第72話 行きはよいよい帰りはまぢ無理 ~脳内に響く目覚まし女子なマリーさん~

 全員が泳げるようになった。

 異論は認めない。


 水泳合宿の目的を果たした俺たちは、一泊二日なのになんか1週間くらい居た気がするプライベート施設から慣れ親しんだ我が家へと帰る事になった。


「お嬢様たちがご機嫌だねー。秀亀やるじゃん!」

「お、おお……。やるだろ、俺」



「なんか痩せた? セルに尻尾刺されたおじさんみたいになってんよ?」

「男子に響く喩えしてくれる新菜。そういうとこ好き。だから運転変わって」


 ぼっち警察が手にハイボールの缶を持っているのを見て、俺は絶望した。



「やー! 車に酔う前にお酒に酔ったらさ! 逆にイケんじゃないかなって!!」

「そうか。お前はやっぱり天才だよ」


「褒められちったぜー! じゃあ、みんなに荷物運ばせるわ! 任せとけ!!」

「役割分担はさ、相談して決めたかったぜ? 俺と新菜、2人だけの大人なんだぜ? ……もう、いねぇんだぜ」


 コンディションが非常に良くない。

 フィジカル自慢の秀亀だが、昨日からの度重なるストレスと睡眠不足、ついでに酒飲んで散々プールに漬かって、飯まで作った。



 体がむちゃくちゃ重い。

 疲労感が既においでませしてやがる。



 先に断っておくが、車の運転をする際に少しでも体調の不安を感じた場合、どんなに大事な用があろうと、絶対に遅れられない約束があろうと、そんなものは無視して休養を取るべきである。


 大事な用時に間に合わなければ、さぞかし被害が出るだろう。

 大切な約束をすっぽかせば、さぞかし怒られるだろう。


 だが、事故を起こせば全てが終わる。

 自分の人生が終われば、被害を悔やむことも誰かに謝ることもできないのだ。


 さらに、関係のない人を巻き込む可能性も孕むのが交通事故。

 てめぇ1人が死ぬならまだしも、誰かの人生に害をなして死ぬなんてとんでもなく無責任な最期であり、こんなもん死んだ瞬間に地獄行き。

 下手すれば存在が消滅して、罰すら与えられないだろう。


 だから、絶対に運転をする際に無理はいけない。

 できるだろうと考える前に、できないかもしれないと考えて欲しい。


 これは秀亀からのお願いである。


「準備おっけ! みんな乗り込んだぜー!!」

「さーせん! ウチ、またしても秀亀さんの後ろっす!」


「夕方から海外の貴族の方々と会食がありまして。けど、間に合いますね。もえもえは小松さんの運転を信じています。間に合わなかったら、外交問題ですけど。ふふっ」

「あ。私も夕方に有名な外食チェーンのご子息と懇親会があるんでした。けど、遅れても大丈夫です。じいやが切腹するだけなので」


 じゃあ、俺は体調に不安しかないけど、車の運転しますんで。

 どうしてだか、ノーと言えないんだ。


 この世界って不条理に満ちてるよ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 30分ほど走ったところで、なんか目が霞んできた。

 もう完全なる死亡フラグ。


 誰か助けて!!


「秀亀さん! こんなこともあろうかと! レアピ印の元気ドリンク用意してんすよ! パパピとママピが持たせてくれたんす! いざって時に飲んで飲んで飲んで、飲んで! って言われてぃーす!!」

「お、おう。ありがとう。なんか眠くなってきたし、助かるわ。駐車場入って。トイレ行きたいヤツはここで済ませてくれー。じゃ、いただきごふぅっ」


 口の中に爆竹ぶち込まれたのかと思った。

 けど、吐き出したらレアぴっぴが悲しむでしょ?


 桃さん、いつもニコニコしてるから悲しそうな顔されると結構キクんだよね!!

 無理やり飲む!!


