第66話 こはるんは体力と胸がない。もえもえは胸しかない。 ~こいつら泳がせるの諦めよう。実家怖いし~

 マリーさんと桃さんが「あたしたち、流れるプールで流れてきます!!」「流される女になってきましてぃー!!」と言って、とっとこ走って行った。

 まあ大丈夫だとは思うが、何かあればすぐに呼んでくれ。


 こんな時、テレパシーって便利だね。


(桃さんのビキニが流されたら呼ぶんですね!! 分かりました!!)


 確かにそのシチュエーションでも呼んでくれて良いけども、君ら泳げるようになって20分だからな。

 水を舐めるなよ。


 人って数センチの水深で溺れるんだからな。


(おおー。おじさんが言うと説得力が違いますねー!! さすが! 御亀村時代から1度も浮上して来ない、潜水艦型の童貞は心構えも顔つきも違います!!)


 なんでこの子、心配したらディスってくるんだろう。


(勘違いしないでくださいよねっ!! あたし、褒めてるんですからっ!!)


 そうなんだ! うわぁ、やったぁ!!



 って言うか、バカ!!

 褒めてるつもりなら余計に辛いわ!!



 もう知らん。

 そもそもこの2人、俺より若い分だけ運動神経もいいからね。


 万が一の時には全力疾走で助けに行く。それだけよ。


 さて、新菜の方は上手くやってくれているだろうか。

 全部丸く収まってたらいいな。


「おいっすー! そっち完了しちった? こっちはね、見ての通り!!」

「プールサイドであられもねぇ感じになってる!! どっちも!! えっ、溺れたの!? 俺、マジで人工呼吸と心臓マッサージした方がいい!? ファーストキスとファーストマッサージなんだけど!!」



「えー。そんなガチの空気で来られるとさー。こはるんともえもえ、されるがままになるぜー? わたし、なんだか寂しいなー。それやりたいなら、どっちもわたしで練習してからにしてくれる?」

「緊急性がないことは良く分かった! 状況を教えてくれ!!」


 新菜はガチでヤバい時にはふざけない。

 ふざけてくれているということは、相当ヤバいくらいで留まっている事実。



 ぼっち警察の説明はいつもシンプルで分かりやすい。

 「どっちも沈んで浮かんでこないんだぜー。2回チャレンジして、あ。ダメだな。って気付いた!! 投網が欲しい!!」とのこと。


 のっぴきならねぇ!!


「小春ちゃんは分かるけど! 萌乃さんは浮くだろ!?」

「出たこれー。あのさ、秀亀? 胸が大きいと確かにね、お風呂入った時とか、浮くよ? でもさ、イコール泳ぎの素質ありますって事になったら、水泳選手はみんなもえもえになるんだよね。……おや! こはるんが起き上がってこっちを見ている!!」


「ああ、良かった! 小春ちゃん!」

「……私が沈むのを納得した理由が聞けるまで、2度と溺れません」



 俺、また何かやっちゃってんな。



「違うんだよ? 小春ちゃんは、ほら。運動苦手じゃん? だから、沈むんだろうなって!」

「そうだったんですか! ……そのあとの胸のお話も聞こえていましたけど?」


「新菜! ちょっと小春ちゃんの手を引いてバタ足させてくるわ!! そっちのバレーボールは任せた!!」

「おっけ! こはるん! 大チャーンス!! 行ったれ、逝ったれー!!」


 逝ったらダメだよ?


 とりあえず、小春ちゃんも水に慣れさせよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「さあ、俺の手を握って! まずは足で水を蹴ってみよう! 前に進むから!!」

「……秀亀さんを信じます。もう1度だけ」


 知らねぇ間に俺の残機がずいぶん減ってるな!!


「はい、体の力抜いてー! 浮かないってヤツはだいたい力んでるパターンなんだよ。脱力すれば体なんて簡単に浮く……ああ……」


 小春ちゃんが静かに沈んでいった。

 俺の手を握っているので、腕だけ水面に残して。


 ひとまず、水底から拾い上げる。

 小柄だから楽で助かる。

 キャッチする場所もしっかり気を遣って、脇腹をチョイス。


 完璧な対処だ。

 さあ、気を取り直してもう一度やってみようか!!



