うああ! デキる女子を見せるつもりなのに、下着見せたとか、結構恥ずかしいじゃないですかぁ! それ、触らないでくださいよ!!)


 あ。事故だったんだ。



 ちなみにもう畳んだけど。

 新菜にね、習ったの。

 下着の上手な収納術。


(な、なぁぁぁ! 何してるんですかぁ!? あたしがいないとこで、あたしの下着勝手に収納しないでくださいよ!? デリカシーどこ行ったんですかぁ!?)


 ええ……。

 下着とか、今更じゃんか。


 毎日見てるよ。

 そんな恥ずかしがるものかね。


(おじさんのバカ!!)


 なんか今日のまりっぺはレア茉莉子さんだね。

 拗ねてテレパシー止まっちゃったよ。


 スマホが震える。


『秀亀さん。茉莉子さんの不在時に下着いじりーはヤバすっす。マニアック過ぎてちょっとレアピ脳でも対応に時間かかりましてぃーす。アブノーマル極めてどこ行くんすか。追っかける身にもなってほしっすわー』


 チクられてる!!


『あの、秀亀さんは下着で興奮するんですか? じいやに届けさせますね。お見舞いに梅干しとかお漬け物を用意してたんですけど。私のものでお役に立てれば』


 いや、お漬け物ちょうだい!?

 それいらない!!


『バレーボール袋はご入用ですか?』


 いらねぇって言ってんだろ!!


 最後は電話がかかってきた。


「おう。もしもし」

『意外と元気そうじゃん! 講義終わったぜー。帰りにお買い物して届けてあげるから、なんか必要なもの言ってみ?』


「いつもすまんなぁ」

『もうまりっぺから要請を受けているのだよ、ぼっち警察は!! 秀亀のオファーはついで! ああ、今日はね。ちょいとお待ちよー。ちらっ。黒いけど、いる?』


「いらねぇ!! 桃缶買って来て! 桃缶!!」

『あいよー。ちなみにね、なんで秀亀が知らないとこでまりっぺの情報が共有されてるかって言うと! 秀亀抜きのライングループ作ったからでしたー!! たはー!!』


 ヒジキ、ついにハブられてんじゃん。

 女子ってそういうことするよね。いじわる。


『ピーチ缶が必要だとお聞きしたんすけど! サムシングレアピーチお任せコースでいっすか!?』


 マジで俺がハブられて情報が共有されてる!!

 いらねぇ!! 放っといてくれ!!



◆◇◆◇◆◇◆◇



 午後3時半。

 玄関が開く音がした。


「ただいまですー! おじさん! はい、体温計! 濡れタオル持ってきました! お脱ぎあそばせ!!」

「おう。おかえり。とりあえず着替えてきたら?」


「はー。ですよ、はー!! 制服女子高生の看病の方が特別感あるでしょ! 玄関にぼっち警察から救援物資が届いてました!! おかゆ作ります!! はい、これで体拭いてください!!」

「あれ? 拭いてくれねぇんだ? 過剰に密着したりしねぇの?」


 茉莉子が冷たい目でこちらを見ている。


「おじさん。38℃後半の発熱してる人にそんなことする訳ないでしょ。看病されててください。バカなんですから」

「君がうちに来た直後に食あたりでひでぇ目に遭った時には、茉莉子を捜しに出かけた覚えがあるけども」


「はいはい! 大好きなマリーさんお漏らしネタですね!! してませんけど!! あの時からもう3カ月半経ってるんですよ? 思春期の成長を舐めないでください!!」


 そう言うと、茉莉子はエプロンをつけて台所へ去っていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 30分で土鍋抱えて茉莉子が戻って来る。

 火傷するから! 俺が持つって!!


「はい! 動かない!! このくらい平気です!!」

「さてはこれ、夢だな? 熱ある時って不思議な夢見るものだし。茉莉子が全然アホなことしないとか、事件だよ」


「残念でしたねー。はい、さっさと食べてください。お水とスポーツドリンクどっちがいいですか? 眠くなる風邪薬買って来たので、食べたら飲んでください! あたしはお洗濯するので、何かあれば呼んでください!!」


 おかゆが不味くなかった。

 美味くもなかったけど、ちゃんと食える味だった。


 こりゃ、本格的に具合が悪いらしい。

 薬を飲むと眠くなって来たので、まどろみに身を任せることにした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌朝にはすっかり元気なヒジキに戻った俺。


「おじさん! ニーソないんですけど!! スカートに昨日こぼしたご飯粒がいっぱいくっ付いてますけど!! 下着どこにしまったんですか!?」


 茉莉子もアホな金髪女子高生に戻っていた。


 風邪ってたまに引くのも悪くないねと思ったが、やっぱり茉莉子は大事な思念を拾ってくれない。

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