「げっほ、げほ! 桃さん? これ、何が入ってんの?」

「うぃっす! マムシとすっぽんとハブの粉末とっすね、ガラナも入ってぃーす! あと、カフェイン死ぬほどぶち込んで、炭酸水爆発させてるらすぃーっす! レアピーチは飲んだらダメピーチって言われてるんで、大人向けっすね!!」


 聞くんじゃなかった!

 メンタル的にも気持ち悪くなって来た!!



 今、俺はヘビとスッポン飲んだの!?

 スッポンに関してはちょっと秀亀と親戚みがあるのに!?



 休憩終了のお知らせ。

 お嬢様コンビがのっぴきならない予定を控えているので、休んでられない。


 この世界ではね!!



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さらに1時間ほど車を走らせ、残りは13キロ。

 なんか不吉な数字だが、深刻に体調が悪くなって来た。


(がんばれー! おじさーん!! 負けないでー!!)


 頭の中で茉莉子の声が響く。

 天に召すのかしら、俺。


(なに言ってるんですか。茉莉子のテレパシー目覚ましです!! 何のために助手席ゲットしたと思ってるんですかぁー!!)


 あ。茉莉子が隣にいたのか。

 そんな余裕ないし、全然気が付かなかった。


 けど、茉莉子がいるならもっと、こう、アレじゃん?

 見てください、おじさん! これがパイスラッシュっていうヤツらしいですよ!! ほら、胸がシートベルトでスラッシュ!! ほらぁ!! ヒデキはクラッシュ!! とかさ、しょうもないテレパシー飛ばしてくるんじゃないの?



(あたしを何だと思ってるんですか、おじさんは。お疲れのおじさんにそんな報告しませんよ。いざという時のために、茉莉子ボイスはキープしておきました!! んふふー! 久しぶりにあたしの声を聞いたら、元気出ませんか?)


 意外と元気が出てしまうのだから、俺という人間も単純にできている。



(みんな寝ちゃいましたし! マリーさんではなく、茉莉子としておじさんを応援しますよー! なんか脳内に直接響くのなら、眠気とか覚めそうですし!)


 確かに、茉莉子の声が良い感じの目覚ましになっている気がしてきた。

 聞き慣れてる声ってむしろ眠くなるかなと思ったけど。


 こいつ乗せてて、事故れるはずねぇなって!

 気合入って仕方がないぜ!!



(え? おじさん、事故るってアレですよね? 桃さんが教えてくれたんですけど。避妊失敗ってやつですよね? ところで避妊ってなんですか!!)


 完全に目が覚めたわ!!

 サンキュー、まりっぺ!


 今日もアホでいてくれてありがとう! 愛してるぜ!!



 最上級のお礼を言ったら、信号で停車するタイミングまで待ってくれた茉莉子のグーパンが俺の脇腹を捉えた。

 痛いんだけど。


(アホと愛の告白を同居させたおじさんの罪の重さに比べたら! 茉莉子パンチなんてちょー軽いです!! ふんっ!! ふーんっです!!)


 こうして、思念と物理の両方で目覚ましコールと目覚まし腹パンされ続けた俺は無事に喜津音市の小松家へと帰ってくることができた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「それでは皆様、失礼します」

「私もお先にお暇しますね」


 お嬢様たちがクソ長い車に乗り込んで去っていく。


「レアぴっぴ、どーする? わたしとカラオケ行っちゃう?」

「マジすか!! ひで×まりの邪魔できねーと思ってたんすけど、そんなステキなお誘いしてくれんすか! ジャズってオナシャス!!」


「ってことで、わたしら二次会行くぜー! 風呂入ってからイチャイチャしろよー!!」

「あざっした! 次に会った時に感触教えてくだしぃー!!」


 新菜ピーチも帰って行った。


「ふぃぃー!! 帰ってきましたねー!! おじさん! 太もも貸しましょうか!! なーんて! んふふー」

「おう。頼む」



「うぇぇ!? またですかぁ!? おじさん、茉莉子の太ももに惹かれ過ぎでは!?」

「ムチムチしててしっとりしてて温かくて。最高の枕なんだわ」



 泥のように眠らせていただく。

 それくらいの権利は海藻にだってあるんじゃなかろうか。

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