「……もう何も信じられません」

「嘘だろ!! 俺の過失になってんの!? 今のはいくらなんでも小春ちゃんが自分で沈んでいったよね!?」


 瞳から光が消えてるね!!


「しかも、普通に触られました」

「仕方ないじゃない!! だって、放置しといたら小春ちゃんが逝っちゃうんだよ!? だから、ほら! ちゃんと適切な場所を掴んで! 脇腹ならセーフでしょ!?」


「……脇腹じゃないです」

「うん?」


「……秀亀さん。がっつり胸を両手で掴んで私を持ちあげたんですけど」

「いやいや! だって!!」



 八手くらいで詰んだ!!

 「膨らみとかなかったし」と言えば死ぬし、「マジでそこ脇腹だったよ」と主張して、小春ちゃんが勘違いしててもやっぱり死ぬ!!



「ぼっち警察ぅー!! ちょっとぉー! 助けてぇー!! 冤罪だ! 冤罪が発生してるぅー!!」

「こちらぼっち警察!! 現在、目の前でもえもえが沈みました! どうぞ!!」


 どうぞじゃねぇよ!

 じゃあ、そっちも俺がレスキューするから!

 新菜は小春ちゃんのメンタルケアしといて!!


 犯罪係数がすごいことになるんだ!!


「マジで沈んどる!! 萌乃さん!! ……うお! 水の抵抗がすごい!! 近衛宮家のお嬢様を水属性にして堪るか!! うぉぉぉぉ!!」

「けほけほっ。小松さん……。もえもえは限界を知りました。バレーボールでは水泳はできません。けほっ」


「君に関しちゃ、沈んだ経緯が分からん! ぼっち警察! 情報共有!!」

「おうよー!! もえもえ、プールに入る! 低身長爆乳娘、つま先立ちで頑張る! 力尽きて沈む! オーバー!!」



 手遅れって意味のオーバーに聞こえる!!

 何もしてないじゃん! 泳ぐ以前に成す術なく沈んでた!!

 プールのチョイスをミスってた!! 危ない! ごめんね!! 無事でよかった!!



「いや、待て! なら可能性はある! 小春ちゃんと違って、萌乃さんはまだ打席に立ってない!!」

「やめなー。こはるんの胸をこれ以上えぐると、ホロウになるぜー」


 もう2時間くらいプールにいるんだ。

 全員泳げるようになるってのは諦めた。


 せめて、こっちのバレーボールだけでも可能性を試して、明日に繋げたいんだ。


「よし、萌乃さん! 俺の手を握って!!」

「大胆ですね。小松さんって。ふふふっ。分かりました。もえもえ、この身を捧げます。万が一の時にはバレーボールを迷わず掴んでくだがぼぼぼぼぼぼぼぼ」


 マジかよ。

 プールに身を捧げた人柱みたいになったよ。


 是非もない!

 バレーボール、掴みます!!


「無事か! もえもえ!!」

「た、助かりました。これが吊り橋効果ですか。もえもえはあなたのものです」


「積極的に人身御供になるのヤメてくれ!! 俺のものになった瞬間に、多分もえもえの家の人に小松さんは消される!! おし! 新菜! 今日はもう諦めよう! 水の中に入って長いから、体冷えただろうし!」


 小春ちゃんを肩に担いで、新菜がこちらへ歩いて来る。

 そのマタギが獲物を運ぶみたいな持ち方はヤメたげてよ。


 こはるん、もう目を閉じてるじゃん。

 黄金聖闘士のシャカみたいになってる。


「秀亀はん、言い訳はもう少し上手にこねなされー。……温水プールじゃん! 体冷えないっしょ!! たははー!」

「そこまで察してんなら俺の思いやりも汲んで!? ちょっと無理なんだよ、この2人! 明日! 明日には本気出すから!! もう今日は上がろう!!」


 ダメなもんはダメ。


 ダメって思った時点でもう勝負から降りてるんだよ。

 明日までになんかトリッキーな作戦考えるから。


 初日の水泳特訓はこれにて終了。


 落ちこぼれが2人見つかった。

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